Persuasion
ヨハネス第2王子は、華やかで美しく、社交的な所が魅力的な王子である。
(いや、わたしがそう思ったんじゃなくて、他のご令嬢方がそう言ってたってだけなんだけど)
いつぞやの夜会を思い返しながら、クララは小さくため息を吐く。
人目を惹く色合いの服装、派手な装飾品の数々は全て、国民の税からまかなわれているというのに、さも当たり前といった様子でそれらを身に着ける。
(王族が品位を保つことは重要だけれど)
何事も程々が良いとクララは思う。
そんなヨハネスが婚約者候補に選んだのは、資産家令嬢、レイチェルだった。
スチュアート家は莫大な資産を保有しているだけでなく、とにかく金策に長けている。そうして得たお金を、高価な服や宝石を買ったり、屋敷、領地を大きくするために使うのだ。
金遣いの荒いヨハネスがスチュアート家と手を結んだ理由は、当然彼等の有する莫大な資産が目当てだ。
けれど、ヨハネスが王位に立つことでスチュアート家が得られる見返りも相当に大きい。王族の縁戚になれば、大きな権力が得られるし、その分ビジネスチャンスも増えるのだ。
「わたしはあんまり好きくないな」
クララはつい、ポロリと本音を漏らした。
「ヨハネスが?それともレイチェルの方?」
尋ねたのはコーエンだ。
一通り城の案内をしてもらった後、コーエンとクララはフリードの執務室に戻って来た。侍女たちが紅茶と茶菓子を用意してくれたので、休憩がてら三人でテーブルを囲んでいる。
(コーエンの奴……鋭いなぁ)
状況からすれば、城の茶菓子が口に合わないと捉えて然るべきだというのに、的確に心の中を読んでくる。ただのひとりごとなのだから、放っておいてほしいと思いつつ、クララはため息を吐いた。
「――――二人がっていうより、お金の使い方が少し、ね」
「ボクも同感だよ。なんだか気が合いそうだね、クララ」
そう口にしたのはフリードだった。ニコニコとクララを見つめながら、同意を求めてくる。優しそうでいて押しの強い笑みだ。
「金は天下の回りものっていうぐらいだから、ある程度は使った方が良い。けれど、それは出来る限り多くの人に喜んでもらえる形が好きだ。例えば道の舗装だとか橋の建築は、工事の発注によって新たな雇用を生むし、完成してからもたくさんの人の役に立つよね。そういう使い方がボクは好きだなぁ」
「はい、わたしもそう思います!」
クララは思わず身を乗り出していた。
これまで第3王子、フリードに関する噂は極端に少なかった。社交の場にも殆ど顔を出さず、人柄や容姿なども伝わっては来ない。ヨハネスの弟なのだから、同じような価値観を持っているのではないかと心配していたのだ。
「わたし、これまでもお父様に提案していたんです。我が家の資産を、例えば関所の整備や川の堤防を整備することに使えないかって。そうすれば人々の生活が今よりも便利に、豊かになりますもの」
宰相である父は、いつだって国や民のために自分が何をできるのか考えている。だからクララも父のように、何事にも自分なりの考えを持つこと、それを言葉にすることを心掛けていた。優しい父は否定も肯定もせず、いつもクララの話に耳を傾けてくれたのだが。
「――――――盛り上がってるとこ悪いけど、そういう金の使い方は公費ですりゃ良いだろ。私費は自分の好きなものに使って、他の産業だって回していかないと」
コーエンが徐に口を開く。クララが呆気にとられていると、コーエンは更に言葉を重ねた。
「公共事業ばっかじゃ恩恵を受けられる人が限られるんだよ。飯を買えば農家や小売店が儲かるし、服を買えば仕立て屋とか、そこに布を卸してる奴が儲かる。そうして儲かった奴が別のところで金を使っていくわけで。――――まぁ、ヨハネスやレイチェルなんてのは節度のない金の使い方に見えるからあれだけど、自分の好きなものに投資することも大事だろ?要は何事もバランスが重要なんだから、公費と私費は分けて考えなきゃダメなんだよ」
コーエンがビスケットを齧りながらため息を吐いた。
「そう……そうね。確かに、そうかも」
クララは顎に手を当てポツリと漏らした。
皆が助かる、という概念は案外曖昧なものなのかもしれない。どう足掻いても恩恵を受ける人、受けない人の差は生じるのだ。
(しかし、コーエンって一体何者なんだろ?)
先程の発言は一歩間違えれば、王子であるフリードの考えを否定するかのように聴こえかねない。一切の物怖じをせず、理路整然と自身の意見を述べている様は、見ているこちらがハラハラする。
チラリとフリードを見れば、彼は機嫌よさげに微笑んでいた。意に介すどころか、寧ろ誇らしげな表情にすら見える。
「コーエンはすごいだろう?ボクはいつも簡単に言い負かされてしまうんだ」
クララの考えていることが伝わったのだろうか。フリードはそう言って眼を細める。横目でコーエンを見ながら、クララは小さく頷いた。
「幼い頃からずっとそうなんだ。それなのに、当のコーエンはあまり前に出ようとしなくて、ボクはそれがもどかしくてね」
「俺は現状に満足してるの。前に出ることも後ろに下がるつもりもない」
「またそんなこと言って。王太子になったら嫌でも前に出てもらわないと」
フリードはため息交じりにそう言うと、ゆっくりとクララに向き直った。
「それからクララ」
「え……はい」
改まった様子で話を切り出され、クララはピンと姿勢を正す。フリードは穏やかな、けれども真剣な表情でクララを見つめた。
「コーエンはさっきあんなことを言っていたけど」
「あんなこと?」
クララがそう呟きながら首を傾げるが、フリードは構わず身を乗り出す。
「ボクはね、必然から始まる恋もありだと思うんだ」
そう言ってフリードはクララの手を握った。心臓がドキッと音を立てて小さく跳ねる。手のひらがほんのりと温かかった。
「クララは今まで出会った中で一番美しいし、明るくて聡明な素敵な女性だと思う。惹かれるなっていう方が難しいよ」
「え……えっと」
こういう時、どんな風に返せばよいのだろう。平静を装いつつ、クララの頭の中は軽くパニックに陥っていた。
夜会ではいつも『どうせ社交辞令だから』と軽くあしらえる。けれど、今対峙している相手は仮とはいえ己の婚約者であり、この国の王子だ。笑い飛ばすことも、下手にお礼を言うことも憚られる。
「誰かに用意された出会いであっても、あとから振り返ってみたら運命だった。……そんなこともあるんじゃないかな?」
「それは……」
フリードの言う通りなのかもしれない。
けれど、クララはまだ『この道しかない』とは思えないし、思いたくない。フリードを好きにならなければならない、と自分を追い込みたくなかった。
チラリと隣を見ると、コーエンは退屈そうに茶を啜っている。まるで興味が無さそうなその様に、何故だか無性に腹が立った。
「そういうこともあるかもしれませんね」
クララはそう言って、心とは裏腹な満面の笑みを浮かべる。ピリピリとささくれた心を撫でながら、視線はついコーエンを追ってしまう。
「……何事もボク次第ってことなのかな」
フリードはニコリと微笑みながらそう口にすると、優雅な動作で身を乗り出す。次いで響く、チュッという小さな音。温かく柔らかな何かが頬に押し当てられていたことに気づいたのは、その後だった。
思わぬことにクララは眼を見開き、ややして真っ赤に頬を染める。
「覚えておいて。ボクがこの婚約を運命に変えて見せるから」
心臓がいつになく早く鼓動を刻む。先程までやたら五月蠅かったコーエンが助け舟を出してくれそうな様子は全くない。
クララは為す術なく、コクコクと頷くことしかできなかった。




