謹慎処分
それは、休暇から帰って1ヶ月ほど経過した、ある日のことだった。
「どういうことだ、カール!」
「…………なんだ、もう来たのか」
コーエンを先頭に、フリードとクララはカールの執務室に乗り込んでいた。
カールはふぅ、とため息を吐きながら、徐に立ち上がる。
彼の隣にはイゾーレが一人。この時間帯は大抵側にいるはずのシリウスが今はいない。
(やっぱり……)
クララは小さく息を呑みながら、コーエンを覗き見た。
「シリウスを謹慎処分にしたって本当か?」
普段、フリード以外の王子に対して丁寧な口調で話をするコーエンが、今日は思い切り声を荒げている。そのあまりの剣幕に、フリードとクララは顔を見合わせながら、ゴクリと唾を呑んだ。
イゾーレは一見、いつも通りのポーカーフェイスに見えるが、実際は違う。時折不安定に瞳が揺れているし、何かを耐えるように、手を開いたり握っている様子が見られた。
「本当なんだな?」
なおも無言を貫くカールに、コーエンが詰め寄る。
圧倒的な体格差。けれど、それを感じさせないコーエンのオーラに、室内がビリビリとした緊張感に包まれる。
「――――誰に似たのか、お前は昔から血の気が多すぎる」
カールはため息を吐きつつ、どっかりとソファに腰掛けた。
「取り敢えず座れ。話はそれからだ」
コーエンは不服そうな表情をしつつもカールの反対側に腰掛ける。隣にはフリードが続いた。
「思ったよりも情報が早く広まったのだな」
カールは苦々し気にそう呟く。けれどコーエンは小さく首を横に振った。
「いや、俺たちがこの件をいち早く把握できたのはクララのおかげだ。最近しょっちゅう練武場に顔を出していたから、騎士たちが情報をくれたんだ」
話しながら、コーエンもようやく冷静さを取り戻しつつある。クララはほっと胸を撫で下ろしつつ、眉間に皺を寄せた。
「――――騎士たちは、謹慎の理由をなんと?」
「それは……シリウス様がカール殿下の側近として鍛錬が足りていないから――――そうわたしは聞きました」
カールに直接尋ねられ、クララが答える。その瞬間、コーエンの表情が小さく歪んだ。
騎士たちから聞いたシリウスの謹慎理由を、クララは既にコーエンにも伝えていた。けれど、話を聞いてすぐ、コーエンは物凄い勢いでフリードの執務室を飛び出した。
(きっとコーエンは、信じていないんだわ)
カールは厳しいことを言うけれど、筋の通った人だ。規律や規則を重んじ、皆を平等に扱う。
だから側近としての鍛錬が足りない等という曖昧な理由で、こんな懲罰を与えるとは、とても思えない。それがクララの考えだった。
「今からする話は他言無用だ。――――特にクララ。宰相にも決して口外しないように」
唐突に飛んでくる厳しい視線に、クララは思わず姿勢を正し、「はい!」と答える。まるでよく訓練された騎士そのものである。
(……あっ!っていうかカール殿下ってちゃんと、わたしの名前を覚えてたのね)
思い返せばいつも、『おい』とか『おまえ』と呼ばれていた。えらい進歩だ。感動で密かに瞳を潤ませつつ、クララは小さく咳払いした。
「例の――――里の人間による密猟の件を騎士たちに調べさせていたのだが、妙なことが分かった」
「……妙?」
フリードが首を傾げながら先を促す。カールはイゾーレに地図を持ってこさせると、テーブルの上に広げて見せた。
「ここが今回、俺たちが狩に赴いた里。それから、それ以外で密猟の確認された地域を現している」
カールは小さなピンをいくつも地図に刺していきながら説明する。
あの一件の後、コーエン達は調査の対象を他の地域にも広げることに決めた。騎士たちを地方に派遣し、森や林、周辺の市場を調べる。すると、想像以上に多くの場所で密猟の事実が確認されたのだという。
「この地図を見て、何か気づかないか?」
カールはコーエンを見つめながら、ぶっきら棒に尋ねる。コーエンはしばらく黙って地図を見ていたが、ややして徐に口を開いた。
「集中してるな――――」
けれど、クララは思い切り首を傾げる。
テーブルに置かれた地図は国土全てを描いたものだし、ピンの刺された場所は見た限り集中していない。ポツンぽつんと散在しているように見える。
そんなクララの疑問に答えるように、コーエンが言葉を重ねた。
「やっぱり集中してるよ。どこもマッケンジー家――――シリウスの両親や、その分家筋の領地かその周辺地域だ」
「その通りだ」
カールは頷きながら、コーエンの考えを肯定する。
クララはまだ、貴族の領地や地理に詳しくない。だから、せっかく答えを聞いたところで知識と照合することができなかった。
(本当、まだまだ学ぶことは色々あるのよね)
帰ったら勉強しようと心に決めながら、クララは再び二人の会話に耳を側立てた。
「マッケンジー家が不正に関わっている確証はない。けれど、全く無関係とも考えづらい。だから、奴にはしばらく謹慎を言い渡した」
カールはため息を吐きながら、眉間に皺を寄せた。
恐らくシリウスは、彼が気を許せる数少ない人間の一人だったのだろう。その表情からは苦悶の色が読み取れる。イゾーレもカールに同調するかの如く、悲し気な表情を浮かべていた。
「なるほどね。それが理由なら謹慎も分からなくはない、かな」
フリードは困ったように微笑みながら、カールのことを見つめている。何やらもの言いたげな表情だ。何故だかクララには、フリードが何を言いたいのか分かる気がした。
(カール殿下は、わざわざ自分を悪者にした)
シリウスに謹慎を言い渡した本当の理由を、騎士たちに伝えることは簡単だ。けれど、カールはそれを良しとせず、『カールの理不尽な裁量』でシリウスが処分を受けていると、敢えて嘘を伝えている。
きっと騎士たちはシリウスに同情し、裏でカールの悪口を言うのだろう。それを分からぬカールではない。
それでも、この方法を選んだのはきっと――――。
(シリウス様の未来を守るため)
不正の証拠が出ず、後に謹慎が解かれたとしても、嫌疑が掛かっていたことが知れ渡っていれば仕事がしづらい。ならば別の理由を作り、皆の意識を逸らした方が良い。
(カール殿下……ただでさえ誤解されやすい人なのに)
そんな一言を胸に秘めつつ、クララは微笑むことしかできない。相変わらずの不器用な優しさ。それが胸を優しく撫でつけた。
「――――フリード、頼む」
再びカールの声が聞こえて、クララが顔を上げる。
(えぇっ!?)
見ればカールは、頭を机に擦りつけんばかりに下げていた。傍らでイゾーレが目を丸くして驚いている。最近若干丸くなったとはいえ、カールがこんな形で頭を下げるとは信じられない。クララも一緒になって驚いた。
「あいつが――――あいつの家が不正にかかわっていないのなら、できれば助けてやってほしい。密猟の目的は十中八九『金』だ。だとすると、証拠固めの段階から、どうしても財務からの情報が必要になる。だが……俺は社交面や交渉術に長けていない。それに、仮に情報を得られたとしても、それを最適な形で扱うことが難しいのだ」
己に足りない部分を冷静に分析しながら、カールは俯く。
(カール殿下……)
カールの性格を考えれば、『できないこと、苦手なこと』を認めることは大きな苦痛だろう。
何とかしたい。何とかしてあげてほしい――――そんな願いを込めて、クララはフリードを覗き見る。
「そんなの、頼まれなくてもやるって――――だろう、クララ?」
けれど、カールの要請に答えたのはコーエンだった。不敵な笑みを浮かべ、クララをチラリと見上げている。
見ればフリードも「うんうん」と言いながら小さく頷いていた。ならばクララの答えは一つだ。
「もちろん!お任せください」
ドンと胸を叩きながらクララは笑う。
カールは目を細めて笑うと、小さな声で「ありがとう」と呟いたのだった。




