フリードとコーエン
数日間の滞在期間を経て、クララたちはようやく王都への帰路についた。帰りはフリードと二人、馬車に乗る。
コーエンはまだやることが残っているらしく、後から騎馬で帰ってくるらしい。
「お疲れ様、クララ。名目は休暇だったのに、ちっとも休めなくてごめんね」
そう言ってフリードは、申し訳なさそうに笑う。
「いいえ。とても楽しかったです。探索もご一緒させていただきましたし」
クララは首を横に振りながらニコリと笑った。
例の熊騒動以降数日掛けて、クララたちは森の中を調査して回った。
どんな生き物が生息しているのか、その数や状態。それから植物たちを、実際に歩いて見て回ったのだ。
調査範囲は中々に広く、1日を終える度にクタクタになったが、普段とは違う頭と体の使い方ができて、クララにとっては大満足な休暇となった。
「――――ねぇ、クララにはどうしてあんな調査をしたか、分かる?」
フリードは穏やかに微笑みながら、じっとクララを見つめる。何やら試されているような心地がして、クララは思わず姿勢を正した。
「……最初は、どうして熊が森の入り口、里の方まで降りてきたのか、その理由を確かめているのだと思いました」
言葉を選ぶようにしながら、クララはそう口にする。
コーエンによると、熊というのは案外臆病な生き物だし、本来、わざわざ山を降りようとはしないらしい。
それなのに、どうして熊は人里に降りてきたのか。その理由を調査しているのだとクララは考えたのだ。
「森の中を実際に歩いてみて、熊にとっての食糧――――他の野生動物や木の実といったものが極端に少ないことに気づきました。だから熊は里に降りたんだと思います。人の育てた農作物を求めて」
説明しながら、クララは己の考えを整理していく。言葉にすることで、漠然としていた考えが形になっていくのが分かった。
「うん、ボクも同意見だ。さすが、クララだね」
フリードはそう言って、屈託のない笑みを浮かべる。どうやら及第点は貰えたらしい。
「でも、この話には続きがあって」
「……うん、話してみて」
「はい。――――野生動物が少ないことも、植物が実を付けていないことも、すごく不自然なんです。だって、ここ最近、この辺りで天候不良はなかったし、花や草はたくさん生い茂っていた。それなのに、木の実だけが綺麗に無くなっていて」
頭の中に情景を思い浮かべながら、クララは説明を続ける。
「食糧に困ったせいで野生動物が減った――――そういう見方もできるかもしれません。けれど、それにしては森にいた動物たちは大して飢えた様子も無かった」
本来、木の実を主食にする動物たちは、食糧が足りなくなれば痩せ細る。けれど、クララたちが見つけた動物たちは食べ物に困った様子もなく、体型も通常かそれ以上だった。
「それで思ったんです。元々あの森に住んでいた動物たちの多くは、里に住んでいる人間達に狩られていて、わたしたちの見た動物たちは、どこか別の場所から連れてこられたのではないか、と」
クララの言葉に、フリードはニヤリと口角を上げた。どうやらクララの読みは、大きくは外れていないらしい。心の中でほっとため息を吐く。
「あくまで憶測ですけど、里の人たちは今回、王家が狩にいらっしゃると聞いて焦ったんでしょうね。近くの別の森から何頭か、狩猟の対象になる様なシカやウサギを連れてきたのだと思います」
「なるほど。それじゃ木の実は?」
「里の人が収穫したが、熊が食べたか――――そのどちらかかと」
正直この辺は自信が無いのだが、何も言わないのも気が引けるため、クララは自分の考えを伝えておく。こういう時、フリードもコーエンもクララのことを否定はせずに受け入れてくれるので、とても気が楽だ。
「すごいね、クララ。ボクと同じ考えだ」
「本当ですか?良かった……じゃぁ、コーエンが残ったのは、里の人たちに事情を聞くため?」
「そっちも正解。狩は王家と一部貴族の特権だからね。彼等が本当に狩猟行為をしていたとしたら、事情を聞かなければならない」
フリードは笑顔だが、実際はあまり宜しくない状況なのだろう。
彼等が狩猟を行った裏に、見逃せない重大な不正が隠れている可能性だってあるからだ。
(生活に困って狩を行っただけならまだ良い)
コーエンならばきっと、上手く理由をつけて見逃してくれるだろう。
けれどそこに、里の住人以外の思惑が隠れていたとしたら――――。
(考えるのはやめよう)
クララがここで気を揉んでも、事態は何も解決しない。だったら、楽しいことを考えた方がマシだ。
「あの……殿下」
「どうしたの、クララ?」
「少し、質問をしてもよろしいですか?」
「もちろん。答えられる範囲で答えるよ」
ニコニコと笑いながら、フリードはクララを見つめる。ちゃんと『答えられる範囲で』と但し書きを加えるあたりが、フリードらしい。
クララは咳ばらいを一つ、ドキドキしながら口を開いた。
「その……殿下とコーエンの関係なんですけど。実はまだ聞いたことが無かったなぁって思いまして」
「コーエンとの?あれ、そうだったっけ?」
フリードは少し大げさに目を丸くし、小さく首を傾げた。
「はい。古くからのお知り合いなのは見ていてわかるんですが、殿下とコーエンって王子と側近の関係にしては距離感が近いというか。絶対的な信頼関係があるなぁと思いまして」
恐らくフリードたちは意図的に話していなかったのだろう。けれど、反応を見るに、話してくれないわけではないらしい。クララはドキドキしながら、フリードの次の言葉を待った。
「コーエンとボクはね――――血を分けた実の兄弟なんだよ?」
二人しか乗っていない馬車の中、フリードは声を潜めて笑う。
(殿下とコーエンが血を分けた……って!)
「…………えぇっ!?」
さすがのクララも、そこまでの関係性は想定していなかった。
せいぜいは乳兄弟であるとか、一緒に育ってきたとか、そういった返しを期待していたのだ。
「ほ、本当ですか?」
「ふふ、こんなこと嘘で言えないよ。クララが信じられないのは当然だと思うけど」
内緒にしてね、と囁くフリードに、クララはコクコクと頷いた。
「あの、それって王妃様が元々は当時の第3王子の内侍だったことが関係するのでしょうか?」
お茶会の中でフリードの母親は、彼女が元々は当時の第3王子の内侍であったこと、第4王子が国王になることが決まってから、王妃の一人として召し上げられることが決まったと話してくれたことを思い出す。
(コーエンは前第3王子の息子――――?)
もしも王妃が、コーエンを出産した後に現国王の妃として迎えられていたとしたら。そして、その後に生まれた国王の息子がフリードだったとしたなら。
(辻褄が合う)
コーエンのあの利発さも、人を惹きつけるカリスマ性も。クララの中で全てが繋がった気がした。
「クララの見込みの通りだよ。現国王の王妃が4人になったこと。それが、ボクとコーエンを繋いでいるんだ」
フリードはそう言って穏やかに微笑んだ。
クララの心がざわざわと騒ぎ始める。興奮で身体中の血液が躍り始めたのが分かる。
己の感情を整理するため、クララはゴクリと唾を呑み、目を瞑る。すると、驚くほどすんなりと、自分が何を思っているのかが分かった。
(……コーエンが王太子になれたら良いのに)
仕えているフリードには失礼な考えなのかもしれない。
けれど、それがクララの正直な気持ちだった。
この数か月間、3人の王子たちを側近くで見てきた。
皆、それぞれに良さがあって、それぞれが国を思っている。
けれど、コーエンほど、王に相応しい人間はいない。
(わたしがコーエンに恋をしているから――――ってだけじゃない)
カールの目指す強い国も、ヨハネスの目指す豊かな国も、コーエンならば作れる。自分の想い描く理想だけでなく、皆の想いを汲む力。コーエンにはそれが備わっているのだ。
(何か方法はないのかしら?コーエンが王太子になれる、そんな道が――――)
ひとり、思考の渦に呑まれたクララを、フリードがそっと見つめている。
『ボクはね……君のその瞳を待っていたんだよ、クララ』
心の中でそう呟きながら、フリードは目を細めて笑うのだった。




