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交渉成立

 公爵令嬢クララは呆然と立ち尽くしていた。


 彼女の目の前には初対面の年若い男性が二人。


 一人は栗色の柔らかい髪の毛にダークブルーの瞳、人の好さを表情にまで映したような、そんな優男。繊細な刺繍の施された上衣、身に着けている装飾品などから、その高貴な生まれが見て取れる。


 もう一人は金髪碧眼の線の細い男で、とても整った目鼻立ちをしている。けれど、己の容姿に対する自信の表れだろうか。高慢ちきに微笑んでいて、あまり良い印象を受けない。一切の装飾を取り払った一見質素な身なりだが、肌触りのよさそうな上質のシャツやズボンを身に着けていた。



「どういうことなのでしょう?わたしは――――内侍としてここに参りました」



 クララは震える声音でそう呟く。


 内侍とはこの国の城に出仕する女官の一種で、いわば王族の側近、秘書のような役割を担っている。少なくとも、クララが事前に調べたどの本にも、そう書かれていた。


 16歳のクララがこれから仕えるのは、この国の第3王子。フリードという同い年の王子だ。


 案内役の騎士から案内されたこの場所は、フリードの執務室で。二人の身なり等鑑みれば、栗色の髪をした優しそうな男性の方が、フリードなのだろう。


 今日からはここが己の職場、居場所になるのだ――――。つい先程までクララはそんな希望を抱いていた。

 けれど、この部屋に入ってすぐクララに告げられたのは、予想だにしない内容だった。



「もちろん、あんたには内侍としての仕事をしてもらう。ここにいる、フリード殿下の婚約者として、相応しい働きや教養を見せる――――それがあんたの仕事だ」



 金髪の青年は、不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った。先程クララを凍り付かせた内容と同じものだ。



(そんな!私、婚約なんて聴いてないわ)



 父から出仕の話を打診されたあの日から今日まで、そんな話は一切聴いていない。クララの頭に痛みが走った。



「知らなかったようだがな、この国の内侍ってのは、妃としての顔もあわせ持つんだぞ?」



 呆けたままドアの側から動くことすらできないクララの元に、金髪の青年が歩み寄る。上質な革製の靴が間近に見えて、クララは顔を上げた。



「内侍ってのはいわば、妃になる前の箔付のための役職だ。王や王子のお眼鏡にかなって、きちんとその役を務められたものが、妃へと駒を進められるってわけ。おめでとう、クララ。おまえの将来は明るいぞ」



 男の凶悪的な碧い瞳が憎らしい。クララは唇をギザギザに引き結んだ。



「こらこら、コーエン。そういう意地悪を言わないの」



 そう言ってフリードが、困ったように笑う。コーエンと呼ばれた男性は「へいへい」とため息交じりに笑いながら、クララを部屋の中央へ引き摺った。



「ごめんね。クララが婚約に乗り気でないことは公爵から聴いていたんだ。けれど、どうしても君の力が必要だったから……ボクが無理を言ったんだよ」



 応接用のソファへ座るよう促され、クララは恐る恐る腰を降ろす。向かいにはフリードが。そして隣にはコーエンがドカッと腰を降ろした。



「自己紹介が遅れたね。ボクはフリード。この国の第3王子だ」



 よろしく、と差し出された手のひらを、クララはまじまじと見つめる。



(秘書としての役割だけなら、いくらでも握り返すつもりだったのに)



 この手を取ってしまえばもう、後戻りできないのではないか。そんなことを考えると、ついつい尻込みしてしまう。



「握手ぐらいしとけよ」



 コーエンがクックッと小さな笑い声を上げながら、そう呟く。



「どの道おまえはもう逃げられないんだって。そろそろ自覚しろよ」



 そう言ってコーエンはクララの手を取ると、そっと指先に口づけた。



「なっ……!」



 クララは思わず飛び上がり、手を振り解きながら頬を紅く染める。悪戯っぽく細められたコーエンの瞳が、何とも腹立たしい。



(なんなの、この人)



 こんなにも意地の悪い人間は、クララのこれまでの人生で見たことが無かった。

 きっと王子の側にいるのだから、それなりの身分で、それなりの教育を施されてきた人間なのだろう。

 それなのに、やたらと口が悪いし、『おまえは王子の婚約者なのだ』と宣ったその唇で、平気でクララに口付けて見せる。不快に思った王子から罰せられないのか心配になるレベルだ。



「それで、君が内侍として呼ばれた理由なんだけど」



 ハッと振り返ると、フリードがクララの手を勝手に握っていた。ひやりと冷たく、凹凸の少ない手のひらだ。

 おまけに何故か話が先に進んでいるので、呆気にとられながらも、クララは居住まいを正した。



「我が国の王太子が未だ決まっていないことはクララも知っているよね?」


「はい、存じ上げております」



 大西洋に浮かぶ小さな島国であるここ、シャルゾネリア王国は、1500年以上の長きにわたり、一つの王家が国を治めている珍しい国家だ。国土の広さも変わらなければ、他国から人や文化の流入も殆どない。頻繁に侵略戦争を繰り返し、王の変わる近隣諸国とは違い、あらゆる意味で平和で安定した国だ。



 この国には現在、3人の王子が存在している。

 18歳のカール第1王子。

 17歳のヨハネス第2王子。

 そして今目の前にいる、16歳のフリード第3王子だ。



「通例ならば国王――――陛下の即位と同時に王太子を立てられるのですよね?」


「そう。でも、陛下が即位したとき、ボクらはまだまだ幼かった」



 クララの記憶では、現国王の即位は今から十年前。確かに、その頃の王子たちは皆、幼いと形容される年齢だろう。



「あの時点で、どの王子が次の王としての素質を持っているか分からなかった。だから、王太子の席は空いたままにしてあったんだ」



 フリードは穏やかな表情でそう説明した。



「ところが、だ。数年かけて様子を見たものの、3人の王子たちの能力はどれも甲乙つけがたい。おまけに王子たちの生母は全員異なる上、実家の勢力もほぼ同格。これでは誰が次の王に相応しいか決めることができない。我らが王は困り果てた。――――そこで、あんたたちの出番だ」



 話を引き継いだコーエンは、クララに向かってビシッと指を指す。



「あんた……たち?」



 あんた、ではなく複数形になっているのが気にかかる。クララは小さく首を傾げた。



「そう。つまり今、各王子にはそれぞれ内侍――――婚約者が割り当てられている。どいつもおまえと似たような身分、地位にあるものだ」



 コーエンはそう言ってニヤリと口角を上げた。



「なるほど、王子だけで決着がつかないならば、他のものを噛ませてみてはどうかと、そういうことなんですね」



 クララがそう口にすると、フリードはコクリと頷いた。



「はい。陛下の考えによれば、王とは良い父、良い夫でなければならない。だから未来の妻――――婚約者たちと如何に関係を築いていくかが重要とのことで」



 フリードはそこで言葉を区切ると、真剣な表情でクララを見つめた。穏やかで優しい瞳がそっと細められる。クララが首を傾げていると、フリードはそっと身を乗り出した。



「ボクには、クララしかいないんです」



 思わぬ言葉にクララは目を丸くする。手のひらが包み込まれ、頬に熱が集まった。



(クララしかいない、って……!?)



 そんな言葉、面と向かって言われるのは初めてだった。初めての体験にドギマギしてしまっても、致し方ないことだろう。



「正確には、『他の王子が選んだ姫君に遜色ないのがクララだけ』だろ?」



 コーエンはそう言って小さく鼻を鳴らす。



(こいつ~~~~~~)



 夢から現実へ、無理やり連れ戻された気分だった。

 この男は、人を苛つかせなければ生きていけない呪いでも掛かっているのだろうか。そんなことを考えながら、クララは唇を尖らせ、思い切りコーエンの足を踏みつける。



「痛って~~~~‼」



 隣から上がった耳をつんざくような叫び声に、クララは至極穏やかに微笑む。誰かにこんな仕打ちをしたのは生まれて初めてだ。コーエンの恨みがましい瞳に気づかぬふりをしながら、クララは再びフリードへと向き直った。



「お話は大体わかりました。けれど殿下。わたしはまだ誰とも婚約する気がないのです」



 ペコリと頭を下げながら、クララがそう言い放つ。フリードは笑顔のまま小さく首を傾げた。



「それはどうして?」


「わたしは16歳です。まだ自分では何も成し遂げられていない子どもです。足を運ぶべき場所、自分自身の心で感じるべきこと……やりたいこと、やらねばならないことがたくさんあります。家を出て城で働くこともその一つでした。貴族の女性が働ける場所なんて限られてるけど、わたしは自分の力を試してみたい。常々そう、思っていたんです」



 これまでは、両親や兄たちに大事に守られながら生きてきた。けれど、そのままでは見ることのできない景色がきっとある。感じることのできない経験がたくさん待っている。だから、自分自身の力で自由に動くことができるようになる、16歳という年齢をクララは心待ちにしていたのだ。



「それに、わたしだっていつかは結婚したい。でも、それは今じゃないし、こんな形ではダメなんです」



 フリードもコーエンも黙ってクララの話を聴いてくれている。

 こんなこと、他人に伝えたところできっと理解してはもらえない。そう思っていても、ついつい説明に熱がこもってしまう。



「だったら、おまえの望む理想の形ってのはどんななんだ?」



 尋ねたのはコーエンだった。頬杖をつき、眉間に皺を寄せている。



「わたしは…………運命の出会いがしたいんです」


「「は?」」



 クララが答えるや否や、返って来たのは二人分の素っ頓狂な声だった。



(やっぱり、これが普通の反応よね)



 頬を真っ赤に染めながら、クララは苦笑を浮かべる。恥ずかしい。けれどこれが自分の願望だ。

 それに、正直に打ち明けることで、『こんな夢見がちな女には付き合いきれない』と王子が婚約を見直してくれるならば良いではないか。そう思い直すことにする。



「うちの父と母、恋愛結婚なんです。今でもすごく仲が良くて。わたし、そんな二人にすごく憧れていて」



 ポツリ、ポツリと想いを語りながら、クララは目を細めた。



「わたしには兄が二人おりますし、家督のことは気にする必要がありません。父も出世やお金にはあまり興味がない。だから、結婚のことはある程度わたしの好きにして良いと両親も許してくれていた――――――そのはずだったんですけどね」



 クララはバツの悪そうな父の顔を思い浮かべながら顔を顰めた。


 大切で、とても尊敬している、大好きな父親。けれど、こんな大事なことを何も話さぬまま、娘を城に送り込むなんてあんまりだ。


 とはいえ、内侍の打診を受けるまでの1か月ほど、父の口からは毎日『婚約』の2文字が発せられていた。話を聴いて欲しいと訴えかけてきた。けれど、それ以上耳を傾けなかったのは他でもない。クララ自身なのだが。



「ふぅん。城には良縁しか転がってないうえ、運命の出会いが望める。内侍の話なら受けようと思ったのって、そういう魂胆?」



 コーエンがそう言ってニヤリと目を細める。とてつもなく嫌な男だが、頭の回転は悪くないらしい。クララはコクリと頷いた。



「だったらおまえは、おまえの目的のためにここで働けばいい」


「おっ……コーエン!それでは…………」



 思わぬ話の展開にクララは目を見開く。



(わたしは、わたしの目的のために?)



 コーエンは、クララはここで、自分の能力を発揮しながら、運命の出会いを求めても良いと、そう言っているのだろうか。



「陛下が重視するって言ったのは『婚約者との関係の築き方』であって、別に本当に結婚しろって話じゃない。次の王に指名されるって目的さえ果たせば、おまえのことはお役御免でも構わないんだ。破談になったからって、おまえの父親は王子の支援をやめるような人間じゃないだろ?」



 王子であるフリードの制止を遮って、コーエンがそう説明する。コクリと頷きながら、クララの瞳はキラキラと輝いた。



「だったら問題ない。おまえはこの城で思う存分働いて、ついでに運命の出会いとやらを探せばいい。双方うまみのある話だろ?」



 トクン、と音を立ててクララの心臓が高鳴る。



(まさかこいつの存在に感謝する時が来るなんて)



 もしもこの場にフリードしかいなかったならば、こんな交渉めいたことではなく、『婚約者として親交を深めていこう』と、そう言っただろう。

 けれど、王子すらも圧倒するこの推しの強さと一本筋の通った理屈。



(わたし、こいつの考え方、嫌いじゃないかも)



 チラリと横目でコーエンを見ながら、クララは笑う。そして、困った表情のまま腰掛けているフリードを真っすぐに見つめた。



「――――――致し方ない、のだろうね」



 フリードは小さくため息を吐きながら、ニコリと笑った。クララは手を合わせて飛び上がる。コーエンは鼻を鳴らして笑いながら、すくっと立ち上がった。



「交渉成立、だな」



 そう言ってクララの目の前に手のひらが差し出される。大きくて無骨な手のひらだ。何故だかクララの心はムズムズと落ち着かない。



「――――よろしく、お願いします」



 けれどクララは己の手のひらを差し出した。


 先程までの絶望感が嘘のように晴れ渡っているし、底意地の悪さばかりが目についたコーエンの表情にも、何やら良さを見いだせるようになった気がする。


 クララはフリードとコーエンを交互に見つめながら、ようやくいつものように笑うことができたのだった。

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