表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

妄想 ー命ー

作者: アーティ

ーーさて、答えは出たかな。


「くそったれめ」

笑う悪魔に対して、私は悪態を吐く。彼、あるいは彼女。影のような見た目で、薄ぼんやりとした闇のようにしか見えない、何か。

私が偶然に見つけた、あるいは私が見つかったことをきっかけに、それは1つの契約を持ち出してきた。悪魔というのも、勝手にそう呼んでいるだけ。契約の内容から考えるとしっくりきた。


ーー命の定義を答えよ。さすれば、汝に平穏をくれてやろう。

契約なのか、試練なのか。別に生きていることに飽きていたわけではないが、今の生活を息苦しく思っているのは事実だ。悪魔の言う平穏が、この息苦しさを紛らわせてくれるのかと期待して、約束の時間、つまり今に至るまで答えを考え続けていた。

ーー如何あっても死ぬのは運命にしてさだめ。死なぬのは命を持たないものか、命を超えたものだけ。ならば人は死なねばならない。人であるのならば。

ーーそれを踏まえて答えてもらおう。命とはなんだ?命の定義を答えよ。


雰囲気としては、快活に笑っているように見える。私の心臓に手を当てて、生身の心臓を慈しむように撫でながら問いかけなければ、素直にそう思えただろう。

あの感触は、今いるここよりも半歩分、死に近づいた感触なのだと思う。まぁ、所詮はその程度だ。

ありうべからざる体験だとは思うけれど。結局のところ生きている以上、あの感触そのものが死というわけではない。死を少し近く感じることがあっても、死に触れられたわけではない。死に触れられたら逃げられないから。

「命、ね。生きるために必要なツール。この世に留まり、活動するために必要なチケット。そんなところか」

私の答えに悪魔は笑う。笑う以外を知らないようだ。笑って出会い。笑って問いかけ。笑って再会し。笑って答えを確かめる。

ーー命を持たないものは、この世界で活動出来ない、と?

「あくまで妄想。根拠がなく、自分で勝手に作った答えだけれど。私の答えだ」

「命のないものは全て現象、あるいは単なる物質。それ以外にも色々とあるのかもしれないけれど。学のない私には分からない」

「けれど。命をなくしたものが。この世界に影響を与える方法は、ひどく限られる。それもきっと、望まれるべき手順じゃない」

全ては妄想。私は生きるのに疲れているし、だから根拠としては弱すぎる。

夢を見た。死なせてしまった何かの夢。犬、猫、兎。拾って飼う勇気も覚悟もなく。保健所に連れて行かれたり。車にはねられていたり。率直に言うと、死体としてみたことがある生き物たち。

そのうちの1匹が生きていた頃の夢を見た。たった1度。それも、私は生きていた頃のその子を知らないのに。

ーー夢の中の自分に聞いた、か。

悪魔の言葉に小さく頷く。夢の中には私がいた。その子に寄り添う私と、それを眺める私。

あの時の私は泣きそうな顔で笑っていた。その子は私の手を舐めてくれていた。温かくて、ザラザラとしていて、とても悲しかったことだけ覚えている。ああ、この子たちはもういないのだなと。夢でしか会えないことを、その私は理解していた。今ここにいる私なんかよりも、よっぽど頭がいいように思えた。そして言った。

「命があれば」

その言葉を、この私は勝手に解釈をしたのだ。命は生きるための道具か何かで。命があれば、生きている証だ、と。


何が言いたかったのか。頭がこんがらがる。ああ、そうだ。命の話だ。

結局のところ、命がないあの子達は、夢のように私の手を舐めてはくれない。暖かくもならなくて、ザラザラもしない。悲しさだけは残っているけれど。

命がないとはそういうことだ。私は生きている。あの子達は生きていない。つまり、同じように存在はできない。この世界に適合するためのツールがない。

この言葉には救いを求めている。あの子達がただ消えてしまっただけではなく。魂とか何かが、ただ単にこの世界に存在しないだけで。いずこかには存在していると願っている。

だから祈る。冥福を。幸せを。身勝手だけれど。


ーー何勝手に完結しようとしているのさ。

「ああ、いたのか、悪魔。いや、邪神め」

ーー確かに僕は邪神だけれどね?

悪魔、いや邪神?の笑いに陰りが指す。まぁ、そうだろう。ただ趣味に生きた哲学者モドキが。いつのまにか真理に辿り着いて、命を不要とする体に至り。加えてその真理は人にとって何の役にも立たないときた。

さらに言うと、その真理は人々の求めるものではなく。結果、迫害というか、貶められた。つまりは、神の域に手が届こうとも認められず。その高さと同じだけ深い底に落とされた。それだけの、何かだ。

それも、妄想。なんとなく、そんな感じがするだけの話。


見つけた真理は誰にも伝えられることなく消え失せ。未練がましく、不運な人間に問いを投げかける。

誰かを不幸にする力もあるだろう。不幸から遠ざける力もあるだろう。

それを、自分を邪神とした人々に使うのをためらう節度はあり。自分を忘れた人々に使い続ける気力はないが。

「どうせ、答えなんてないのだろう?あなたには、見つけた真理を、余さず歪まず伝える手段がほとんどない。そして、正確に答えられないということは、答え合わせはできないということ」

ーーははは。平穏は要らないかい?

「あなたと同じ場所で、何もなく過ごし続ける平穏、か」

ほとんどないけど、なくもない。答え合わせをした結果としては、辿り着いた真理に引き摺られ、この世界から存在がずれる。そんな気がする。


私が至りたい平穏は、それではない。

だから私は踵を返した。

私は祈った。それくらいしかできないから。

邪神に貶められたこのものにも、幸せを。

願いだけでは無力だと、知っているのに。


寂しそうに邪神は笑った。

私の心はまた、小さな悲しみを抱えた。

私が至りたい平穏からは、また遠ざかっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ