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ようこそ、善の世界へ


先程から私が口にしていることは、無茶苦茶もいいところだ。

だが、彼はどこか唖然としている。



「……ふっ」



微かに漏れた声が室内に響いた後、一拍置いて彼は吹き出す。そしてその刹那、腹の底から笑い声をあげた。



「なぁんだ、結構言うじゃん。人に悪いことをさせておきながらも、よくもまぁ失礼な態度なもので。でも、これで確信した」


「な、なにがですか?」



確信? 一体どれはなにかと視線で問いかけても、澄んだ黒瞳はなにも返さない。

あまりにも高慢だと私が睨み返せば、彼は私の肩を自身の方へと引き寄せる。そして、近くにあった宿屋へと私を連れ込もうとする。



「嫌っ! 離して!」



見たところどうみても私が被害者側ゆえに、周囲の人間が私へ向けるのは野次と憐憫だけ。だが、そんな周囲の視線などこの独善の裁判官にはどうでもいいことだと視線だけで訴える。


私は彼と目が合った瞬間、背筋が凍るどころか1回心臓に刃物を突き立てられたような痛みを覚えた。それほどまでに、今のこの人は悍ましい。


逆らうことなど決して許しやしないとその黒瞳が訴えかけてくる。ましてや、罪人ごときが自分に盾つこうなどと、それこそ高慢だと。

そして彼は私の耳元に顔を寄せて、最後にこう警告する。



「別に外でお前の恥ずかしい本性を暴いてやってもいいんだよ? その醜い内側を他人に知られなくないのなら黙っとけ」



乱雑で脅迫に近い言葉に、とうとう私も逆らえなくなる。

私はそのまま宿屋へと連れて行かれてしまう。そしてその一室へと向かえば、私はベッドへと腰をかけるように促された。


彼は私と同じくベッドに腰をかけるのではなく、向き合うような形で私の目の前に椅子を置いては椅子に深く腰掛けた。

どこか尋問を連想させる空気に思わず言葉が出ないままだったが、沈黙を破ったのは彼の方だった。



「改めて初めまして、リーシャ・ラクラス。俺はスペルビア・トリスメギストス、先程あの2人の警官が言った通り、職業は裁判官。今は法廷外だが、いくつか君に尋問させて欲しい」



尋問という4文字に思わず、呼吸の仕方を忘れかける。しかし、彼——スペルビアの視線が気を失うことなど許さないと命令する。

絶対的王者を連想させる彼は、いよいよ本題に移れるとこう問うてきた。



「君が先日暗殺された第一皇太子であるラメント・ヘルメスの下手人だというのは、俺達だけでなく世間にまで公表されている。だが、実際は裏があるんだろう?」


「裏、ですか?」


「ああ」



スペルビアさんはそう呟くと、膝を指で軽くトントンと叩く。そして一瞬だけ目を細めた後に、私の目を見据えて再度尋問を行う。



「だが、俺はそれを虚偽だと思っている。それに至った経緯を君に明かす気はないけど、実際どうなの? 本当に君がラメント皇太子を殺したと?」


「そ、れは……」


「答えろ」



そう促され、私は素直に首を横に振る。するとこの部屋が沈黙に包まれる。

呼吸音1つさえしない静謐さに、汗が噴き出してくるが、スペルビアさんは私を舐めるように見つめている。まるで私の言葉の真偽を確かめるように。


たっぷり間を置いて数分。椅子の軋む音が静謐を破って、スペルビアさんは笑みを浮かべる。



「やっぱりね。俺は君の言葉を信じるよ、リーシャ。……で、次の議題に移りたいんだけどいい?」



私が尋問された時間は、およそにして3分未満。

1度地獄から解放されたことに喜ぶべきだが、にしても()()()()


本当に彼が裁判官なのであれば、もっと尋問には時間を掛けるべきだ。

しかし、そんなことは視てしまえば些事なのだといった態度に私は息を呑む。



「ま、まだ続くんですか?」


「むしろここからが本題だよ。お前と会ったのは本当に偶然だったけれども、ずっとお前を目にしたときから気になっていたことがあったんだ」


突如、「君」から「お前」へと二人称が変わったことにさらに畏怖するが、ここでなにか口を挟めば碌なことになりかねない。そう思って私は思わず出かけた言葉を必死に飲み込んだ。



「お前さ、警官達に絡まれる前に自分がどんな顔してたか知ってる?」


「い、いえ……」



自分の顔なんて鏡でも見なければ分かるわけないなんて内心反論していると、またスペルビアさんは吹き出した。



「そりゃあ鏡がないと分からないのは事実だけどさ、辛辣すぎるんじゃない? さっきまで怯えてたのに」


「え」



瞬間、私はまた呼吸が止まりかけた。

今、この人はなにをした?

私がふと思ったことを、そのままそっくり読んだ。そんな神業を目に思わず言葉を失うが、スペルビアさんは不思議そうに首を傾げる。



「なにがおかしいの? 人が内心なにを思っているのかなんて、目を見ればすぐ理解出来るのに」


「そ、んなの……」



人間業じゃない、と言いかけた瞬間私は口を噤む。

またきっとスペルビアさんに読まれたと思っていれば、スペルビアさんはくつくつと喉を鳴らして笑い声を漏らす。



「いや、分かりやすすぎ。おかげでお前のあんな顔を見た瞬間に、お前が思っていたことが結構容易に理解出来たけれど」


「だから、さっきからなんなんですか? 私が思っていたことって?」


「さぁ? 答えは言わないよ。でも俺の問いには答えろ。でなくば今すぐ牢屋へ送り返してやるから」


「……分かりました」



相も変わらず続く、彼だけが理解出来る独り舞台に振り回されるのも、私自身辟易し始める。

先程からスペルビアさんだけが勝手に納得し、彼は私の疑問には答えない。


確かにお互いの立場を考えれば、私達は対等に話せる存在ではない。寧ろ、今の構図の方が正しい。

しかし、どうも出来すぎているのだ。


脅しに対し、私があっさりと折れれば、スペルビアさんは更に笑みを深める。

一体、この人の笑いの琴線はどこにあるのかと思考に余裕が出てきた中、スペルビアさんはようやく本題を切り出した。



「お前はあのとき、ただ単純に亡き恋人に替わる存在を探してたんだよ。……けど」



あのときとは、恐らく私が先程まで彷徨っていたときのことを言っているのだろう。

実際、スペルビアさんの言うことは当たっているし、否定の仕様がない。しかし。



「けど?」


「その裏で、誰にも見つかりたくないと……誰かに触れられるのが怖いと怯えていた。まぁ潜在意識下の話だから、一般人が容易に理解なんて出来ないんだけど」



とスペルビアさんは私と出会った瞬間に、私の潜在意識さえ見透かしたと告白する。

こうなってくるとこの人が人間なのかと疑うが、この人の不気味さには拍車がかかる。

人間業めいた正に刑の執行人。生まれながらの異常者とも言えよう存在。


しかし、だからなんだというのだろう?

私はスペルビアさんに恐怖抱き、畏怖する裏でそんな言葉が脳裏を過った。すると彼は脳裏に過った言葉へこう返した。



「……ま、お前の言う通りそこになんの価値も意味もないけれど。でも面白そうだなって思ったわけ」


「面白そうって、私が?」



一体、私のなにが彼の琴線に触れたのやらと思えば、スペルビアさんは私の問いかけを先読みして淡々と答えを述べていく。



「愛情を求めるくせして、愛情を拒むその破綻さがだよ。俺は今まで色んな人間を見てきたけれど、ここまで壊れてる人間はそこまでいなかった」


「私が、壊れてる……?」



その一言に、私の中でなにかが崩れていく感覚がした。

まるで、今までの自分が築いてきた想いという積み木を、無慈悲にハンマーで横殴りにして壊されたときのように。


ズキン、ズキンと胸の奥が痛み、突如喉に閉塞感を覚える。そして私に襲い掛かってきたのはそれだけではない。


今の私は呼吸が碌に出来ない。突然深海にでも溺れ込んでしまったかのように。

酸欠状態の魚のように口をパクパクとさせるが、繰り返す呼吸はとても浅い。


苦しい――そう、涙が零れ落ちそうな瞬間、くいっと細い指先が私の顎を持ち上げた。

私の眼前にまたあの黒い瞳が映った瞬間、私とスペルビアさんの距離はゼロになる。


触れた唇の温度に気を奪われるが、スペルビアさんは唇を重ねる刹那になにかを私へと送りこむ。

それが酸素だったと気づいたのは、彼が唇を離した瞬間だった。


そしてようやく思考回路が現実へ追いつくと、ゾッと彼への嫌悪感が全身へ迸る。無論、それを見逃すほど、この人は甘くなく再度笑う。

彼の浮かべた笑みはどこか自嘲めいていて、私はそれを目にした刹那に罪悪感が込み上げてきたのだがスペルビアさんは興醒めだと私の耳元で囁く。



「せっかく本音を話してくれたのに、まだ隠すんだ? 俺に対して」



俺に――という言葉がささくれのように引っ掛かるも、彼の怜悧な声は微かに呼吸を継いでこう囁く。



「でも気に入ったよ、リーシャ。お前のその命は俺に預けて? どうせこのまま俺が牢屋へ送り返せば、お前は数日後に死ぬ。虚偽の罪でね。そんなのは嫌だろう?」



そんな言葉に、私はこくんと頷きを1つ返す。まるで彼に操られたかのように。

すると、どこかスペルビアさんは上機嫌そうに笑うとそのまま言葉を継いだ。



「出来る事ならば復讐なんてしてみたくない? 人を殺すのはとっても悪いこと。だから、お前が法でその悪い人間をやっつけるんだ」



どこか子供のごっこ遊びめいたその囁きは、私にとっては悪魔の囁きに違いなかった。


愛しい恋人を奪った犯人を殺すチャンスを、この人はくれるというのだ。しかも、無償で。

もし、対価を取るとしたら、こんなことだろうと紡いで。



「だけど、展開によっては俺がお前を殺す。あくまでお前に非が合ったらの話だけど」



けれども、この一言にはどこかスペルビアさんの意図があった。

一体彼がなにを望んでいるのかは不明だが、私は内側からラメントを亡くした喪失感を再び逆撫でされた。



「本当に、彼を殺した人を裁いていいの……?」



愛しかった彼を殺しただけでは飽き足らず、碌に捜査もせずに私に罪を押し付けた人も憎いというのは本心だ。


昏い牢屋でいつしか抱いた憎悪が蘇った瞬間、私の脳内は復讐の二文字で満たされていく。

悪い人間をやっつけるんだというスペルビアさんの言葉が、脳裏から離れてはくれない。

そして、私を唆す最も罪が重いであろう彼は契約成立だと告げ、私の耳元から顔を離す。



「いらっしゃい、哀れなお嬢さん。ようこそ善の世界へ」



これは後ほど知ることになるのだが、スペルビア・トリスメギストスという男は冷酷非情な法の番人だ。


悪を誰よりも憎み、悪を裁くことしか頭にない、ある種の殺戮者。

善を尊ぶ享楽主義者は、こうして私を復讐劇の舞台へと私を役者として引き上げたのだった。



皆様お久しぶりです、織坂一です。

色々立て込んでおり、月1更新どころか半年近くも更新がなく申し訳ありません。


今回というか、スペルビアが登場してからは彼がぐいぐいとリーシャを押していますが、その認識は間違っていません。

今後も、このスペルビアという男がリーシャをあれこれしていくのですが、どうみてもこれは洗脳ですよね……(震え声)


後、スペルビアがなんだか人外めいたことしてますが、彼は正真正銘の人間です。

何故こんなことが出来るのかについては大分後になりますが、後々判明するのでお待ちください。


次回から第2章ですが、執筆が追い付いていないので、次回の更新がいつになるかは分かりません…申し訳ない。


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