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狂田診療所  作者: 空酉(ことり)
1/1

青年

狂田診療所を探して森へ迷い込んだ青年のお話です。

ちょっとだけおかしな話を書きたくて書いてみました。

田舎のさらに街はずれの森の、そのずっと奥にひっそりと佇む、狂田(くるいだ)診療所。

"そこから帰って来る者はいないだろう"だとかいう噂が流れている。誰に聞いてもその場所は知らないし行ったこともないという不思議な診療所。

ある意味では、七不思議の様な存在だ。


ある昼時、一人の青年が狂田診療所があると噂されている森に一人で入って行った。

その青年は素行が目立ち、その為に様々な精神科へ回され、そして何処からも匙を投げられていた。"その診療所なら診てくれるかも"という噂話を人伝に聞いたからであった。


その青年は森に入り、二時間ほどが経った様に思える。恐らく迷ったのであろう。同じ所をグルグル回っている。


「ーーーくそっ!一体なんなんだ!まるで迷路の様じゃないか!狂田診療所なんて何処にもないじゃないか!」


二時間ほどもずっと森を彷徨っていた青年は、かなり苛立っていた。

その森には、確かに診療所はある様だが、診療所の案内の看板はほとんど朽ちていて、どれも違う方向を向いており、その案内を見てやって来たせいで、同じ様な所をグルグルと歩き続けていた様だ。

持って来ていた方位磁石も意味はなく、携帯電話も圏外を示したままだ。


「こんにちは」


頭を抱えて蹲っていると、頭上から掠れたような女の声がした。

こんな所に人がいるのか、そう思った青年は顔を上げた。

そこには、三十代半ばだろう女が佇んでいた。

しかし、その女は顔が青白く、唇もかなり血色が悪かった。手足は細長く骨張っていて、ガリガリに痩せていた。

顔だけ見れば、自殺志願者の様だった。


「こんにちは」


不気味な笑みを貼り付けたまま、女はまたそう言った。

挨拶を返すまで続けるつもりなのだろうか。


「……こんにちは」


青年は渋々挨拶を返した。

女は満足そうに頷いた。

その女をじっと見てみると、その顔色の悪い女は、ナース服の様なものを着ていた。もしや、診療所のナースであろうか。

そう思った青年は、女に話し掛けた。


「あの、もしかして、狂田診療所の方ですか?」


恐る恐る青年は女に尋ねた。

すると、女はにやぁっと笑った。とても嫌な笑い方だった。

その笑顔に青年はゾッとした。


「そうです。私、狂田院長の元で働いております、幸田と申します。診療所にご用ですか?」


女は気に留めた様子もなく語り出した。


"噂を聞いて、興味本位で"


そう告げてみようとしたが、女の目を見て止めた。その目は淀んでいて、なんの感情も写していないようで、何をされるのかわからなくて、口を噤んだ。


「……何処の診療所でも匙を投げられたので、それで、ここに……」


真実を話さねばという謎の使命感に駆られて、真実を語った。


「まぁ!そうだったのですね!それでは診療所にご案内いたしますわ!」


幸田と名乗った女は、青年の答えに満足したのか、急に嬉しそうに声を張った。

女は案内すると言って、森の奥の方を示した。

そちらへ目を向けると、その先にぽつんと、しかし大きな診療所があった。


(こんなに近くにあったのか……。いや、待てよ?その辺りなら、少し前に見て通ったぞ……?こんな立派な建物なんて見落とす筈なんてないし……)


青年は内心パニックに陥っていた。自分が森を彷徨っている間、診療所など影も形もない見えなかった。それがいきなり目の前に現れたのだ。


「院長にご用ですよね?診察ですよね?こちらですよ?」


女は尚も上擦った声のまま、不気味な笑顔を貼り付けて続ける。

青年が一向に動こうとしないことに気付き、女は青年の腕を掴み、建物の方へと歩みを進めた。


「あぁ!お客様なんていつぶりでしょう!」


女は楽しそうに独り言を呟いている。

怖い。


少し歩いて辿り着いた建物は、森の奥にあるということで薄暗で不気味な雰囲気で、とても恐ろしい空気を纏っていた。


「やあ」


甲高い男の声が聞こえて顔を上げると、二十代半ばくらいの、こちらもガリガリに痩せた男が立っていた。


「僕が院長の狂田です。患者さんだね?歓迎するよ!」


男はそう言うと、胡散臭い笑みを浮かべた。

その男の着ている白衣は赤黒く変色してしまっている。何をすればそんな色になるのだろうか。

青年がまじまじと見ていたことに気付いたのか、男は無邪気な笑顔を浮かべた。


「ああ、この白衣かい?この診療所って、森の奥にあるから不気味な雰囲気だろう?だから、それに合わせて絵の具で塗ってみたんだ。どうだい?この診療所の雰囲気に合っているだろう?」



顔色が悪いが、とても明るい喋り方で陽気な人物である事が分かる。笑顔で青年を迎えてくれた。

青年は、男に対する警戒心を少しだけ解いた様で自己紹介を始める。


「俺、飯田(いいだ) 直哉(なおや)って言います。ここに来たのは、その……」


「他の病院では相手にもしてもらえなかった?」


男がそう言うと、青年はそうです、と小声になりながら語る。


「君には心配してくれる家族はいるかな?」


男は唐突にそんな事を尋ねた。


「え……?」


青年が不安そうな表情を男へと向けると、男は慌てた様に続けた。


「そのね、色々な病院から見放されたという感じの患者だと、家族や友人などから嫌煙されたりする方が多いからね。だから、君はそういう扱いにくい患者じゃないかなと思ってついね。こんな事患者に聞くものじゃないね。ごめんね」


男は朗らかな笑顔で(顔色は悪いままだが)そう答えてくれた。

青年は、「妹なら」と答えた。


「妹か!何歳くらいなんだい?」


「ええと……、確か今年で中学一年生、だったかな」


青年の答えに男は嬉しそうに笑った。


「反抗期前の可愛い盛りだね。きっと君はいいお兄さんなんだろうねぇ」


そっと目を細めて青年を見る。

可愛いには可愛いが、と青年は照れた様に頭を掻く。


そうして、男は青年を奥の診察室へと案内すると言って、奥を指差した。

先頭に男、後ろに青年と女という形で進んでいく。

診療所の中は、少しだけ薄暗くそして、奥へ行く程に鼻をつく様な臭いが漂う。

暫く歩くと、右手側に診察室と書かれた部屋があった。

男はここだよと言って、扉を開く。

奥からはさらに強烈な臭いが鼻腔を刺激し、思わず鼻を摘んだ。


「ん?どうかしたかな」


男はきょとんとしている。ずっとここにいて、鼻が慣れてしまったのかもしれないと思った青年は、男に「ここ、少しだけ変な臭いしますね」と告げた。


「ああ!臭いか!ごめんね。このところ患者なんてめっきり来なくなっててね、それで診察室も休憩所みたいに使ってるからかな。洗い物とかもちょっと溜め込んじゃってるし。そのせいかもしれない。もっとちゃんと綺麗にしてたら良かったよ。ごめんね。具合が悪くなったりしてないかい?大丈夫かい?」


そういえば、と言う様に男は話し、青年に謝罪する。

洗い物を溜め込んでいたからか。それでこの異臭か。青年はその答えに納得した様に頷いた。


「すみません、いきなり変なこと言って」


青年が申し訳なさそうに謝罪すると、男はこちらこそ申し訳ないと言って笑った。

青年は男の低姿勢のお陰もあってか、すっかり警戒心を解いていた。すんなりと診察室へと入って行く。


診察室はそれまでの廊下よりも薄暗く、それこそ実験施設の様にも見えた。


「さあ座って座って!」


楽しそうな男の声がした。青年は素直に椅子へ腰掛ける。その椅子は、長年使われていなかったのだろう、埃の匂いがし、腰掛けると溜まった埃が舞った。軽く咳き込んでから男を見る。

男は少し黄ばんだカルテを持ち、青年を見つめていた。


「どういう症状かな」


笑顔を崩さずに青年に問う。

青年は、病状を偽らずに全て語った。


その後暫く男は考え込む様に黙っていて、ややあって口を開く。


幸田(さきた)くん。注射を」


「はい先生」


幸田と呼ばれた女は鈴の鳴る様な軽やかな返事をし、診察室の奥の扉へと消えてゆく。


「あの、俺、精神的なものだけだから、注射ってのはちょっと……」


青年が男へおずおずと切り出すと、男は至極楽しそうに笑いながら「ただのビタミン剤だよ」と答えた。


「栄養不足からくる精神疾患なんかもあるからね。だから、栄養を注射で直接摂取させるんだ」


ほらこれ、と言って、栄養素の名前が書かれた小瓶を見せた。

それを聞いた青年は、あからさまにホッとした表情を見せた。

暫くして、奥から女が戻ってきて、太めの注射器をトレーに載せ、男へと恭しく差し出した。


「うんうん。これだね。このくらいの太さが一番落ち着くね」


ニコニコとした笑顔を貼り付けたまま、男は栄養素の名前が書かれた小瓶に針を入れ、中の液体を注射器へと入れてゆく。


「ちょっと痛いかもしれないけど、頑張ってねー」


男は嬉しそうに注射器を掲げ、青年の腕に刺す。あまりの痛みに、青年は空いた片腕を振り回した。

すると、小瓶がそっと落ち、栄養素の名前が書かれたラベルが剥がれて落ちた。


『麻酔(即効性)*用法容量をお守りください』


そんな風に書かれていた。それ以外の文字は、意図的に消されたかの様に擦れて読めなくなっていた。

青年はそれを見て、空いた手で男の腕を掴む。


「それ、麻酔って……書いて………くそ……騙した………のか………」


麻酔が効いてきたのか、青年は次第に意識を落としてゆき、そして、ややあって意識を手放した。ただ男の笑顔だけが脳裏に焼き付いた。











次に青年が目を覚ました時、男の声だろうか、調子外れの鼻歌が聞こえ、そして女も嬉しそうに笑っている、そんな声が青年の耳にそっと届いた。

一体何をしているのか、そう思った青年は、男の方へ視線を向ける。


「おはよう。起きたみたいだね。気分はどうだい?麻酔が多過ぎたのかもしれないけど、まあ想定内の時間だね」


男は青年の視線に気付き、親しげに話し掛ける。


「気分って……」


青年は訝しむ様に男を見つめた。

そして、次第に体の感覚が戻ってくる。

なんだか、手足を押さえつけられている様な、そんな風な違和感を感じた。というよりも、手足の感覚がない。まだ手足にだけ麻酔が残っているのだろうかと思った青年は、重たい頭を僅かに動かして自分の手足へと視線を移す。


「え?」


そこに在るべき四肢が無かった。痛みは一切なかったが、手足が失われている事に驚愕した。


「俺の、手…………足…………な…………い……?」


青年の言葉を聞いて、男は嬉しそうに笑った。


「悪さばかりする手足だからね。取っちゃったんだ。これでもう誰かを傷付けたりなんてできないでしょ?いやぁ、安心だなぁ」


「先生ったら。これじゃあただのダルマじゃないですか」


女も楽しそうにくすくすと笑っている。

青年の顔から血の気が引いて真っ青になる。青年は男達に怒鳴る。


「俺があんたらに何したっていうんだよ……!何もしてないだろ!」


「してないね」


男は笑顔を浮かべたままそう答える。


「今は何もしてないけど、これから先もし僕達に危害が加わる様な事があったら困るでしょ?だからだよ」


狂っている、青年はそう感じた。


「治療なんだよ、これは」


暗示の様な男の声が耳に響く。


「君はうちの病院に入院して貰うから、安心してね。ちゃんとお世話してあげるからね。大事な患者さんだからね。先輩患者達にもご挨拶しに行かないとね」


柔かな表情を崩さないまま、男は語る。

そして、青年を車椅子に座らせ、男がそっと車椅子を押し、入院棟と書かれた場所へと移動して行く。


入院棟と書かれた場所は、それまでの部屋とは違って、明からさまに手入れがなされていない、とても汚らしい所だった。

男は柔かな表情のまま、青年の名前と他数人の名前が書かれた部屋の前で立ち止まった。


「ここが君の居場所になるんだよ。他の患者達と仲良くしてね」


部屋に入る前に念を押された。

青年がグッタリと首を縦に振ると、男は満足した様にニコッと笑って、部屋の扉を開いた。


部屋は大人数用の入院部屋らしく、カーテンでそれぞれのスペースを仕切られてあった。ただ、そのどれもが黄ばんで薄汚れたままになっていた。元々は病院らしい白いカーテンであっただろうに、その全てが黄ばんで、そして血が乾いた様な色も付着しているらしく、無残にも変色してしまっていた。

男が青年を置いて、部屋のカーテンを全て開いた。その瞬間、他の患者の姿が目に飛び込んでくる。

そこには五人程いた。その内一人を除いた全ての者が四肢を失い、そして目と口を縫い付けられていた。

残る一人は、どうやら女性の様で、両足だけが失われただけで、それ以外は無事な様だった。


「さあ飯田くん、彼らに挨拶を。新入りなんだから元気良くね」


青年は、男に従って他の入院患者に挨拶をする。五人いる内の四人が目も見えず、口も聞けない事から、返事は返って来なかったが、一応聴こえてはいるらしく頷いてくれた。

もう一人は、返事を返さずに遠くを見つめていた。


八田(やだ)くん?飯田くんが挨拶をしてくれたのに、どうして返事をしないんだい?」


男は八田と呼んだ女の頭をそっと掴んでそう言った。

八田と呼ばれた女は、男の事を鬱陶しそうに見た後、また視線を逸らした。

男は仕方ないなぁとぼやいて八田という女の頭から手を離した。


「彼女はかなりの気まぐれ屋さんでね、まあ気にしないでね」


「あの……」


「なんだい?」


「他の四人は、何故目や口を縫い付けられているん、ですか」


恐る恐る青年が問うと、男は「彼らには色々なものを見る目も、話す為の口も必要じゃないからだよ」と言ってははっと笑ったが、その実目は全く笑ってはいなかった。




その日、青年は狂田診療所の一部となった。



狂田先生のキャラクターが割と気に入っています。

読んでくださった方ありがとうございます。

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