持たざる者
一人の兵士が突進を受け、その場に倒れ込んだ。
「何をしている! 立て!」
新人教育係の声が轟き、その兵士は慌てて飛び起きる。
周りでは千名以上もの兵士たちが同様に訓練しており、その中でも今倒れたこの男は極めて弱かった。
力もなく、魔術や医術の才もなく、手先は不器用。
……持たざる者。何一つ取り柄のない男。
いや、それどころか彼には名前すらない。なので、レスとでも呼ぶことにしよう。
「やれやれ。これでは使い物にならんな。おいお前! 鍛錬場を出てゆけ!」
とうとう追い出されてしまったレス。
これまでにも、魔術師養成場を追い出され、武術家道場を追い出され、各部署を転々としてきたのだが、ついに最後の可能性をも失った。
珍しいことではない。この世界において、そのような者は腐る程存在していた。
この戦国という厳しく非情な世界において、彼らがその後どうなるか。想像に難くないだろう。
レス自身もわかっていた。だが、どうにもならないことだ。
ただ、その来るべき日を待つしかなかった。
だが……。
「神様……どうかお救いください」
この者、持たざる者にして唯一持ち得ているものがあった。
唯一のもの……それは信仰心。
この世界の人々は、大方が神など信じていなかった。武力や権力こそが全てであり、神の代わりに自国の王をそれぞれ崇めていた。
神など存在しない。仮にいたとしても、何の役に立とうものか。それが大衆の思想である。
しかし、レスはほんの一握りの存在に属していた。
毎朝毎晩祈り続けるその姿を、人々がどれ程笑い続けてきたことか。周りからすれば、その信仰心までもが彼を無価値たらしめる材料に過ぎなかった。
神に祈るなど、力のなき者の逃げ道でしかない。なんと情けないことか。そう言われ続けた。
それでもなおも、今こうして祈りを捧げている。
と、その時だった。
「持たざる者よ、聞きたまえ。すぐにここを出て南へ向かうべし」
神の声がその耳に届いた。
目を見開くレス。だが、疑いはそこにない。
すぐさま準備を済ませると、彼は国を出るため立ち上がった。
途中、見張りの目は厳しいはずなのだが、不思議とその全てを掻い潜ることに成功する。突風や雷鳴……雹に霰が降り注ぎ、他の者たちのみを襲う。まさに青天の霹靂。
見張りたちは翻弄され、レスがそこにいることすら気づかない。
かくして国を抜け出せたレスは、そのまま神の指示に従い近くの森へと身を潜めた。
そして一晩が過ぎ、驚愕の光景が目の前で繰り広げられる。数人の兵たちが門から引きずり出され、そのまま生き埋めにされてゆくのである。
役に立たない者はこうして口減らしとして殺される。同時に、他国へ機密が漏れないように口封じとの意味も持つ。
故に、もしも逃げ出した者がいるとあらば、すぐさま血眼になって追うだろう。
だが、神の声に耳を傾けてなければ、ここで既にレスは死んでいたことになる。
「神様……俺をお救いになられたのですか?」
レスは感謝の涙を流し、地に手を突いた。
「ありがとうございます! こんな何も持たない俺を……!」
何度も何度も頭を下げ、言葉を繰り返す。
彼は知識もまた持たぬため、他に感謝の意を示すことができなかった。だが、溢れんばかりの感情は本物であり、この上なき敬意と共に心から礼を述べ続けている。
と、そこへ……。
「汝に知恵と勇気を授けよう。受け取るがよい」
再び神の声が耳に届くと共に、鉄製の長剣が空から舞い降りた。
「神様……。ですが、俺には力がありません。こんな重そうな武器……」
「我を信じよ」
神は一言だけそう答えた。
レスもそう言われれば信じるしかない。
勇気を出してその剣を手に取った。
「……軽い? 体の奥底から沸き起こる力……これは!?」
「我が勇気の欠片を与えん」
勇気……神の与える力の片方。
それは、この世界を戦い抜くために持たざる者へと神が施したもの。
ある時はスキルとして敵を払い除ける術を、またある時は撤退や交戦などの具体的な指示を与える。
レスが手にした一つ目のスキル、タフネス。その効果により、装備の総重量が10kg減少する。
「心配はない。我が知恵により汝を導こう」
その声と共に目の前に光が生じ、中から角の生えたウサギが現れた。
知恵……神の与える力のもう片方。
ある時は味方を与え、またある時は城や森を生成する。
レスの目の前に現れた味方モンスター、ミニアルミラージ。ライフもパワーも低いモンスターだが、神が即座に遣わすことのできる軽量モンスターだ。
「ゆけ、持たざる者よ」
神の指示に従い、レスは第一歩を踏み出した。