血統の書と旅立ち『血統の書と記憶』
船の上を風が通り抜けてゆく……かぜ……サクはかぜとの出会いを思い出すほどに、胸のあたりがぐっと苦しくなって、呼吸さえままならないほどでした。
今でも後ろから"サク"って呼びかけてくるみたいで、こんな自分を面白いと言ってくれたこと、桜餅をくれたこと、ニネが大好きだったこと……サクの頭の中はかぜでいっぱいでした。
サクはかぜをちゃんと見て、守れなかったことを今でも悔やんでいました。どうして、ミライの狙いに気づけなかったのか、どうして、ミライを止めることが出来なかったのか……自分を責めても苦しいだけで、船の中を歩きながらあふれる涙を止められずにいました。
男の涙は恥ずかしいから、みんなには見せられない。変なプライドと共に一人になりたい気持ちもあふれて、誰もいない階段の踊り場でこっそり泣いていました。
サクは自身に夢中になっていたため、下ってくる人の影に気づきませんでした。足音の主は、ゆっくりサクに近づいてきて、泣き声に気づいたのかすっとハンカチを渡しました。
「驚いたわ、水を飲みに近くのホールまで来たら非常階段の下から悲しい声が聞こえてくるんだもの。サク、具合が悪いの? ……ってわけじゃなさそうよね」
七尾はきっとかぜを思ってるんだろうと感じて、くんできたサクの分の水を渡しました。そして
「別にこそこそすることないと思うわ。悲しいことがあったら泣くのは当たり前よ! 心があるんだもの。でも、こっそり泣きたくなるのもわかるわ。サクの場合話せないじゃない?その分感情見せてくれないとわからないのよね。だから……あれ? 私まで泣けてきた……だからね? 泣くときは一緒に泣きましょう……」
サクは激しい涙から熱いゆっくりした涙に変わっていくのを感じ、泣いてくれる七尾に安心感を抱き、一緒に静かに泣きました。
一行を乗せた船は目的地まで半日ほど進み、外はすっかり暗くなっていました。桃色イルカもいなくなり、星が一つ二つと目覚め始め、一行は食卓の間で食事をとりながら各々かぜを思っていました。
「かぜってば初対面で私のことデブとか言うのよ? ひどくない? たしかにご飯は大好きだけどそれ程じゃないわよね?」
「ん……まぁ、イロハちゃんは今のままでいいとして、かぜちんとはバンドもしたなー最近なのに古く感じるよ」
「かぜ様はいつも暖かかった……私は何もできなかった……くっ……」
ケイは食事を止め、皆も食べるのを止めました。ケイに始まり、イロハ、ユーリ、サク、七尾、皆が食事をやめ、一雫の涙をこぼすと、それに反応するようにサクの胸の水晶が熱く輝きました。すると、水晶を伝ってかぜの意志がサクに伝わりました。
"……サク、サク? 今は心しかないけれど、それでも出来ることがあったんだ! サク、皆と手をつないでいて陣を組んで!"
かぜの声が聞こえた気がして、サクはユーリの手と七尾の手を握りました。そして、左手人差し指でグルっと一周宙に円を描き、陣になるように伝えました、が、上手く伝わらなかったので、一人一人の手を繋いで回り半ば強引に陣を組みました。
「サク、これなんなの? なんの輪??」
疑問を抱くイロハあれば、手を繋いでいるだけで幸せのユーリあり。
皆が疑問を抱く中、サクは光る水晶が浮くのとともにほんのり体が浮かんでいました。そして皆が出を繋いだままその意志は聞こえてきました。
"みんなわかる? 僕、かぜだよ! 意識だけなら飛ばせるみたい。サク、血統の書に触れてみて! 皆と歴史や世界地図を共有出来るから!"
サクは血統の書に触れました。すると触れた指先からすべての情報が流れ込み、血統の書の始まり、サクの父親が教科書では裏切り者とされているザーであり、レイギルと呼ばれるものであること、母親が命の女神であること、この世界の地図、あらゆることが血統の書に触れるサクとの手から、陣を組む皆の手や心に伝わりました。
気がつけば夜もふけていて、情報量に少し疲れた一行は、明日の朝スノーベル大陸に上陸するためのそれぞれ寝室に向かいました。