第五話 私と優雅先輩のいる世界。
あの世界の真希の想いはとても強くて、私は彼女の記憶に呑み込まれた。
それでも優雅先輩を守れるなら、それでいい。
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中学も特に何事も無く終わる…相変わらず、はじまりの世界の真希の記憶は夢や白昼夢のように私を侵食するし、黒い死神達も夜中に現れる。
理解できない事と言えば、何故か黒い死神は学校が休みの日に優雅先輩を狙いに来るようになった…その理由はものすごく謎だ。
「真希も優雅君もそろそろ学校に行く時間でしょう」
いつものようにお母さんが作った朝食を食べ終わってリビングで優雅先輩と離れてくつろいでいると、もうそんな時間だったらしい。するとインターホンが鳴り、満姫が“優雅君の彼女じゃないかしら”と楽しそうに笑っている。これもいつもの事だ。
優雅がめんどくさそうにソファーから立ち上がり、行ってきますと言って玄関の方に出て行く。
「桜木君、おはよう」
「ああ」
少しして玄関を開けた音が聞こえると、優雅先輩と女性の声が聞こえる。真希も中学校に行かなければならないため、リビングを出て玄関の方に行くと朝の玄関前での光景はほとんど同じ。
高校生になっても優雅は相変わらず真希の家で朝食も夕食も食べるし、休みの日も入り浸っている。だから、優雅先輩と同じ学年の彼女か年上の彼女が、彼氏の優雅を真希の家まで迎えに来るというのが毎日になっていた。
「桜木君また不機嫌そうな顔してる」
玄関でローファーを履いているとそんな声がした。昨日は“優雅君”と彼女は言っていたはずだ。今日は“桜木君”になっている。
顔を上げてよく見れば、今日は優雅の彼女が変わっていた。
この毎日の光景には、たまに迎えに来る彼女が変わっている…それくらいしか変わりはない。どうしてこんな優雅がモテるのだろうか…はじまりの世界の優雅と比べることが日常となった真希には理解できない事だった。
「桜木君って妹さんがいるの?」
玄関のドアを閉めて外に出た真希の目の前にいる綺麗系の高校生の先輩は、中学の制服を着ている真希を見て言った。たまにそう言われる。だから、慣れている。
でも、どこをどう見たら“兄妹”になんて見えるのだろうか。私達は髪も目の色も顔立ちも違うはずなのだから。
「いいから行くぞ、千智」
真希が黙ってそんな事を考えていると、優雅先輩は千智というらしい新しい彼女を見ずに先に歩いて行ってしまう。そんな優雅先輩を、優雅先輩の彼女は皆が“待ってよ”と言って追いかける。
だからそのまま追い掛けて行くと思ったが、新しい彼女である千智先輩は妹だと思い込んでいる私にごめんねと微笑んでから優雅先輩を追い掛けて行った。
「私は妹なんかじゃない…!」
誰もいなくなってから、真希は小さな声で強く否定した。
本当に優雅先輩は意味が分からない。好きで付き合ってる彼女なんだからもっと優しくすればいいのに…そうしてくれればきっと私はこんな意味の分からない気持ちになんてならなくてすむはずなのに。
ああ、でも…あれだけ頻繁に彼女が変わるんだから、ただモテたいだけのチャラい最低男か。
「優雅先輩のバカ…」
真希はそう結論を出して中学校に向かって歩いて行く。まだ前の方に優雅先輩と千智先輩が手を繋いで歩いているのが見える。
これももう毎日だ。見飽きている。優雅先輩の彼女がどれだけ変わろうと代わり映えはしない光景なのだから。
「はじまりの世界の優雅の方が絶対に格好いいはずなのに、な…」
きっと、平行世界の真希の“初恋”は、はじまりの世界の優雅。そのはずなのに…どうしてこの世界の、目の前の優雅先輩を見てこんなに嫌でさみしくて苦しいんだろう…優雅先輩の隣には私がいたいなんて思うようになったんだろう。
絶対にダメだと理解していても、今すぐに弓を召喚して優雅先輩の隣にいる千智先輩を射ぬいてしまいたい。もう何度もそう思って、気付かないフリをしてきた。
ーーー私が好きなのは、“優雅”じゃなくて“優雅先輩”、なの?
そう思うと、真希の心の中は少しだけ楽になるような気がする。
それでも…それに気付いたとしてもこの状況は変わらない。私はあの世界みたいに、優雅先輩に好かれてない。必要となんてされてない。傍にいてなんて、泣いて頼まれない。
ーーー私だけの、片想い。
真希はもう目の前の光景を見たくないと、すぐそこの曲がり角を右に曲がった。中学校に行くには少し遠回りになるが、それでいい。時間もギリギリで校門も閉まってしまうかもしれないが、それでいい。そうなったら学校なんてサボっちゃえばいい。
真希はやっと自分の想いを認めて、中学校に行く道を変えた。
「私は優雅先輩を守れれば、それでいい…」
そう呟くと、真希は黒い死神と戦う時と同じように霊力で身体能力を上げて屋根の上に飛び上がり、中学校とは別の方向に向かって走り出した。
第一章は終わりますが、真希の現実逃避はまだまだ続く予定です。