第二話 あの世界の真希と、この世界の私。
どうしてあの世界の真希は、そんなにも優雅の傍にいることを願ったのだろう。
優雅先輩のことなんて、ただの幼馴染み。それなのに...
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小学校6年の夏。外は日差しが強くて暑くて、セミの鳴き声が鬱陶しいくらいにこだまする。気が付けば、はじまりの世界で“あの日”が起こる時間に近付いていた。
「“あの日”にあの横断歩道のある所に遊びに行くことすら、無くなった...」
真希は階段を上って自分の部屋に入り、扉を閉めると呟いた。先ほど夏休みの予定を母さん達に確認していたのだ。はじまりの世界では、あの横断歩道のある場所に夏休みに皆で旅行に行く予定だった。
それなのに...あの世界の真希と優雅が願ってできたらしいこの平行世界も同じ出来事を迎えるのだろうかと心配だったが、どうやら学年が違うことが幸いしたのか優雅が家族旅行より友達と遊びたいと言ったからなのか何なのか、その予定事態が無くなっていた。
「本当に、願ったとおりに“あの日”を回避できたってこと?」
信じられない...あの世界の真希が過去に戻っても、自分の命を代価にして消えるしかなかったのに。時間を遡ることにほとんどの霊力を使ったから優雅の傍にいるために、姿を維持するために他人の命を犠として利用しないといけなかったくらいなのに。
ーーー“俺、友達と遊ぶからつまんねえ家族旅行はパス”
その、優雅のたった一言で変わった。でも、優雅が友達と遊びに行った先で“あの日”が起こったりしないのか...その可能性も考えられるから、まだ恐い。
それに、何故か自分よりも友達を優雅に優先されたみたいで...すごく嫌だと思った自分がいた。私の知らない感情のはずなのに、関係ないはずなのに、私が思っているみたいで...それもこれも、はじまりの世界の真希が全部悪いと思う。
「これじゃまるで、私が優雅を好きみたいじゃん...」
そんな考えに行き着いた真希は、それを忘れるように頭を左右に降って気持ちをまぎらわせた。
けっして、自分が優雅を好きなはずがない。優雅を好きなのははじまりの世界の真希なのだから。
夏休み、今日の空は“あの日”と同じように晴れわたっている。真希は“あの日”が本当に起こらないのか確かめるために朝から優雅をつけた。どうやら学校の友達数人とプールに行くらしいというのは数日前からリサーチ済みだ。
自分達の住む住宅街から市民プールに向かう道。前を歩く優雅達に見付からないように電柱に隠れながら、真希は後を追いかける。時おり水色のチェックのパンツスカートが風になびく、“あの日”にあの世界の真希が着ていた白の水色のリボンのついたワンピースなんて着ていたらこんなことはできないだろう。
「優雅に見つからないように...」
角を曲がる優雅達に見付からないように、少し待ってから自分もその角に向かう。尾行しているため独り言も声を小さくして呟きながら、そっとコンクリートの壁に両手をついて優雅達を覗いた。
周りの痛々しい、自分を見る目などこの真希さんは気にしない!
それに、“あの日”に自分が着ていたワンピースなんて着たくなかった。
「ここから先は人混みにまぎれるしかないよね」
この道の先は大通りだ。電柱なんかに隠れていては優雅を見失う可能性だってある。それに、やっぱり自分を見る周りの痛々しい視線は心に刺さる。
ここからは普通に距離を取って歩こうと、真希は優雅達を見失う前にたくさんの人の行き交う中に少し早足で歩き出した。
市民プールの前、優雅達は中に入って行く。それを駐車場の車に隠れながら見詰める真希は、無事にここまでの尾行を成功させていた。(*危険なので駐車場の車に隠れないでください。)
「さて、ここまでは大丈夫」
優雅が車に引かれるなんて危ないシーンは無かったと少しだけ真希も安心すると、良かったと緊張が少しだけ緩んだ。さすがに市民プールの中にまで車が突っ込んで来るなんて無いだろうと思いながらも、真希は入り口に続くコンクリートの階段を上がって中に入った。
「何やってんのかな?真希ちゃん」
その瞬間、後ろから肩を軽く叩かれて優雅の声がした。え...?と、その声をした方に振り向けば、優雅の顔が意地悪く笑っている。目の前にいるのは優雅だけで、先ほどまで一緒にいた他の友達の姿はない。
まさか...尾行のすべてバレていた、とか?それを考えた瞬間、嫌な汗が真希の背中を流れ落ちた。
「え、と...私もたまたま、友達とプールに...」
来たんだと言う前に、真希の言葉は優雅の手に遮られた。全部バレバレだぞと、優雅の手が真希の頭を撫でている...否、これは自分がされたい、いや世間一般的にも“頭を撫でる”とは絶対に言わない。だって優雅の手は軽く自分の頭を叩きながら撫でているために地味な振動と、小バカにされている感がすごく伝わってくる。
きっと夢で見る“はじまりの世界”の優雅なら、もっと違う、優しく頭を撫でるに違いない。それに、あれだけ完璧な尾行だったはずなのに、何でバレているんだと、どこにバレる要素があったのか目の前で自分をからかいバカにする優雅に問い正したい。
「あれでバレてないとか思ってるお前がアホなんだよ」
まるで自分の心を読んだかのような優雅の言葉に内心ドキリとした真希は自分よりも少しだけ背が高い優雅を睨んだ。それでも効果はまったくと言っていいほど無いらしく、優雅はまたニヤリと笑っている。
やっぱり、この目の前の優雅を好きになる要素なんて全然無いと思う...“はじまりの世界の真希”は、いったいどうして“優雅”を好きになったんだろう。
真希は優雅から視線を下げて俯いた。最近はずっと“こんなこと”ばかりを考えている。
「おい真希?何考えてんだよ」
目の前の優雅の声に、気が付けば現実に引き戻されて勢いよく真希が顔を上げると...いつの間にかすぐ近くに優雅がいたらしい。そして“ゴツン”と何かに当たり、何故か上がりきらなかった頭の後ろがすごく痛くて真希は自分の後頭部を両手でおさえてその場にしゃがみ込んだ。
痛いとすごく思うのに、言葉にできない真希は涙目になりながらまた改めて優雅を見上げた。
「ッ、この野郎...」
そこには片手であごをおさえている優雅がいた。どうやら、自分の頭が優雅のあごに直撃したらしい。自分も相当痛いと思うのだから、優雅も痛いと思っているだろう。
自分の不注意とは言え、これもある意味で“優雅のせい”だと思う。自分が悪いのは分かっているのに、素直に謝りたくないと思うのは日頃の優雅が悪いと思う。
「ごめん...」
それでも謝る真希の声はとても小さく、さらにまた俯いているために優雅には届かない。少しすると、何故か優雅は真希の方に来てしゃがみ込んで今度はちゃんと真希の頭を優しく撫でた。
そんな珍しく優しい優雅に真希が驚いていると、優雅は心配そうな顔をして言う。
「お前何やってんだよ、ケガとかしてねーか?」
驚きながらも優雅を見ると、何故か妙にトクンと胸が高鳴ったような気がした...どうして優雅を“カッコいい”なんて思ってしまったんだろう。
ああ、そっか。そうだよね、この恋心は“はじまりの世界の真希”のもので、平行世界の真希の気持ちじゃない。
「うん、大丈夫...」
真希のその言葉を聞いて優雅は安心したように少しだけ笑うと先に立ち上がり、真希に手を差し出した。
真希は差し出された優雅のその手を取って立ち上がる。そして、プールに入るために受付のカウンターの方に行く優雅にそのまま手を引かれながら、真希は何だか“懐かしい”という妙な感覚を感じていた。