第一話 はじまりの世界の記憶。
私には、まるで“前世”のような記憶がある。
正確には“はじまりの世界”の私の想い。
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部屋のカーテン越しに、窓の外から月の光が入り込む。外は白い雪が降り、うっすらと道路を染め上げている。ベッドには小学生の真希がうなされながら寝ていた。
今日の夜も眠りにつくと、またあの夢をみる。小学校5年生の冬休みに真希は不思議な夢を初めてみた。それはまるでこの先の未来みたいで、まだなったことすらない中学生と高校生の自分...何故か1つ年上の幼馴染みの優雅が同い年で、そんな彼と紡ぐ現実離れした悲しい恋の物語。
「ッ...ゆう、が...っ」
真希は辛そうに幼馴染みの優雅の名前を呼んだ。
その夢の中と同じ真希の部屋。家の造りも置いてある家具の配置も、自分で買ってきたぬいぐるみや小物さえもすべてが同じ...まるで鏡に映ったかのような不思議な世界の夢の世界。
あちらの世界の真希が、こちらの世界の真希を“とてつもなく強い優雅への想い”で侵食しようとしているのかのような。
「優雅ッ...!!」
優雅の名前を呼びながら、真希は何かを掴むように手を伸ばして飛び起きた。嫌な汗が体中から溢れて流れ落ちる。ここが自分の部屋で、自分の姿が“高校生”ではなく“小学生”だと自分の手を見て体を触って確認すると、少しだけ安心できた。
夢の中の部屋と、自分の部屋の違いを辺りを見回して確認する...だって、まだあの夢の中だったらと思うとゾッとする。
「ここは私の部屋?夢の中じゃないよね...?」
半信半疑になりながら、真希はおでこから垂れてくる冷や汗を手で拭った。だけど、まだ顔が濡れている。今度は頬を拭う...拭っても拭っても温かい水が頬を伝い落ちていく。これは涙だと理解するのに真希は少し時間がかかっていた。
自分は、この訳の分からない“夢”のせいで、“優雅に逢いたいという強い想い”のせいで...“真希”のせいで泣いている。
「何で?何でこんなに涙が出てくるの?」
分からないはずなのに、自分が体験したことではないはずなのに、どうしてこんなにもあの世界の“真希”の気持ちが理解できるのだろうか。
どうして、こんなにも胸がいたくて、涙が止まらなくて、恐くて恐くてたまらないのだろう...もし、この先の未来で“あの世界”と同じことが起きたらと思うと、どうしていいのか分からない。
「起きるの?“あの日”が...?」
真希は夢の中の出来事を思い出しながら呟いた。
優雅が車にひかれて、いなくなる?そしてまた自分はあの世界の真希と同じように優雅を生かすために自分が犠牲になるのだろうか。
優雅が傍にいてと泣くから、“おばけ”になって傍に行くの?
でも、それではあの世界の真希が後悔した結末になってしまう。それではきっと、意味が無いだろう。
「それにこの世界は、あの世界とは違う...」
あの世界の真希と優雅は同い年で、この世界は優雅の方が1学年上だ。あの世界のように優雅と一緒に入園式や卒園式の写真を撮ったことなんてない。
遠足も修学旅行も一緒になんて行けないし、文化祭なんかも同じクラスで一緒にすることはありえない。自分はあの世界の真希が羨ましいとさえ思うところがあった。
「でも、離ればなれになる世界なんだ...どっちの世界でも」
真希はあの世界が変える前と後の2つあることを思い出しては、また切なくなる。優雅がいなくなっても、真希がいなくなっても...誰も幸せになんてなれない。あの世界ではお母さんもおばさんも、高校の友達も誰も笑顔じゃなかった。
するとまた、真希の頬を涙が伝い落ちた。
「っ...違うのに、優雅を好きなのは私じゃなくてあの世界の真希なのに...」
自分は優雅を、そんな風には見ていない。この想いは、あの世界の真希の気持ち...のはずなのに、涙が止まらない。また胸がいたくて苦しい。どうしてこんなにも“あの世界の真希”の想いに引きずられて泣いているのだろうか。
そう思うのに、真希はこの勝手に溢れて、頬を流れ落ちる涙を止めることができなかった。
部屋の窓のカーテンのすき間から、朝日が入り込んでくる。真希はあの後、泣き疲れていつの間にか寝てしまっていた。ずっと泣いていたために、顔はとても酷いことになっている。目が腫れていて、ちゃんと開けるのが難しい。
「っ、痛い...」
真希は布団から出てその場に座り、目を開けようとしてピリッという痛みが走る。腫れていて、それでいて眠たい目を無意識に手で触って擦ってしまい、また痛みが酷くなる。
今は何時だろう。今日は普通に学校に行かなくてはならないし、お母さんは起こしてくれたのか、それともまだ起きるには早い時間なのか...はたまた、遅刻するような時間帯か。目が開かないせいで壁掛けの時計がよく見えない。
「おい、真希!!」
おいてくぞ!と優雅の声が聞こえたかと思うと、いきなり部屋のドアが開いた。どうやら優雅が部屋の中に入ってきたらしい。
真希はこんな泣き腫らした顔をただの幼馴染みであるはずの優雅に見られたくないと思い、とっさに布団の中に隠れた。
「私、今日は学校行かないから!!」
こんな顔で外になんて、学校になんて行けるわけがない。そう真希が布団の中で思っていると、突然に強い力で布団が引っ張られて取られてしまった。
今の真希にとって大事な布団を取ったのは他でもない優雅だ。
「何言ってんだよ?お前が登校拒否とか似合わなすぎだろ!?」
「ちょっと返してよ!優雅のバカ!!」
そう言いながらも真希は優雅の方を向かずに、両手で顔を隠して下を向いて、最終的には自分の枕に自分の顔を埋めた。こんな顔を優雅に見られたら、絶対にからかわれるに決まっている。
でも、あの世界の優雅なら...と、ふと真希が夢の中の優雅を思い出した。
「いい加減にしろよ、真希!」
学校行くぞ!!と、優雅は真希の肩をつかんで無理やり起こした。嫌だ!、離して!と暴れながら抵抗した真希だが、1つ年上で男子である優雅の力には敵わない。
優雅に無理やり体を起こされると、真希は顔を見られたくないと必死に両手で顔をおおって隠した。今度は両腕を優雅につかまれて必死に見られたくないと隠した泣き腫らした顔を見られそうになる。
「いやっ、優雅なんか大っキライ!!」
「つーか、その顔何だよ?ウケるんだけど」
優雅の笑い声が聞こえる。真希はせっかく隠した顔を見られてしまったのだと理解した。そして、やっぱりこの、目の前にいる自分がよく知る優雅は“私をからかった”。あの世界の優雅は、自分の泣き腫らした顔を見たら、どんな反応をするのだろうか。
「ッ...別に何でもない!」
真希はそう言って優雅から顔を反らした。今日は自分は学校を休むのだから、優雅は自分なんかほっといて早く学校に行けばいいと思う。
そんな真希の態度にため息をついた優雅は、真希の隣に座ると“バーカ”と言いながら真希の頭を撫でた。いつもは“こんなこと”しないのに...ずるいと思う。
「いったいどうしたんだよ、怖い夢でも見たのか?それなら俺の部屋にでも来ればよかっただろ?」
鍵は開いてんだから、と頭を優しく撫でる優雅の手はとてもあたたかくて、すごく優しい。珍しく、こんな“お兄ちゃん”みたいな優雅に、私は“バカ優雅”と言いながら抱き付いた。
*優雅も登場させたいなと思い、後半部分を付け足しました。