第四話 優雅先輩と、シンヤさん?
あの意味の分からない現象から数日が過ぎた。
あれ以来、優雅先輩とは口を聞いていないし、顔も合わせていない。いつも私の家に来ていたのに、いつもみたいに来ない。
やっぱり、私のあの態度がいけなかったのだろうか…でも、いったいどうしたらよかったんだろう。
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学校の帰り道、真希はなんとなく歩く気になれなくて霊力を使って空の上を適当に移動していた。はじまりの世界の忘れられた記憶によれば、この術式の名前は“飛行術”と言うらしい。
「心の奥底から才能を欲しがった反動って、なめちゃいけないよね…」
忘れられた記憶の中の“私”はあの両親の才能を全く継がず、弱くて泣き虫で、何の力も持っては生まれなかった。能力ってあの両親からならそれなりに遺伝するものだと思っていた…あの時のユウガが、霊力と魔力だったように。あの時代じゃありえない存在だったように…。
だから、こちらの世界に生まれ変わる時に強い能力を願った…その結果が、この世界でおそらく一番強い霊力を持つのが私だと思う。というのも、真希が忘れた記憶を分析した結果だ。お母さんとルナおばさんもあっちの世界では文字通り“最強”だったと思う。
「新しく世界を創るほどの強い霊力だしね…」
そう、現実世界は、忘れられた世界で生きていたお母さん達の霊力で創られた世界で、学校で習うように球体の星の形をしていないし、私達の住む街だけしか存在しない小さな空間でしかないのを…私は信じられなくて飛行術を使えるようになってから調べた。
それに身体能力の強化や召喚した弓の使い方、あっちの世界のパパを真似して氷を操る放出術をちゃんと使えるように訓練してあのマントの男と戦えるようにしている。
でも、あのマントの男は今の私よりもすごく強いのは変わらない事実。何のためにあの黒い死神達を召喚して戦うのだろうか…何だか最近は、自分があのマントの男に訓練されているんじゃないかと思う時さえある。
「あれ?優雅先輩といるの…」
ふと、街中で優雅先輩の姿を見付けるとそこにはお姉さんの記憶で見慣れた“黒崎シンヤ”の姿があった。でも、その頃よりも、優雅先輩より年上だろうか?何だかそんな気がする。
会話を聞くため空中にとどまり、認識を阻害する術式を自分にかけて身体強化術を目と耳に使う。シンヤが優雅先輩の肩に手をまわして仲良しそうに話している内容を聞き取るためだ。
「さて、何を話してるのかな?」
術式の練習と自分にもできるのかどうか実験を兼ねて、少しワクワクしながら真希は“いざ勝負!”なんていう気持ちで優雅先輩とシンヤに再び意識を向けた。
あれ?、と思った時には、そこにいたのは優雅先輩だけ…何故か今までいたはずのシンヤの姿が無かった。これはどういうことだと首を傾げた真希。自分は優雅先輩を守る日常に疲れていて、幻覚でも見ていただろうか。
「盗み聞きはダメだよ、真希ちゃん」
「っ!?(え…いつの間に後ろに!?)」
まるで、あのマントの男と同じ…まったく気配が分からなかった。シンヤに後ろを取られてる、しかもここは空中。浮いているのに…シンヤはどうやってここに来て浮いているの!?
「驚かせちゃったかな?ごめんね」
「ぅうぇ!?な、ななな何で!?」
驚きすぎてちゃんと言葉にできない。そう思いながらもシンヤから瞬時に距離をとって向き合う。はじまりの世界の情報には無い。シンヤが魔力を使うなんて…そもそもこの平行世界に、お母さん達に創られた世界に“魔力”は存在しないはずなのに。
「ごめん真希ちゃん、詳しい話はまた今度にしてもいいかな?時間を止める魔法はすごく辛いんだ。3分ももたない」
「は…?う、うそだーーーーーー!?」
目の前にいるシンヤの言うとおり、時間が止まっている。足元にいる人達は誰も動いていない。こんな魔法見たこと無い。
目の前にいるシンヤは完全に信用できるわけじゃない。でも、攻撃してくる様子は無いみたいで…彼が言うように時間を止めるのはとても難しくて体にも悪いらしい。
シンヤの顔は今までに見たことがないくらいに苦しそうで、額には大粒の汗が浮かんでいる。
「あなたを、信じていいのか分からない。シンヤ、なんだよね?」
こんな状況でシンヤは魔法を解くことはできないはずだ。それにシンヤと戦っても、どうしてか勝てる気が全然しない。そんな状況でも…いや、そんな状況だからこそ目の前の彼を、自分の知るシンヤだという確証が欲しかった。
目の前にいる彼を信じてもいいのだろうか。この平行世界では、黒崎シンヤに初めて会うのだから、それにどうしてシンヤは優雅先輩よりも歳上なんだろうかなんて考えだしたらキリがない。
「他の誰に見えるのかな?真希ちゃん」
シンヤ以外には見えないけど…と思いながらも、その喋り方ははじまりの世界のシンヤで間違いないと思うけど…どうしていいか本当に分からない。目の前でそんな苦しそうな顔をするシンヤが悪いと思う。そんな余裕のないシンヤは真希の記憶には無い。
「後でちゃんと説明するから、今は許してくれないかな?本当に、この魔法はキツイんだよね」
そんなシンヤを見ていられなくて真希は分かったと言ってその場から離れた。
「ああ、ありがとう真希ちゃん」
真希の背中を見送ると、シンヤはさっきまでいた優雅の隣に戻り、腕で額の汗を拭ってから小範囲時間停止を解除した。真希ちゃんが退いてくれて本当に良かったとシンヤは思う。
この時間を止めるような魔法は本当に体にも精神的にも辛い。上級以上の魔法なのだから。
「本当にすごい魔法…私も時間を操るような術式使えるようになるかな?」
少し遠くで、ビルの屋上に身を潜めて真希はシンヤの使う魔法を食い入るように見て呟いていた。