アクアツアー
水族館の建物の外に出た。
久々に外の空気を吸った気がした。
蒸し暑い夏の夜の空気は、館内でかいた冷や汗を冷ますことなく、さらなる汗で背中を濡らす。
あの男に言われた言葉と、さっきに日誌の最後の言葉が重なり、頭から離れない。
気分転換に、
それと、あまり放置しとくのもかわいそうだし、報告も兼ねて、そろそろ先輩に連絡してあげるか。
バッグからスマホを取り出す手は、煤と埃と汗で薄汚れていた。
先輩に電話する。
すると、近くで電話の着信音が聞こえた。
先輩、なんだ近くにいるんじゃん。
さっきまでの緊迫した空気から解放されて、緩んだ顔で電話の鳴る方へと向かう。
徐々にアクアツアーのアトラクション部分に近付いていく。
水上コースを地上から見上げながら、小さな遊園地の割に案外立派なものだなと感心する。
音を辿りながら、アクアツアーのアトラクション部分に入っていく。
「先輩、こんなとこで何やってるんっすか?」
笑いながら着信音の方向へ話しかける。
だが、そこには誰もいなかった。
先輩のスマホは、アクアツアーのアトラクションのスタート地点に置かれたゴンドラの中でけたたましく鳴っていた。
さっきまで水がなかったはずのコースには水が並々まで注がれている。
スマホの横に小さな紙切れが落ちていた。
かえれ
血色で書かれた文字は、アクアツアーの看板の掲げられた柱の文字とよく似ていた。
嫌な胸騒ぎを覚える。
「せんぱーい、どこですか?」
精一杯大声を上げるも、物音一つしない。
これは、まずい。
「先輩、どこですか?
返事して下さい」
水上コースの方を向き直して、ハッとした。
私はそこに浮かんでいるものから目が離せなくなった。
「先輩!
いや、先輩
お願い!
いやーーーーー」
俯せの先輩は背中だけを水上に出して、コースに浮かんでいた。
水の中へと入り、私は必死で先輩を引き上げようとした。
だが、水の中故か中々引き上げられない。
いくら揺り動かしても、反応はなく、もう生きているとは……
け、警察、110番、電話しなきゃ。
だが、さっきまで使えていたスマホは、圏外になっていた。
先輩のスマホもまた同じであった。
確か、アクアツアーの近くに公衆電話があったはず。
公衆電話を探すため、服を濡らしたまま、辺りを走り回る。
今回の依頼を受けた時のことを思い出す。
先輩は、「殺される前に彼を助けてあげなきゃ」って言っていた。
先輩…………。
涙を必死で堪えて、公衆電話を探すが、見つからない。
もう一度自分で引き上げてみようと先輩のところに向かった。
だが、さっきまであった水も先輩もなくなっていた。
そこはアクアツアーに探索に来た頃の埃と錆びと僅かな水の臭いだけを残した静かな水上コースとなっていた。
水は、先輩の体はどこに消えたのか?
先輩は生きて、自力で出て、どこかに行ったのか?
誰かが水を抜き、体を移動させたのか?
その問いはぐるぐると廻り、さっきあの男が言った言葉と共鳴していた。
「殺すしかない」