小姓くんの悩み事
春エロス2008企画参加作。
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※濃くはないですが、らぶえっちなうえBLなので、苦手なかたは注意注意!
安土・桃山時代に一人の少年がいた。父は織田信長の家臣である森可成であり、その子供。織田家家中での諸取次、者奏、諸事奉行、加判奉行等を努めた少年である。
彼の名は森成利。広く知られている名では、森蘭丸。
そして、蘭丸の父の主人である、織田信長。
うつけや第六天魔王等と呼ばれ、残虐非道と形容されるのが一般的な彼だったが、下の者に対しては優しく、人道溢れる人間だった。だからこそ、農民たちにも好かれていたのである。
また、信長は蘭丸にとっても大好きなご主人さまだった。
◇
蝋燭に照らされた淡い光の中、二人の男同士がまぐわっていた。
一人はよく締まったスレンダーな身体つきの、眼光の鋭い青年。もう一人はまるで女性かと見間違ってしまうほどの中性的な顔立ちの可愛らしい少年で、体躯は華奢な上にやや幼い。
「んっ……信長さまぁっ」
少年は小さく喘ぐ。
お互いの肌と肌が吸いつきあい、しっとりと濡れた蜜を生み出していた。淫蕩な熱を交換し合い、お互いを官能を与えていく。二人が交り合う様は美しく優雅で、まるで舞のようだった。
信長と呼ばれた青年が少年の唇へと自身の唇を寄せ、背後から軽く吸い上げる。少年は喉を子犬のようにくんと鳴らし、それに応えた。二人の間に、一本の銀色の橋ができる。すると、それを見た少年はたちまち陶酔したような表情を見せ、白魚のような美麗な肌が震わした途端に、彼は信長よりも先に達してしまっていた。
「すいません。信長さま……私」
「いい」
信長はそう答えると、もう一度少年の唇に自身の唇を当てた。
「信長さま。まだ……」
しかし、そのまま続け中で果てるかと思いきや信長は、少年が果てたのを見ると着衣へ手を伸ばし、身嗜みを整える。
「お蘭、もういいぞ。下がれ」
「はい……」
そして、目を合わせても読めない表情で、信長はお蘭と呼んだ少年に対して近くにあった彼の衣服を渡し着終えるのを静かに見つめると、部屋の外に追いやったのだった。
(またか……)
蘭丸は、小さくため息を心中で垂らすと、主人の部屋の障子を音を立てずにゆっくりと閉じた。
次の日。
昨夜信長に愛されていた中性的な少年――蘭丸は、池の鯉に餌をやっていた。ぱちゃぱちゃと水面に波を立たせ、鯉たちは蘭丸が手に持つ鯉用の餌を待ち望んでいる。
(最近、信長さま、冷たい)
蘭丸は長い睫毛を伏せてそんなことを思っていた。
理由ならばある。それは、前はあんなにかまってもらったり、暇があれば愛してもらっていたのに、最近は素っ気ない態度なのだ。今は、以前時たまあった荒っぽい行為さえもない。そして、何より――。
仕草、態度、言動。
痛いほどに信長へと注意を向けてしまう蘭丸にとって、すぐに変だと気付いてしまったのだった。
「そなた達は……今日も元気だね」
ぱらりと、餌をやると、口をあけて鯉たちは群がった。
「あ」
けれど、蘭丸が餌をやり終え、餌入れを隣に置くと、鯉が興味なさそうに蘭丸の近くから離れていった。蘭丸はそれを見て少し寂しい気持ちになって、顔を上に向け天を仰ぐ。
(……もしかして、私に、飽きてしまったんだろうか)
ぎゅうっと胸が痛む。これが女中の方々がよく話している、切ないっていう気持ちなんだろうかと考える。
病でもないのに、締め付けられるような胸の痛みだ。
「信長さま、私……」
私は本当に貴方に愛してもらえているのですか?
そう小さくつぶやこうとしたその時、背後から声が聞こえた。
「何を悩んでいるのだ」
「っ!?」
突然のしわがれた声に、驚きながら振り返る。
すると、そこには主人からよく猿と呼ばれてる青年がいた。
「……なんだ、秀吉殿か」
「なんだとはなんだ」
蘭丸は彼を見るなりわざと溜息をついて見せた。それに対して秀吉が怒ったような顔をする。蘭丸は「ごめんなさい、冗談ですよ」とくすりと小さく笑った。華のような笑みに、決して男色家ではないと言われる秀吉でさえも胸を動かせてしまう。もちろん、自身の忠誠を誓った青年の小姓に手を出すわけにもいかず、顔にも出さないのだが。
「それが、ですね……」
話してもいいんだろうかこんな淫らなことを、と思案する。
自分のお仕えしている主人のことだ。普通、親類にも他言していい話ではないのではなかろうか。
(だけど)
蘭丸の頭に不信が一瞬よぎるが、目の前の彼ならいいか、と思う。彼は信長の最も信頼する家臣だ。それに、彼は自分よりもずっと前から信長に仕えているため、残念なことだけど信長のことをよく知っているだろう。彼はきっと、信長が生存している限りは裏切らない。
話す決心をした蘭丸は「それが……」と言い淀みながら苦笑いを作った。
「――イってくれないんです。信長さま」
蘭丸は続いて「……夜伽のとき」と小さな声で付け足す。
案の定、目を丸くして蘭丸を見つめる秀吉。
予想通りといえば、予想通りの反応である。彼は思案するように首を捻ると、しわがれた声で蘭丸へと問いかけた。
「イってくれないとは、性交のとき、最後まで達してくれないということか?」
「はい」
「お主が達した後か?」
「……はい」
いちいち問い返さないでください、と蘭丸は顔を赤くしつつ思う。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって!」
憤慨する蘭丸。
秀吉にとってはどうでもいいことでも、蘭丸にとっては大事なことなのだった。だが、そんな蘭丸をいさめるように「分かっておるよ」と持前の楽天的とも言える笑みをつくると。
「お主は大事にされとるよ。十分」
はっはっはっと秀吉は大声で笑うと、蘭丸の肩を軽く叩き、歩き去ってしまった。
そこには、小首を傾けた蘭丸だけが残る。
蘭丸は、信長の寝間で彼を待っていた。もうすぐ信長との、夜伽の時間だ。
「本当、どうしよう」
結局、悩みに悩んだ挙句、今朝方秀吉の言った言葉は蘭丸にはよく分からなかった。
大事にされているというならば、どうして素っ気ないんだろう。最後まで、その、イってくれないんだろう。
そんな思いが蘭丸の胸中を渦のように回り続ける。
(やはり、何か理由があるんだろうか……)
本当は直接問い詰めたいのだけれど、立場上こちらから話しかけるのは失礼だからそれも出来ない。自身の立場がこのときばかりは歯がゆかった。
(飽きられるなんて、そんなの……)
主君に飽きられ、捨てられる自分。
想像するだけで、蘭丸の表情は一瞬にして青ざめてしまう。
信長を信じていないわけはないけれど、前例がないわけではない。小姓は所詮小姓。普通は、身の回りの世話さえしてればいいのだから。
(でも、私の気持ちは)
一体どうなるのか、と思う。
蘭丸は、信長のことを誰よりも深く愛しているという自信はあったのだ。他の家臣よりも、秀吉よりも、正室の方よりも。
「ぅっ……」
知らぬ間に、嗚咽を零していることに蘭丸は気づく。ぽとりぽとりと瞳から垂れる雫が夜伽用の布団を濡らしている。それがまた、後でお叱りがあるかもしれないと思うと涙が零れた。
武家の男は簡単に涙を流してはいけない。
その時、からりと音が立って勢いよく障子が開いた。
障子を開けた主は、驚いたように声を出す。
「お蘭。どうした……!」
そこに立つのは主人であり恋人の姿だった。今一番会いたかった人で、会いたくなかった人。
信長はすかさず早足で蘭丸の元へと近づくと、両手で彼の肩を押さえた。
「何かあったのか?」
肩から伝わる温かさと、問いかけてくれる普段ぶっきらぼうな信長の優しさが身に染みて、また蘭丸は涙を流した。
蘭丸は無言で首を振る。
「じゃあどうして」
失態だ。まさか彼に情けなく泣いているところを見られるなんて。武家の男に涙なんて似合わない。けど、元はと言えば信長さまが悪いんじゃないか。
そう思えば思うほど、蘭丸は問いかけたい思いが強くなっていった。
(聞いて、しまえば……っ)
そして、ぽろりと今までに思っていたことが口から出ていってしまう。
「信長さま……どうしていつもいつも、最後までしてくれないんですか? 私、何かしましたか? 教えてください。分からないんです」
「何の事だ?」
信長は訝しげに問いかけてくる。
「夜伽のことです!」
怒ったように半ばちゅうせい自棄になって叫ぶ蘭丸に対して、一瞬信長は驚いたような表情を作った。
ほろりほろりと蘭丸の瞳から透き通った雫が何粒もぶり返すように信長の手の甲に落ちてくる。
「泣くな」
「やめっ」
信長は若干かさついた唇を蘭丸のものに重ねた。蘭丸の舌を絡めとり、そして唾液を交換させる。二人の唇が湿りを帯びてくるのにそう時間はかからなかった。
「んん……っ」
蘭丸は突然の官能に脳が真っ白になる。今まで泣いていたことも忘れるくらい強引な口づけだった。
荒々しく、また優しげであり、飢えを耐えるような口づけ。
唇を離すと、もう蘭丸は出来上がったように顔を上気させていた。
「俺には三つの宝物がある」
信長は蘭丸から顔を離すと、彼から視線を逸らし考えるように頭をあげる。
「一つは――」
蘭丸は信長の言葉に耳を傾ける。
一つ目は、誰もが知る有名な品。
二つ目は、蘭丸のよく分からない名前の品。
信長は、自慢げに蘭丸に語る。これはどこがいいとか、どこで手に入っただとか。二つとも実に希少な物らしい。
(な、んで)
まさか、この場で自慢話をされるとは思ってもいなかった蘭丸は、光がなくなったように目元の涙を自分でふき取った。
(もう、信じられない。私は――)
もう、愛されてはいないんだろう。
それならば、と蘭丸は顔に見えない面をつける。
――これからは、忠実な家来として暮らそう。今まで愛されていた事実だけでいい。もう、いいんだ。
「信長さま、あまり」
自慢話をするのはよくないです。
そう、小姓になって初めのころのように蘭丸が信長を嗜めようとした、その時だった。
「最後の一つ。――俺を見ろ、お蘭」
真摯な眼光の鋭い瞳で蘭丸を見つめる信長。蘭丸は突然自分の名前を呼ばれ、目を丸くする。直後、一瞬にしてつけた面がとれてしまっていた。
「最後の一つの宝は、お前だ」
「え?」
もう一度、蘭丸が問い返す。よく聞き取れなかった。
「蘭丸。俺の宝は、お前なんだよ。お前のことを、愛している」
「信長、……さま?」
呆然と、蘭丸は信長を見上げた。
次は、しっかりと聞き取れたようだ。信長の言葉が蘭丸の脳を反芻する。
「まだ分からないのか? お前でイかないのは、大事すぎて、傷つけたくないんだ」
そんな顔で、そんなことを言われたら、おかしくなる。
ぶあっと顔中に血液が集まってくるのが蘭丸自身でさえ分かった。諦めていただけに、格差が激しく喜びが来たのだった。
そのあとすぐに、信長は蘭丸の赤くなった表情を見ると、自身もまた珍しく赤面する。
「……と、馬鹿なこと言ったな。忘れろ」
そんな様子を、蘭丸は可愛らしく思った。
「信長さまっ!」
「っ。なんだ」
蘭丸はあまりの幸福に信長の胸へと飛び込む。受け止めた信長は顔を逸らす。
「だって……嬉しくて」
嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。
これほど蘭丸にとって嬉しいことはなかった。
「私、絶対忘れませんから」
「忘れろって言ったろ?」
ぶっきらぼうに信長は蘭丸に言う。
「嫌です」
そして彼にしてはきっぱりと、蘭丸は信長に向かって否定の言葉をだした。彼にとって初めての、主君への否定の言葉だった。
信長は憤慨したように蘭丸に向かって叫ぶ。
「忘れろ!」
「忘れません!」
蘭丸も叫び返す。
信長は小さくため息をついた。「……全く」と、信長は愛おしそうにそんな不届き者な小姓を柔らかく抱きしめる。
「お前。忘れないなら……後悔しても知らないからな」
「……はいっ」
蘭丸は、奉公して一番の笑みを作ったのだった。
もちろん、この後蘭丸は信長に最後まで美味しく頂かれることになる。二人の間に本当の愛が確立された瞬間だった。
お慕いしております。――信長さま。
絶対絶対ぜーたい、忘れませんからね?
蘭丸がその言葉を嬉しそうに信長に告げたのは、行為の後のこと。
読了ありがとうございましたv
この作品をみて、企画に興味をもたれたら嬉しいです。でわでわーっ。