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三題噺 第29話 拡張現実

作者: 桜月雨天

三題噺 第29話

 お題 社長、踏切、スマホ


   ◇


拡張現実


 踏切は、門である。

 鉄道という境界によって、こちらとあちらとに隔たれた土地を繋ぐ、一つの門の形。

 境界線上を走る列車が、門を横切って駆け抜けた後、その向こうに見える世界が、直前と異なったものになってしまう……そんな幻想を抱いたことが誰しもあるだろう。踏切の向こうに立っていたはずの人物がいなくなる、あるいは、いなかったはずの何者かが、忽然と姿を現す。そうした、ありきたりの幻想を、スマホのアプリとして開発した者があった。

 アプリをインストールしたスマホで、踏切をカメラに捉えて見る。境界である鉄道に開かれた踏切という門の向こうに、現実にはそこに存在しない何かが映り込んでいた。小さな、或いは大きな動物であったり、怪しげな風体の人影や現実には存在しない怪物、はたまた、踏切の向こう側全体が異世界のように映ることもあった。

 基礎となる技術は、拡張現実と呼ばれるありふれたものであり、カメラで捉えた映像に重ねる形で、デジタルデータが投影されているに過ぎない。全国各地、個々の踏切ごとに異なる『向こう側』を用意することで、収集癖のある人々を中心に、少しずつアプリは広まっていった。それに合わせて、『向こう側』のデータも充実していき、地点と時刻が限定されたレアキャラを追い求めて全国を行脚するディープなユーザまで出る始末だった。

 アプリ開発元の社長は、そういったアプリを開発するだけあって、鉄道の中でも踏切に特化したマニアであった。大地を横断する鉄道という長大な境界線を踏み越える踏切を、異世界への門に見立て、渡る都度、空気が変化するのを噛み締めていた。その感覚を多くの人に感じて貰いたい。その思いは、アプリを通じて、スマホの画面の向こうに蠢く何者かを追い求める人々に、着実に伝わっているように思えた。

 だが、社長の夢は、そこで留まることはなかった。

「新しい機能を実装しようと思うんだ」

 ユーザ数の伸びが頭打ちになってきた頃、社長は、開発当初からの付き合いであるプログラマに、次の大型アップデートの相談を持ちかけた。それは、異世界を覗くという方向性はそのままに、さらにリアリティを追求するため、ちょっとした魔術の類を導入するというものだった。

「魔術って何ですか、魔術って……。別に、要するに魔法陣か何かのデータを映し込むってだけでしょう?」

「いやいや、そりゃそうだけど、どうせなら本物の魔術師に作って貰った本物の魔法陣のほうがそれっぽいだろ」

 オカルトめいた言葉に怪訝な顔を隠さないプログラマだったが、とにかく本物を、とリアル追求に拘る社長に押し切られる形で、社長が持ってきた妙ちくりんなデータファイルを呼び出すコードを作成し、バージョンアップの準備を進めていった。

 ユーザ向けのアップデートを前に、社長のスマホにテスト用のバージョンアップ版アプリをダウンロードする。比較用の旧バージョンを入れたスマホをプログラマが持ち、二人は近場の踏切へと出かけていった。

「ここは、確か恐竜みたいな奴が出るんでしたっけね?」

 プログラマが自分のスマホのアプリを起動させて、踏切にかざす。『向こう側』は、鬱蒼とした森が広がっていた。隣に立つ社長のスマホを見ても、『向こう側』は同じ映像が投影されていたが、踏切の位置に、半円の弧を描く魔法陣が、それこそ門のようにデンと表示されていた。

「これはー……、ちょっと嘘っぽすぎじゃないですかね。社長の求めるリアリティとはちょっと違うんじゃ」

 流石に苦い顔で否定的な意見を口にしたプログラマだったが、

「いや、これでいい……、これで、いいぞ」

 画面を凝視しながらそう呟いた社長の顔、その口元に貼り付いた狂気じみた笑みを見て、一歩足を引いた。

「しゃ、社長サン……?」

 呼び掛けに答えず、ふらりと踏切に向かう社長を止めることもできず、半ば呆然と見送るプログラマだったが、社長の足が踏切にかかったところで、今度は愕然として目を疑った。

 社長のスマホに映っていた半円の弧を描く魔法陣が、現実の踏切の上に現れていた。現実世界の踏切の向こう側はただのビル街のはずだったが、魔法陣の内側を通して見る部分だけが、鬱蒼とした森に変わっている。漏れ出てくる空気さえ、ねっとりと草木の匂いを帯びていた。言葉の出ないプログラマに向かって、社長が狂喜の声を投げる。

「キミのおかげだ。そう、これを求めていた……、これこそ、本物の異世界への──」

 社長の言葉が、『向こう側』から轟いた咆哮に掻き消された。ハッとしたプログラマが、自分のスマホで『向こう側』を確認する。画面の端から、巨大な肉食恐竜の姿が現れて、その頭が画面中央に差し掛かったとき、現実の踏切に掛かる魔法陣の『向こう側』にも覗くのが見えた。

「冗談じゃない! 現実の方が拡張されちまう!」

 プログラマは、震える足を強引に動かして、踏切に立つ社長のスマホに手を伸ばす。『向こう側』に現れた異世界に歓喜の表情を向ける社長の手から強引にスマホを奪い取る際、何か途方もなく熱い息遣いを感じたプログラマだったが、恐る恐る開けた目に映ったのは、何事もなく、いつも通りの姿でそこにある踏切とビル街の景色。

 それと、首から上を失った社長の──。


Fin.

スマホって何だろうという点と、社長って何だろうという点とで、お題のうち二つが上手いこと消化できずに悩んだ第29話でした。

拡張現実も、そのうち普及していくと何やかやと便利に使えそうですけど、その場合、端末も今のスマホみたいな形状だと片手が塞がって不便ですよね。小さくなるばかりだと思っていた携帯電話が、いまや逆に大きくなっていたりして携帯端末の今後、例えば10年後はどうなっているのか、想像つかないですねぇ……

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