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未完成の神の力  作者: 根谷司
神童編
7/22

復讐Ⅰ

 進藤は六年前にこの街に来た。経緯はよく覚えていない。


 ただ、気付いたらこの街に居て、いつの間にかスターの店内に居た。


 自分におかしな力が宿っている事には既に気付いていて、それが良くないものだという事も、幼いながら自覚していた。それが、彼、進藤隼人の始まりとも思える。


 スターの店主に、それは呪いだと教えられた。店主は傷の舐め合いという呪いを受けているという。それは、似た者同士を引き付けるものだ。


 似た者同士を引き付ける、というのは、能力や環境が高い者、恵まれた者にとってはプラスだ。しかし、マイナスが寄り添ってもマイナスが酷くなる事しか無い。故に、呪い。


 進藤もまた、その力に引き寄せられてここに来たのだろうと説明された。だから、何も無かった彼は、それを受け入れた。そしてそこで仕事をして、学校に行く事になった。


 呪いを受けた者に、普通の人生は送れない。それは、少し考えれば解るだろう。進藤もそれを把握していたし、それを拒むつもりも無かった。だって、彼は幸福を知らなかったから。だから、中学で友人を作るつもりは無かった。


 しかしある夜、彼が住まいにしたアパートの近くにある公園から音が聞こえてきた。それは歌だった。


『言葉に想いを。想いに救いを。報われないままじゃ遠ざかって。

 叶わぬ願いに。届かぬ祈りに。間違いでもいいと思えるような意味を』


 それは、丁寧なアコースティック一本で歌われるにはそぐわないと思うような、抽象的な言葉の羅列だった。正直、何を伝えたいのか解らない。


 しかしその歌声と、撫でるように優しくも激情を込めたギターの音に誘われるようにして、彼は家から出て、公園に向かった。


 そこで、成る程、と思った。


 歌詞が稚拙に思えたのは、それを歌っている少女がまだ幼かったからだ、と。


 自分と同い年くらいの少女。つまり中学生だ。


 彼はその歌詞の意味が気になって、その少女に近付いた。


 最初は警戒されていたが、徐々に緊張が解れてきたのか、少女はその歌詞の意味を語ってくれた。


 ――それが、彼女、布施鶴技との出会いだった。


 それからよく、二人は話すようになった。進藤が高校へ通い始めたのと同時に布施も高校へ進学した、という事も背中を押して、学校でも、その公園でも、二人は一緒に居た。


 しかし、自分が呪受者である以上は、闇である以上は近付きすぎてはいけない事を彼は理解していた。だから、一定の距離は保つようにしていた。とはいえ、所詮は思春期男子の警戒心だ。自覚している以上に、進藤は布施に依存し始めていた。


 春が終わり夏が過ぎ、秋になった。


 バンドを組みたい、と、彼女が言い出した。


 しかし、仕事の事もあり、たいした仕事は請けられない無力な彼の生活に娯楽へ興じる余裕は無く、断った。それに、音楽にはそこまでの愛着も無かったから。


 だがある日、もう一人の少女と出会った。


 その少女は、恥を偲んで路上ライブをやっていた布施に声をかけた。


『感動した。よかったら私に、ギターを教えて下さい』


 風音静葉。布施の弟子になり、それからすぐに布施の親友とまで上り詰めた少女の名前だ。


 風音と布施は、それから毎日のようにギターの練習をしていた。となれば当然、ギターをやっていない進藤とは疎遠になる。進藤は再び孤独になった。


 しかし、その孤独は以前とは違った。彼は幸福を知ってしまった。


 それ故に生じた悲しさ、虚しさを誤魔化すため、彼は仕事に明け暮れた。


 そんな日々が続き、二年生になり、事件は起きた。


 布施と風音はよくあの公園で一緒にギターをやっていたのだが、そのギターの音を家から聴いていた進藤は、歌声が悲鳴に変わる瞬間も聞いてしまった。


 駆けつけると、呆然とへたれ込む布施が居た。


 風音が知らない連中に連れていかれた、と彼女は言った。


 すぐに警察に届けを出した。


 しかし進藤は知っていた。この街の警察がどれほど無力かを。


 にも拘らず、進藤はそのこと及びスターの事を黙っていた。


 そこまでする義理は風音には無いし、それに、それをきっかけに布施が呪いと関ってしまうのが怖かった。進藤にとって、布施さえ無事ならそれで良かった。


 捜査は三日続いた。誘拐というにはおかしな点があった。


 まず、金品を請求するような電話が来なかったという事。次に、目撃者が一人も居なかった事だ。


 一緒に居た布施さえも、混乱していたせいかよく覚えていなかったという。さらに、住宅地でありながらその場面及びその時間帯にそれらしき車を見た者さえも居なかった。


 まさか、と思った。


 これは、呪受者による犯行ではないか、と。


 しかしそれでも、進藤は動かなかった。布施が無事なら、風音がどうなっても構わなかった。そう思い込む事が出来ていた。


 風音が誘拐されてから一週間が過ぎた頃から、進藤にも解る程の変化が訪れた。すなわち、布施の衰弱。


 食事も採らず、睡眠もせず、布施は風音の心配をし続けた。このままでは布施も危ない。そう判断した進藤は、決心した。


 そして布施に聞いた。


 地獄を見る覚悟はあるか、と。


 彼女は迷わなかった。


 風音を助けられるなら、地獄に行って閻魔に嬲られても構わない、と。


 だから、進藤はスターの事を教えた。そこで依頼を出した。誘拐された風音静葉を助けてくれ、と。


 その依頼を受けたのが、ヒーローと死神だった。


 なんの力を使ってか、ヒーローは翌日には風音の居場所を掴んだ。


 そして救出へ向かうという所で、布施が同行を望んだ。勿論そんな事が許されるわけがない。同行すれば命の保証は出来ないからだ。


 それでも構わない、と執拗(しつよう)に粘る彼女に、ヒーローはなんとか説得を試みた。だが、死神の『地獄が見たいって言うんなら、見せてあげてもいいじゃないか。地獄からの帰りの切符は無いけれど』という言葉によって、布施の覚悟を知る。あまりにも彼女が迷わなかったから。


 そんな悶着(もんちゃく)の末、進藤、布施、ヒーロー、死神の四人が向かったのは、小さくて廃れた教会だった。


 そして手遅れだった。


 風音は生きていたが、それだけだった。


 犯人は数人のグループで、彼女に乱暴をしていたわけでは無かった。


 乱暴よりももっと酷い事だった。風音に呪いをかけようとしていたのだ。


 彼らは、人為的に呪いを生み出そうとしていたのだ。呪いは不発だったものの、風音の心はその闇に触れ、壊れていた。声をかけても返事をしない。ただ闇雲に、静かに、声も出さずに、発狂していた。


 犯人の制圧に時間はかからなかった。


 機関銃まで持ち出したそいつらを、ヒーローと死神は当然のように制圧した。


 それでも勿論、風音の心は、戻らなかった。


 彼女がなんの呪いにかけられそうになったのかまでは解らなかった。しかし、その呪いが心に纏わるものだという事が解った。でなければここまで心が壊れたりはしなからだ。


 彼女の心に生じた闇を取り除くには、方法はひとつしか無かった。


 ――進藤は、彼女の記憶を上書きした。


 誘拐された一週間の記憶だけでは無い。闇に携わっている自分が彼女と関っていては、いつ彼女の闇が再発するか解らない。それを恐れて、進藤に纏わる記憶も上書きした。


 それだけのつもりだった。


 しかし、それだけじゃ駄目だという者が居た。


 布施だ。


 布施は、風音をこんな目に遭わせたやつらを許さないと言った。


 犯人は制圧したとはいえ、他にも仲間が居るだろうという事はその教会を見てすぐに解った。


 だから、そいつらに復讐をする、と、布施は言ったのだ。


 彼女の心は巨大な闇を抱えていた。だからかもしれない。儀式が途中で打ち切られた場所に居たから、というのも理由のひとつだろう。


 こうして布施は、自らを呪った。


 風音を守れなかった自分を、一緒に居ながら自分だけが無事だったという状況を、無力さを。


 復讐者は、こうして誕生した。


 布施が呪受者になってしまった以上、布施もまた、風音と関るべきではにというのはもはや自明の理。


 進藤は、風音から、その一週間の記憶と、自分達に纏わる記憶を、別のもので上書きした。


 布施は、スターで仕事をしていればいつか、犯人の残党に会えると判断したらしい。進藤と共に、スターで働くようになった。

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