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未完成の神の力  作者: 根谷司
神童編
3/22

呪受者Ⅲ

 ビル群によって真っ直ぐにはなれなくとも、蛇行(だこう)を繰り返す事で道路は交通機関として成り立つ。その様は上から見れば多少の面白みがあるものの、同じ高さから見ると、道をややこしくしているだけのように感じられる。なぜ国、もしくは地域は、ちゃんと土地の買収をしないいままこんなにも無理矢理、道を作ってしまったのか。


 そんな疑問を彼、進藤隼人が考えていたのには浅い訳があった。


 メインストリートすらも蛇行しているのだから、そこから派生する細い道が真っ直ぐになれるわけが無い。苦い実から出た種は苦いものにしかならないのと同じもので、そこで生活する人間にとって、その道の蛇行は厄介この上無かった。


 彼はこの街に来てからもうすぐで六年が経つ。しかし、まだ解からない道も多いのだ。土地感を得るために知らない道を散歩したこともあったが、必ず毎回迷ってしまうものだから、最近はしていない。


 愛車である原付バイクに跨れる時も限られていて、交通の絶えないこの街で違反駐車しようものなら、たった数分で警察に持っていかれるか不良の小遣いになってしまうし、細い道に入れない。だから、普段の移動は徒歩だ。


 今は春だ。


 進藤も高校二年生から三年生に進学し、高校生活のほうにはなんの問題も発生していない。


 少々問題があるとすれば、英語や科学など、記憶力を要する教科の成績だろうか。赤点を取り補習を受けている時、自分の力で自分の記憶力も上書き出来たらいいのに、と考えてしまう。そんなふうに呪いの力に頼ろうと安易に考える自分が嫌になるし、そういったものに頼りたいと考えてしまうほど弱い自分の記憶

力にも嫌気が差す。


 しかし、だからというわけではないが、進藤はそれを実行したことが無い。


 この両手に宿った呪い、触れたものの情報を上書きするという力は、自分には作用しない。実行したことは無いが、それがなんとなく解かってしまう。そう思ってしまう。つまり抵抗があるという事だ。


 それに、呪いは所詮呪いでしか無い。日常生活で活用できる程便利なものではないのだ。もしもその力が自分に使えた所で、その力の内容は、自分がイメージした情報に上書きする、というもので、自分がイメージ出来ないものは生み出せない。


 記憶力を向上する、というのは、情報云々の問題では無い。容量の問題だ。情報を操るしか出来ない進藤では、その容量そのものには干渉出来ない。つまり、記憶力を向上させる事はそもそも出来ないのだ。


 さらに不憫(ふびん)なのは、上書き、という所にある。


 消去(デリート)が出来ないのだ。この力では。


 例えば人の記憶を上書きする際は、前あった記憶を消し、新しい情報を入れるのでは無く、前あった記憶はそのままに新しい情報を入れ、さらにそれを必要以上の鮮明さで刻み、前あった記憶を夢だったと思い込ませる事で成立させている。


 人は、見た夢はすぐに忘れる。それは、生きていく上では不要だからと、脳が勝手に判断し、その情報を消してしまうからだ。


 前あった記憶を夢だと思わせ、それをどうでもいいことだと脳に判断させ、忘れさせる。それが出来なければ、進藤の記憶の上書きは成立しない。


 不便だ。と、進藤は肩を落とした。


 この上なく不憫で、使い勝手が悪い。もはや後半の工程は運任せと言っても過言では無いくらいだ。


 こんな不便な力を活用出来る場など、進藤はひとつしか思いつかなかった。少なくともそこは学校ではない。


 そしてその場所に、今、彼は向かっていた。


 入り組んだ道。


 さらに入り組んだ路地裏に入ると、警察の目に届き難いから不法地帯と化した光景が目に入る。


 汚かった。もし好きな人とのデート中にここに来てしまったら、たった一歩でそのデートは失敗するだろうと断言出来てしまうほどだ。ここはどこの国のスラム街ですか、と、何度来ても溜息が出る。進藤はさらにその奥へと足を進める。


 この街は、必要以上に入り組んでいる。というのは先述した通りだが、まるで、こういう汚い場所を隠そうとするかのように。こういう場所に迷い込んでしまう前に引き返せと告げるように、街が汚れを擁護(ようご)しているのだ。少なくとも進藤にとっては、そう思えて仕方ない。


 その最奥で、汚い路地にぴったりの、これまた汚い雑貨店がある。看板の前後が剥がれ落ち、STAR(スター)なんて洒落た名前になっているが、元の名前は店主以外に知らない。


 進藤は、その雑貨店に足を踏み入れた。


「おっさん。居る?」


 ギシ、と重たい音を立てながら開く引き戸。中は暗いが、電気は付いていた。


 誰も興味を示さないだろ、と言いたくなるような、趣味の悪い品がいくつも並んだ店内。その奥のカウンターに、その人物は居た。


「おうおう、居るぜ。というか、ここにしか居ない」


 それは老人だった。見た目からは八十台には差し掛かるだろうと思えるが、実年齢は聞いた事が無い。


 深いシワ。顔中にシミを作り、正直、パッと見にも凝視しても「汚い」という感想しか浮かばない。


 だが、その言動だけは若若しかった。


 老人の言葉はかすれているのに聞き取り易く、耳にこびりつくように伝わる。


「昨日の依頼が終わったから、その報告に来たんだけど……」


 あまり踏み込みたくないな、と思いつつ、進藤はカウンターに近づく。まるで自分を囲む雑貨の人形達が、自分の事を見ているかのような錯覚に陥るからだ。


「そうかいそうかい。しかし、アベンジャーは来ていないのか? 今回の任務も共同だったろう」


 このやり取りで解かるかもしれないが、この店主は雑貨屋の店長という表の顔と同時に、呪受者の仕事の仲介人(ちゅうかいにん)をやっている。むしろ、そっちが本職と言ってもいいだろう。


「ああ、彼女は今日は用事があるから」


 進藤は答えながら、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。時間は夕方の五時を示している。学校帰りに来た割には、早く来れたものだ。


「用事、ねえ。アベンジャーが仕事よりも優先する用事なんて、音葉おとはに会いに行く、ってくらいしか思いつかねえが」


 店主はいやらしく笑いながら、その目でお見通しだぜ、と語っていた。


「まあ、俺もそう思うけど。本人はあまり人に知られたくないみたいだからね。俺からは口外しないようにしてるんだ」


「そいつぁお優しいこった。しかし、だったら最後まで嘘吐いてやれとも思うがね」


「そうなんだけどね。いちファンとして会いに行くだけなんだから、むしろ隠してるほうが不自然、っていうのが俺の見解(けんかい)だから。あんまり隠しすぎると変でしょ?」


「かっかっか。そりゃそうだ」


 快活に笑う店主は、しかし、と、楽しそうに続けた。


「真面目だねえ、アベンジャーは。音葉のために生きて、音葉のために死ぬ。そんな大層な事を掲げてるくせに、後ろ向きにはならんでいてくれる。俺としては、悪くない状況だ」


「まあ、ね」


 店主とは裏腹に、進藤の態度には(にご)りがあった。


「音葉に会いに行った、てんなら、今日はライブの日なんだろう? お前さんは会いに行かなくていいのか? オーバー」


「間に合うようだったら行くけど、今日は歩いてきたから。多分間に合わない」


 それは嘘だった。


 昨日のヤクザの事務所奇襲についての報告を簡単に済ませ、少し急げば七時から始まるライブには充分に間に合う。


 音葉、というのは、とあるバンドのボーカルの渾名(あだな)だ。


 進藤や布施と同い年で、同じ学校に通う少女で、インディーズバンドをやっている。バンド名は『BACK A BAD BOND』という。いささかビジュアル系っぽさを感じる名前だが、真っ直ぐなロックからロックバラードをメインにオリジナルで作詞作曲しているバンドだ。


 高校生バンドの割にはファンが多く、ソロライブなどもたまにやっている。BBBという略称で呼ばれる事が多い。


 進藤もまた、このバンドのファンだった。もはや信者と言っても過言では無いくらいライブに顔を出しているし、スマートフォンの中にはそのバンドの楽曲も入っている。まだ公式のCDも出していないバンドで音源は素人撮りの雑なものだが、それでも、よく聴いていた。


 本当は自分だって行きたい。ライブに(おもむ)き、そのボーカル、音葉の顔を見たい。彼女は歌っている時、本当に幸せそうな顔をするのだ。その顔を見るだけでも生きている事に喜びを得られるし、その口から発せられる声と言葉を聴くと、汚れきった自分の手でも、光に触れられるような気がするから。


 でも、それは許されない行為だ、と、進藤は歯噛みする。


「お前さんもお前さんで、変なふうに真面目だな」


 店主は相変わらず笑っていたが、その笑顔は明らかに、失笑だった。


「息抜きも大事だぞ。呪受者といえど人間であることに変わりはない、なんて奇麗事を今更言う気は無いが、呪いに呑み込まれないためにもな」


 呪いの呑まれる。その言葉は呪受者にとって、最も忌避(きひ)する言葉だった。


「……解かってる」


 そう強がるのが精一杯で、本当は解かってなどいない。


 呪受者が呪いに呑まれる、というのは、その呪いを受け入れる、ということだ。


 呪受者は必ず、自らのその力を否定している。それは、呑まれないために必要だからだ。


 呪いは、呪いを受けた者の心を(むしば)む。


 布施の復讐者が最も例え易い例なのだが、布施は、怒り、つまり復讐心を引き金にその力を発動する。


 だが、その力の発動権は布施には無い。布施の感情にあるのだ。


 そんな彼女がもし、復讐者たる自分の呪いを受け入れたらどうなるか。


 ――復讐者そのものになる以外に道は無い。


 復讐のために、不要なものを捨て去るひとつの概念となる。


 理性も、知性も失い、復讐に不要と判断すればなにもかもを切り捨てる。そんな化け物に。


 呪受者はその状態を末期と呼ぶ。


 そうなればもう、戻る事は出来ない。


 一度失われてしまえば、元に戻りたいという想いさえも消し去られてしまうからだろうと言われている。だが、実際に末期になって戻ってきた者が居ないため確かめようが無かった。


 だから、その呪いを心から受け入れてはいけない。これは、呪受者の中では暗黙の了解だ。


 しかし、呪いは決して、解けない。


 一度呪われたら一生、それと付き合わなければならない。過去に一度も、一人も、呪いが解けた人間など存在しない。


 故に呪受者は、自らの日常も大事にしなければならない。人間であることを忘れてはいけない。呪いの発動を恐れ引き篭ったりすれば、いつか心は弱り、腐敗し、気付けば呪いを受け入れ、末期になっていた、なんて例もある。


「そんなことより」


 居心地が悪くなった進藤は、早々に話題を変える事で気分転換をしようとした。


「昨日の依頼の報告をするよ」


 あんな惨事が気晴らしになるのだから、自分の心はもう腐っているな、と、思わなくも無かった。

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