全力疾走と狂った邂逅と京美人
汗が目に入って痛い。息もかなりあがってきた。情けない限りだけど、僕と友香の距離は一向に縮まらない。
揺れるパステルピンクを目印に灰色のアスファルトを走りながら、僕は友香に叫び続けた。
向かう先は分かっている。あの、芽衣がいる浪臥梓川に架かる橋だ。
生憎、ここからの近道は無い。しかも――友香の家から橋までは残酷なほど、近い。
「友香ぁ!」
前を行く友香は振り返らない。細い足で地面を蹴りながら、信号を無視して横断歩道を駆け抜ける。
「あっ」
僕の目の前を大型ダンプが通り過ぎた。舞い上がる埃っぽい砂煙にむせながら、涙をぼろぼろ流して、それでもひたすらに走る。
だけど、この差が僕らの間を絶望的に裂いた。横断歩道を渡りきったとき、すでに友香のパステルピンクは見えなくなっていた。
あと、百メートルもない!
「友香っ!」
間に合わない――。
「う……あ……」
追いついたときには、手遅れだった。
アスファルトから立ち上る陽炎の向こう、桜の木陰。二人の女の子が向かい合って、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「あ……ああ……」
一方はパステルピンクのパーカ、砂と埃のついたデニムのミニスカート。一方は、元の色すら判別できない血染めのTシャツ。
一方は目を見開き、必死に首を振って。一方は眉尻を下げて、そっと一歩、もう一人に歩み寄って。
「トモちゃん」
囁くような、細い、哀しげな声。
遅かった。間に合わなかった。
目の前で友香が、がくん、と糸が切れたように膝をつく。芽衣はただそんな『しんゆう』を見下ろして、ぽつんと一言、呟いた。
「――ごめんね」
「う……あ……あああああああああっ」
「規則を破って、伝えたかったことは言えたか?」
どこかが、いや全てが、狂った邂逅。一方は泣き叫び、一方はそんなもう一方を悲しそうな目で見つめている。時折おずおずと血まみれの手を伸ばしては、きゅっと握りしめ、引っ込める。そんな、濁った水彩画みたいにどこか捩れた芽衣と友香の邂逅のあと。
場違いなほど穏やかに、からころと、柔らかな足音。とても近い――すぐ横で生まれては消えている音のはずなのに、何故か僕には遠く聞こえた。
「ああ、まあ、間に合わなかっただろうね」
僕をちらりと一瞥したのは、フランじゃなかった。紺色の着物を纏った、若い綺麗な女。
京に降る牡丹雪のように白い肌、すらっと高い背。凛とした切れ長の瞳とアップに結われた髪は、濡れたような美しい黒。映画やドラマでしかお目にかかれないような、凛とした空気を纏う京美人だ。
品のある紅が引かれた唇から零れる声は女性としては少し低く、やはり凛として、凍りつくような威厳に満ちていた。
「お嬢ちゃん。――悪いが、時間だよ」
女は帯に挟んであった黒い扇子をなめらかに抜くと、すっと芽衣に向けた。
刀の切っ先を真っ直ぐに頸へ向けられたような、凄まじい威圧感。僕に向けられたわけではないのに、知らず冷や汗が浮いた。
これで終わりなのか?
強制的に『あの世』へ送られて、それで今回の依頼は修了なのか?
そんな、そんな終わり方――。
全てが無情なスローモーションに見えた。僕はやっぱり何をすることも出来なくて、ただただ、馬鹿みたいに突っ立っていた。
「我は三途川の船頭ぞ――」
間に合ってくれ……!




