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アサシンナイト  作者: TECH
第一章 必然の偶然
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○第一話 白い世界、白い少女


 扉を開けたフェルティの視界に入ってきたのは圧倒的なまでの白の世界だった。寝台、机、椅子、ランプやその灯りまで白くそれ以外の色が全くない世界。

 何者の色を認めず、何物の色を認めない。ひたすらなまでに白の暴力に支配された世界。


「……なんだ、これは」


 フェルティはあまりの光景に絶句してしまう。この世界と、この世界に住んでいる人間に。

 本来、部屋には使用している者の影響が色濃く出るものである。


 権力者であれば豪華絢爛に。

 一般階級であれば生活感あふれる素朴さに。

 冒険者であれば必要最低限の物資に。


 さらに、色も様々な色があり、それらは権力の誇示や生活の基盤になったりする。生きていく上で欠かせないもの。

 けれど、


「何もない世界か。まるで牢屋……いや、監獄だなここは」


 軽くあたりを見渡してみるが白以外何もなくフェルティは一種の虚無感に襲われる。


「この世界は人を拒んでいる」


 フェルティはこの世界をそう断言する。

 どこまでも白い世界。何もないからこそ此処には終わりがない。何もないからこそ此処には始まりがない。


「『人形』と言うのも頷ける話だな。この部屋にいれば数日以内に普通の人間は発狂するぞ」


 フェルティの顔は少しだけ歪んでいた。だが、それは怒りからくるものではなく、


「此処に閉じ込めた奴はよほど性根が腐っているらしいな。心を壊し自分が使いやすいように人を造るとは」


 この世界を作り上げた張本人への醜悪な性格に対する侮蔑だった。

 フェルティにとって、生きる意味、生きる意志を奪うのは許し難い行為であると考えている。

 何かのために生き、何かのために死ぬ。人の強い思いが生きる事への糧になる。


 フェルティはその光景が好きだったから。

 その姿が生きる意味を求め続けるフェルティにとって羨望の的になったから。


 この世界を許容することがフェルティには出来なかった。


「奴はただこの光景を俺に見せたかった? 条件に関しては俺が危害を加えないと踏んでいた?」


 フェルティは依頼内容を整理する。依頼の意味、内容と条件の矛盾。エルティア王国第三王女の肩書き。


「跡目争いか? いや、違うな。現王はいまだ健在だ。それに長男、次男も生きている。第三王女であるならば後継者としてのランクは大分落ちる。それに、依頼者の奴はそれほど権力欲に取り憑かれてはいない……どころか権力を放棄するような奴だ、可能性は無いと見ていいだろう」


 ならば何故なのか? 今持っている情報では解答を得られそうもなかった。


ーーやはりこの依頼断っておくべきだったか?


 フェルティの胸中に一つの考えが浮かび上がる。


ーー条件に惹かれたとはいえ奴の思惑は当たったんだ。依頼完遂不可能と報告して終わりにしても良いのではないか?


 フェルティは知らず知らずの内にこの世界に居ることを拒否していた。それは、人であるなら無意識のうちに起こしてしまう行動である。生きる意志を尊重するフェルティならば、生きる意志を奪っていくこの世界は何より忌避すべき世界であった。


 背中に軽い衝撃が走る。


「ーーッ! ……扉?」


 振り返ったその目線の先にはフェルティが入ってきた扉があった。


ーー扉から一メートル程前にいたのにぶつかった? まさか……っ!


 そこでようやくフェルティはこの世界から逃げ出そうとする自分に気がつく。


「成る程。此処は俺にとって毒でしかないか。それとも……俺が弱すぎるだけか」


 全てを失ってから十年、自分は強くなった筈だ。と、フェルティは思っていた。


 生きる意志を与えられたあの日から十年。

 生きる意味を潰されたあの日から十年。


 多くの命を奪いながらもひたすら鍛え続けたが、


「心は、強くなっていなかったか……」


 呟いた言葉は、誰にも聞かれることはなかった筈、


「……あ、あの」


 筈、だった。


「ーーッ!」


 再び振り返ったフェルティは寝台から一メートル程上に二つの黒い点のようなものがあることに気がつく。

 先ほど見たときには無かった黒い点。周りが白いだけにやたら黒が強調されている。


「いや……あれは点じゃない」


 あれがただの黒点であればこんなにも見られている感覚があるはずがない。とフェルティは言葉を繋ぐ。


「見られている感覚、だと?」


 フェルティは自身が言った言葉に疑問を持った。いつから見られていたのか、いつから自身の存在を気づかれていたのか。そもそも、


「いつからあったのか、だな。それにあの声……」


 小さくか細い声の持ち主。恐らくあれがリーベル・ヌル・カルストなのだろうとフェルティは理解する。だが、理解はしても納得することは難しかった。


「其処に居るはずなのに居ない。見えるはずの人間が見えない。認識出来ない相手か……厄介極まりないな」


 さらに、その力が常に発動し続けている。これも厄介さに拍車をかけていた。


「手探りで探せ。と、そう言うことか」


 心当たりは、ある。それが答えに一番近いと言う確信も持っている。


「……」


 フェルティは黒点をみる。

 黒点、未だに此方を見ているそれは其処から微動だにしていない。

 この白の世界で一番の異端を持ちながら違和感なく溶け込んでいた不可思議な物。


「……」


 フェルティは少しずつ黒点の方へ近づいていった。

 その足取りは重く遅い。黒点に近づくほど白の世界に取り込まれているような感覚がしていた。

 事実、フェルティは一度取り込まれ掛け逃げようとした。それは恐怖心からくるもの。


 だからこそフェルティは自分を許せなかった。

 依頼を放棄しようとし、しかも護衛者から背を向けた。

 それに、


「この部屋に入る前俺はなんと言った?」


『お前の生まれた意味を』


「そう思い、願ったんなら」


『俺に、教えてくれ』


「この恐怖心から逃げようとするんじゃない」


 フェルティの言葉には確かな決意が宿っていた。



 気づけば、黒点にかなり近づいていた。なのにも関わらず黒点は寸分変わらず此方を見続けていたが。


「やはり、な。おかしいと感じてはいた」


 フェルティの言葉は独り言に近かった。誰かに向けているのに誰もいない。

 否、そう認識させられている。


「最初無かったはずの物が振り返った時には存在していた」


 だったら此方が相手を認識させるようにしなければならない。


「しかもそれはこちらを唯ひたすら見続けていた。それにあの声、あれは興味が湧いたんだろう? 俺ではなく自分以外の人間が此処に居続けたことに対して不思議に思ったんじゃないか?」


 その声のお陰でフェルティは逃げようとしていた心を留めることができた。


「俺はお前の目の前にいる。だが、俺はお前を認識することができない」


 そもそも、部屋を見渡した時に気付くはずだった。気付かなければならなかった。


「お前が何故こんな事をしているのか知る気もない」


 誰もいない部屋。そう感じた事に違和感を持たなければならなかった。


「だが、興味を持ったのだろう? 話してみたいと思ったのだろう?」


 突如として現れた黒点。そして声にいち早く思い至らなければならなかった。


「だったら、姿を現せ。俺は此処まで来た。後は……お前次第だ」



◆◆◆  ◆◆◆  ◆◆◆  ◆◆◆



 寝台には一人の真っ白な少女が座っていた。

 髪も服も肌も白い少女。もしや、血が通っていないのでは? と、錯覚を起こすほどに白い少女。

 唯一白くないところは、


「やはり眼だったか」


 フェルティを見続けていた黒点、それは少女の眼だった。


「いつ、俺に気がついた?」


 少女に言った言葉。それは、フェルティという存在にいつ気がついたか。


「あ、あなたが扉にぶ、ぶつかって後ろを振り向いた時、です」


「この世界を創ったのはお前なのか?」


「へ、部屋は元々白い部屋でした。そこから、色々と変えていったのは私ですけど」


 つまりはこの部屋自体には何の効力もなかったと言うことだろう。部屋を世界に作り替えたのは少女らしいが。何にしてもこのような白い部屋に閉じ込めるなどどうかしているとフェルティは内心、舌打ちをする。


「放っておけば逃げ出したしていたのに俺に声を掛けた理由は何だ?」


 少女のたどたどしい返答を聞きながらフェルティは質問を続ける。


「あ、あなたの、言った通りです。この世界に私の次に長くいた。……この世界は人を殺すのに」


 少女は言いながら顔を俯かせる。


 生きる意志を奪っていくこの世界は確かに人を殺すようなものだろう。ある意味、諦念に取り憑かれてると言ってもいい。この世界は少女の心を反映している。

 利用され、裏切れてきた少女の人生。生きる希望は無く、生きる意味を忘れ、生きる意志を奪われた少女の人生。だから、こんな世界を創ったのかもしれない。だが、


「ならば何故、俺に声を掛けた」


 フェルティにとって、一つだけ気掛かりな事があった。


「……え?」


 少女は顔をあげる。その顔には信じられない物を見るような瞳があった。


「人を殺す、お前はそう言ったな。……確かに此処は人を拒むのだろう。だが、人を殺すほど強くはない」


「そ、そんなはずはないです! 此処は人が居ちゃ行けない場所なんです!」


「強くはない、と言った。どちらにせよ人にとって有害な場所であることは間違いないのだからな。それに」


ーー此処より悲惨な場所を俺は知っている。他ならぬ俺が体験したから。


「どちらかというと此処は生きる意志を奪っていく諦念の世界。その諦念に支配されたお前が創り上げたんだ。その力では人を殺すことなど出来ないだろう。違うか?」


「ーーッ! そ、それは」


 フェルティの眼には微かな怒りがこもっていた。それはこのような諦念の世界を創り上げておきながら、


「それに、この世界はもう破綻する」


 未だ諦めていない少女に対しての物だった。  

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