04
フィーア国の王たるリヒャルトは王になるべくして育てられた。リヒャルト以外にも王位継承権を持つ者は一応いたが、それらの者は国の体裁を整えるためのお飾りに過ぎず、誰もが、リヒャルトがフィーア国の王となることを渇望していた。
そのため、リヒャルトは幼いころから様々な学問を身に着け、多くの人々と直に言葉を交わしていた。王になる、というのはそれだけの責任を負うということだ。国に関する責任など無限にある。それらを背負うためには、ありとあらゆる知識が必要とされる。
というわけで、幼いころから偏屈な爺にはじまり、にこやかな笑顔の下で何を考えているかわからない男だとか、色気で男を陥落させることにかけては随一の色女だとか、それはそれは、ちょっと常識では考えられないような幅広い人間とリヒャルトは言葉を交わしてきた。その経験は王となった今、とても役立つもので、フィーア国王育成教育の指針という本には多々疑問はあれど、まったく間違っているということもできないと思っている。他国からみれば、ものすごくおかしな教育方針ではあるけれど。それは、それ。いかんせん、フィーア国王育成教育の指針はフィーア国の最重要機密とされているのだから。
とにもかくも、リヒャルトは、どんな相手でもじっくり話を聞きさえすれば、会話の糸口はつかめるのだ、と信じていた。
ところが。
「きれいな髪ね!触ってもいい?わたしもね、お手入れはしてるんだけど、どうかな?触る?」
「みんながね、麻綾は可愛いねって言ってくれるんだけど、本当だと思う?」
「料理も得意なの!もといた世界でも、お菓子とかいろいろ作ってて、いっつもみんなが喜んでくれるから嬉しくて。すぐになくなっちゃっててね」
とかとか。
自称神子の自慢話をうんざりした顔もせず、ただ流していれば、
「あ、ごめんなさい。もっとわたしだけとお話ししたかったのよね?」
などと意味のわからない謝罪をされ、揚句の果てに、
「抱きしめてもイイよ?特別ね?」
と、上目使いで言われたりしたら、それはそれは我慢の限界がくるというもの。そもそも、リヒャルトは能勢という少女のことを好いてはいなかったし、聖樹国を滅ぼすきっかけを作ったことと本物の神子に会わせてくれたことに感謝こそしすれ、それ以外の感情など持ってはいなかった。
異世界人とは、言葉が通じても、意味が通じ合わないのか?
いや、しかし神子様とはきちんと意思疎通ができていた。ならば、この少女の頭がおかしいだけに違いない。この少女に骨抜きの男どもも、底抜けのあほだということなのだろう。
無表情の下で、そんなことを考えていたリヒャルトだったが、そろそろ時間かと思い直す。この茶番劇は終わらせなければなるまい。
リヒャルトが王座から立ち上がって、何を言おうとしたかはわからない。なぜならその瞬間に本物の神子が姿を現したからだ。
「はーい、ちょっとごめんなさいねぇ。反乱軍が荒れてて、血が流れそうだから出てきちゃった。麻綾、あんた、ほんっといっつも物事を面倒な方向にしか持ってかないわね。ある意味、才能だわ。うざいけど。本当にうざいけど。大事なことなので二回言いましたー」
「神子っ!」
「これからがいいとこだったのかもしれないけど、時間切れ。こっちでケリをつけさせてもらってもいいかしら?」
リヒャルトは後に言う。
にっこりと笑う神子は、妖艶で神秘的なうつくしさを備えていた、と。
それを聞いた側近は、口に出さずに突っ込んでおいた。妖艶なのに神秘ってなんじゃそら、と。
「聖樹国をどうするか、はフィーア国が決めていいわ。あたしは関与しない。だけど、聖樹国がここまで荒れた直接の原因はそこのあほどもとあほの子麻綾のせいだとしても、間接的にあたしが神子としての勤めをここで果たさなかったためでもあるから、そのお詫びは聖樹国の民に対してすべきでしょう。あたしにできるのなんてせいぜいこれくらいだし。というわけで、フィーア国の王に一つ頼みがあるの」
「なんでしょう?」
「そこに転がってる馬鹿どもと、あほの子麻綾を娼館に売り飛ばしてちょうだい。そんで、そいつらから得たお金は聖樹国の民から得た税金として扱って欲しいの。どうかしら?」
「こいつらがそれほど長く持つとは思いませんが?」
「もたせるわ。自殺なんてさせない。狂ったりなんてさせてあげないわ。彼らは生きたまま現実を見るのよ。それに、元王さまなんてめったな限りじゃ市場に出ないでしょ?高くふっかけてやればいいわ」
「ふふ、いいでしょう」
ここに一つの国が終焉を迎える。
神子の召喚を失敗したせいだと後世には伝えられているが、それは真実でもない。娼館に売り飛ばされた元王らは、好事家に高値で売れたそうだ。
フィーア国が聖樹国を合併し、政情が落ち着いた頃、真の神子の真名が明らかにされた。蘿蔔真白といい、彼女の像はフィーア国で最も美しいとされる庭園に今なお残されている。彼女の真名が公表されたのは、神子を愛したフィーア国の王に想いを返せないことを嘆いた彼女がせめて真名だけは、と伝えたのだとされている。神子と王は同じ時を生きることができず、せめて風習の上だけでは夫婦になれるように、と神子は涙したという話が吟遊詩人によって今なお謳われている。