03
終わらせるつもりが終わらなかった…orz
つ、次こそ終わるといいな!
その日、は唐突にきた。
麻綾にとって、今日はいつもと変わり映えのしない一日になるはずだった。
朝からたっぷりと美形たちに今日も愛されるのだ。
ところが。
いつも彼らが麻綾のところに来る時間になっても誰も来ない。麻綾を甘やかす三人のうち、一人が来ないというのならまだしも、一人も来ないなんてことはありえないはずだ。
彼らの仕事は麻綾を愛することだというのに、朝からその職務を放り出すなんてとんでもないことだ、と麻綾は憤慨したが、少し考えてから、ふふふ、と口元をゆがませた。
そう、そうなのね。きっと、あれだわ。押してだめなら引いてみろってよくいうあれね。
いつもはあたしが待ってばかりだから、今日はあたしが三人のところに行くのを待ってる、ってことね。
ふふふ、と嬉しそうに笑いながら、麻綾は部屋のドアを開けた。
いつもならもう少し、何か音が聞こえるはずだが、今日は妙に静まりかえっている。
しかし、麻綾はそんなことに気づきもしなかった。彼女が三人のところに行ったら、あの三人はどんな顔をして喜んでくれるのだろうか、どんなふうに次は麻綾を愛し、楽しませてくれるのだろうか、とそんなことばかりを考えていたからである。
城が静まり返っているのにも、いつもなら部屋の前に控えているはずの警備兵までもがいなかったことに麻綾が気づけていたならば、結末は違っていただろうか。
ちょうど麻綾が自室から出たころ。
聖樹国のトップともいえる三人は玉座で目を丸くしていた。
「おや、ようやくお出ましか。無能というのもここまでくると滑稽なものだな」
玉座に座っていたのは、フィーア国の王だった。
金髪に碧眼、というまさに王子様そのものの見かけを持つ彼は、あわてて王の間に飛び込んできた三人を面白そうに眺めていた。
「何をしているっ」
フィーア国の王にいち早くとびかかったのは、やはりというか聖樹国の王であった。衛兵を呼ぶが、応じる者は誰もいない。それどころか、いつの間にか現れたフィーア国の兵士に押さえつけられている。
自由になるのは口だけ。
背中に腕を縛られ、押さえつけられているのはなにも王だけではない。神官長も騎士も、フィーア国の兵士に拘束されていた。
頭を人に下げたことなどない聖樹国の王の顔が怒りに染まる。他国の玉座に堂々と座るだけならまだしも、なぜ、王たる自分が他国の兵士に拘束されなければならないのか。こんなみじめな格好で。
一方、フィーア国の王は楽しそうに様子を眺めていた。眼前には偽神子に溺れていた三人。あの娘こそ厄災を運んだと知ったらどんな反応をするだろうか。もちろん、あの娘ばかりが悪いわけではない。あの娘が状況を悪化させる手助けをしたとしても、王らがしっかりと己の役割を果たしていたならば、このようなことにはならなかっただろう。フィーア国としてはありがたいことだが。
それに、あの方にお会いできたしな。
クククッ、とフィーア国の王は胸の内だけで笑う。
おそらく、あの娘が神子と一緒にこちらの世界に来なければ、自分が真の神子たるあの方にお会いする機会などなかったに違いない。そう考えると、あの娘にも利用価値があるというもの。しかし、すでに利用しつくしてしまったから、あとは絞りかすをどうにかするだけだが。
さて、どうしようかな、とフィーア国の王は考える。
ここで聖樹国の三人の苦痛にゆがんだ顔を見ているのも、一興ではあるが、所詮、男。長時間見ていて楽しいものではない。
フィーア国の王の考えつゆ知らず。
ちょうど聖樹国の王ら三人が憎しみで満ちた目でフィーア国の王を睨んでいたころ。
ある意味、話題の中心ともいえる麻綾はふらふらと玉座の間に近づいていた。
とはいえ、別に麻綾はそこに人がいる、と思って玉座の間に近づいていたわけではない。もともとちょっとばかし方向音痴気味の彼女は、王の執務室に行くつもりだったのが、うっかり玉座の間に近づいていた、というだけの話だ。
しかも、麻綾はほとんど自室から出る機会がなかったせいで、並んだ扉すべてが同じに見える。王の執務室が立派であったことだけは記憶に残っている。だから、立派な扉を開けば、きっとそこは王の執務室に違いない、と彼女はそう考えたのである。
王の執務室に通じる立派な扉を探して歩いていた麻綾はひときわ立派な扉を見つけた。
木でできたどっしり重そうな扉で、いかにも重厚感にあふれている。いかにもお偉いさんがいそうな雰囲気だ。
いつもなら、重くて開けられない、と言って誰かに開けてもらうのだけど、今日は誰もいないのだから仕方がない。
えいやっ、と力を込めてドアを開けると、思いのほかあっさりとドアは空いた。
ドアの向こうにいたのは、きらきら輝く金色の髪とサファイアのような深い青の瞳を持つ美形。
麻綾は嬉しくなってしまった。
「あなたはだあれ?」
偽りの神子の一言に、フィーア国の王はあまりのおかしさに大声をあげて笑いたくなってしまった。聖樹国の三人は、口をぱくぱくさせて、何かを麻綾に伝えようとしているが、声になっていない。それもそのはず。さっきからうるさくわめくので、一時的に声の出なくなる薬を三人に無理やり飲ませたのだった。男の悲鳴など聞いても不愉快になるだけだ。
聖樹国の三人が押さえつけられ、声すら奪われたまま、床に這いつくばらされているというのに、麻綾はそんな三人に気づく様子もない。はじめてみる美形に興味津々、なのである。
麻綾は新たな美形に自分が愛されることを疑ってはいなかった。
だって、麻綾は神子なのだから。
この世界を救えるたった一人の可愛らしいおんなのこ。
可愛いだけじゃなくて、神子という力を持った麻綾を誰が嫌いになれるというのだろう。
それに、麻綾が読んだ話は平凡な少女が神子になった場合でも、いろんな人に愛されていた。だったら、平凡じゃない麻綾が愛されることなんて当然のことだ。麻綾が愛されないなんてことはありえない。
この時点で、麻綾は、同級生も同時にトリップしていた、という事実をきれいさっぱり忘れてしまっていた。覚えていたからどうこう、ということは全くないけれど。彼女は自分が神子であると心底信じ切っていた。
「名前を教えてはもらえないの?」
麻綾はくつくつと笑う美形にちょっと拗ねた声を出して見せた。
何人も可愛いと言ってくれたお墨付きの声だ。しかも上目使いもプラスして。こうすれば、自分が可愛くて頼りない女の子に見えると麻綾は知っていた。
「どうして教えねばならない?」
ところが、返ってきたのはそんなつれない言葉。
フィーア国の王にしてみれば、偽りの神子に自分のかりそめの名前であったとしても教えるつもりは毛頭なかった。ましてや真名など。
この世界で相手に真名を許す、というのは相手にすべてを譲り渡す、という意味を持つ。であるがゆえに、王族はもちろん、一般市民であってもかりそめの名を持っていた。しかし、そんなかりそめの名前ですら、偽りの神子に呼ばせるのは苦痛だった。
だって、フィーア国の王は本物の神子を知っているのだから。
ところが。
フィーア国の王の拒絶は麻綾に通じなかった。
麻綾はフィーア国の王は照れている、もしくは、麻綾に構ってほしくて仕方なく、名前を教えてくれないのだと理解したから。
「ふふ、いじわるね。ああ、そうよね、先にわたしの名前を知りたいって、そういうことでしょう?教えてあげる。わたしは、麻綾よ。能勢麻綾。麻綾って呼んでくれて構わないわ」
長くなったので、いったんここでぶったぎります。
フィーア国の王と麻綾の温度差がちょっとだけ出てればいいな。