01
世界が騒いでる、と言ったら誰か理解してくれるだろうか?
あたしの名前は、鈴木(仮)。それなりの女子高校生としてエンジョイしていた生活から一変、アホの子とともに異世界トリップとやらをやらかした人間である。ついでに異世界トリップのお約束でもある神子とはあたしのことだ。断じてアホの子麻綾ではない。
神子、という名前は人間がつけたもので、便宜上のものにすぎない。わたしにいわせると、わたしは「神子」ではなく、「世界の軛」とでもいうような存在だろう。
世界はわたしの一部でわたしは世界の一部。わたしと世界はつながっている。世界が自身では安定を保てないからわたしのような人間が世界を支える軛として異世界から召喚されるのだ。
わたしのように異世界から召喚された人間が、毎回同じ国に現れるのは、神による守護なんぞではなく、もっとも不安定な個所がそこだから。それだけの理由。
そして、神子を迎えた国が繁栄した、と後世に伝えられているのは、世界が不安定な状態から抜け出したことによる副次的なもので、別に国の繁栄は神子の存在と関係ない。だけど、そんなこと人間にしてみればわかっちゃいないらしい。
「おーい、珠洲。お前と一緒にこっちきた女が神子だとか言われてっけど、これはいいのかぁ?」
魔王と一緒に暮らすようになって三日。
まだ三日、されど三日。
わたしと魔王は大変仲がよろしい。少なくとも、名前の一部を魔王に呼ばせるくらいには。まあ、仮名ですけど。本当の名前は教えられない。ちょっと厄介なことになるから。まあ、今後はわかんないけど。
それでも普段使っている名前だから、それなりに効力はある。
「うん、別に麻綾が神子に担ぎ上げられても問題はないよ」
「珠洲に負担がかかる、とかもないな?」
いつもにこやかにわらっている魔王ことアシューが、どことなく真剣な面持ちでそんなことを言う。アシューはわたしを甘やかしたいらしい。魔王の考えることはわたしにはわからない。
「ない、というか、そろそろあそこの国自体が綻びかけててね、むしろわたしがあそこにいない方が世界にとってはいいのかなーって感じ」
「そういうのもわかるのか」
「わかるっていうか、なんていうんだろ。うーん、言葉にしにくいなぁ。世界の力は循環してるんだけど、その流れに国の存在っていうのも影響を及ぼすのね?で、国の存在がはっきりしなくなり始めると力の循環もちょっと違ってくるから、そういうので、ああ、って納得する感じ」
わかる?と目線で尋ねれば、アシューは何度か頷き、なにごとか形容しがたい音で唸っていた。
魔王の住んでいるところは、人間の住んでいるところは異なる次元で、魔界と呼ばれている。
魔界は世界とリンクしているけど、世界の一部ではない。つながっているだけ。魔界とつながっているのは魔王。わたしが世界の軛なら、魔王は魔界の軛なのだ。
+ + +
麻綾は鏡に映る自分を見て、うっとりと笑った。
異世界トリップというのもを自分がしたのだ、と気づいたとき感じたのは、自分にそれは相応しい、という歓喜。
それほど本を読んでいたわけではないが、物語の王道としては、何かしら重要な役目があって、そして美形に愛される、というものだろうか。
クラスメイトが一緒にトリップしていた、と気づいたときはなんであの子までと苛々したが、いつの間にかいなくなっていた。やっぱり愛されるのは麻綾だった、ということなのだろう。
麻綾は自分が愛されるのを当然だ、と半ば思っている。
もちろん、最初から愛されるわけではない。だけど麻綾は大勢の人に愛されて相応しいような自分になろうと努力してきた。そしてその結果がこれならば十分麻綾の努力は報われたということになるのだろう。
麻綾をほめたたえる男たちは美しいだけでなく、やさしく、そしてわかりやすく麻綾の愛を求めた。
彼女がちょっと微笑めば、それだけでなんでもお願いごとは聞いてくれる。寂しいからそばにいてほしい、といえばずっとそばにいてくれた。
それがどういう結果をもたらすか、なんて麻綾には関係がなかった。
王太子らが一人の女に夢中になって仕事を放棄している、という情報は、確実に他の国に伝わっていた。そのなかでも、どこよりも早くその情報を得たのは南の大国だった。
南の大国は、麻綾たちのいる国にさらに多くの内通者を送り込んだ。政治を預かる王太子だけでなく、実質的に騎士団を率いている若き騎士もまた麻綾の魅力に溺れ、城全体の守りは穴だらけという状態だったから、内通者を送りこむのにそう大した手間はかからなかった。
麻綾たちはどれほど内通者が他国から送り込まれても、それにまったく気づきはしなかった。何せ、愛されることに夢中だったので。
「麻綾、今日はどうしようか?麻綾が前、美味しいって言ってたケーキを作らせたんだ」
「そんなことより、麻綾様。こちらのドレスをお召しになられてはいかがですか?こんなものでも麻綾様の美しさには到底及びませんが、それでも貴重な布地をふんだんに使ったドレスです。きっと誰よりお似合いになることでしょう」
王太子が麻綾の手をそっとひき、壊れ物を扱うような優しさで椅子に座らせると、次は神官長がたっぷり甘い眼差しで麻綾を見つけながら、美しいドレスを差し出してくる。
麻綾がドレスに感動して、ありがとう、と神官長にお礼を言えば神官長はそれこそ蕩けそうな笑顔でこちらを見、そして勝ち誇った眼差しをほかの男に向ける。
ドレスだけじゃなく、美しい麻綾には美しい宝石が必要だろうと若き騎士が細やかな細工のちりばめられたネックレスをつけてくれる。麻綾の胸元で燦然と輝くのはダイアモンドだろうか。騎士や王太子らはこぞって麻綾を美しいとほめそやす。
そんな毎日がずっと続くと麻綾は信じて疑わなかった。