第61話 悪手
目の前には、顔が腫れ上がって血だらけな元次席の爺さんが居る。
実は、当初の目的である、この爺さんへの恐怖心を克服させようと思い、
「さあ、少しでも自分の力でやり返すんだ……」と、
街の人に抑え付けられた爺さんへ、わんこ娘を嗾けてみたんだけど。
で…………
涙をポロポロ流しながら、声にならない声を張り上げてジジイを可愛くポカポカ殴る────
いわゆる、お涙ちょうだいのシーンになるかと思ったんだが。
片腕でよくやれるっていうぐらい────予想外にボッコボコだったわ。
ぼっこぼこ。
女は怖いね。
体毛とかは殆ど無いけどさすがに獣人系の亜人だわ。
基礎身体能力は高いって事だろうな……
まあ俺はこの程度の体罰で済ます気は当然ないけどさ。
「さて、次はエルフ側の意見を聞いてみようか。ティー、そちらの意見を纏めて頼む」
「そうね。こちらは話し合う必要もなく、もう結論は出ているわ」
「ほう。で、結論はなんだ?」
「死刑よ」
(ふむ、やっぱりか。まあ日本でよくあった無駄に命を大切にっていう安っぽい道徳はエルフらには無いのはわかっていた。それ以前に亜人と人間の違いがあれど、人命優先の意識が当てはまらない理由を確実に知っていて、俺がわざと嗾けているんだが)
「そうか、それではこの子の分もあわせて、拷問をしたうえで死刑ということでいいな」
「ええ」
エルフの長も流石にここはおちゃらけたりはしないようだ。
「待って!」
しかしお約束のように空気の読めない人間も現れる…………
「死刑はいくらなんでも酷すぎませんか! 相手は人間ですよ!?」
付いてきていた街の人間のひとりが声を張り上げて主張する。
いかにも教育ママっぽい感じの、ケチをつけるだけが趣味のような顔つきのおばさんが、だ。
しかし────それは完全に悪手である────
日本のような、訴える側と訴えられる側がほぼ決まってしまっている場でならそれもありなのだが。
出来の悪い国の法律に寄りかかれる、ぬるま湯をさらに水で薄めた場所でなら、それも通じるのだけれど。
少なくともこの場では最凶最悪手だ。
────繰り返すが、それは完全に悪手だ────
「さて、こういう意見が出たのだが、この女性に対してティーらはどのように処断するのか聞かせてもらおう」
おそらくケチをつけた女性は、あえて穏やかなリズムで流れるように放った、俺の言っていることの意味すら即座には理解できていないだろう……
〈反論〉と〈処断〉
まさかたった一言の違いで、自分の立場が……
その非常に僅かな、悪意ある誘導によって……
完全に天地がひっくり返るなどと夢にも思わないからこそ、
被害者がどれだけ居ても────自分の身になって考えもしない────お気楽なセリフが吐けるのだ。
「長である私の意見、つまりエルフの総意では、元次席をかばうものは〈仲間〉と言うことで連帯責任とします。つまり死刑です」
「……なっ!」
法廷会議は本質的に闘い────
────〈戦争そのもの〉だというのに────
アホだ……ここに究極の笑えるアホが居るよ……
しっかしキルバ○ンさん、マジで俺の計算通りにバッサバッサ斬ってくれるし、超大感謝だわ。
俺は偽聖者役、そして彼女が執行人役。
まさかネタのはずの衣装まで伏線になってるとは、街の人間も夢にも思うまい。
だが計算外のこともひとつ。
ギャグネタを飛ばそうと思ったが「斬る番~」しか思いつかなかったんだ……




