第6話 狡猾
幼女神様は只今ニコニコと笑顔で桃缶を頬張って、というか桃缶の中身を頬張っています。
しかし油断してはいけません。
私は前回知ってしまったのです。
この方が案外でんじゃらすな性格をしていることを!
「では、わたくしめはいったん住まいのほうへ戻らさせていただきます。これからも料理を作るために色々と準備する必要が御座いますので」
「うん。はやく戻ってきてね」
「出来るだけ努力はいたしますが、なにしろ色々と問題が山積みでして3時間ほどはかかるかもしれません」
「じゃあ、行っちゃだめ」
「…………」
でたよ、子供の我がままが……
『はやく戻ってきてね』と『行っちゃだめ』のコンボに微妙に萌えたのは内緒だが。
というか、我がままが可愛いのは非力な子供がやるからであって、神様にやられるとホントやばいよね。色々と。
仕方ない、ここは俺の老獪な会話テクニックを駆使して見事に切り抜けてみようか。
「お嬢様、今から上にいって、まさしく舌がとろけるような甘くて美味なるものを作ってまいりますゆえ、戻ってくるまではお待ちいただけますか?」
「行ってらっしゃい!」
ふっ、ちょろいな。
「では行ってきます。帰ってくるまでに口寂しくなりましたら、こちらの袋に入ったポテチなるものを食してください。パリパリとした食感が面白く、中々の美味しさで御座います。ただし食べすぎには注意ですぞ。2袋までにおさえますように」
「ん、わかった~」
幼女神様に手を振られつつ、ようやく切り抜けたと内心思いながら、俺は選び抜いた食材を両手にどっさりと抱えて自らのアジトへと足を運んだ。
「さて、甘いものを作ると言っておいたから、いくつか用意はしておかないと。しっかし基本的な調味料まであったのは幸運だな。これで色々と日本のメニューを再現できる」
そうなのだ。あの食材の中には、塩や砂糖のみならず、醤油や味噌、その他色んな調味料まで入っていたのだ。
ちなみに植物油は最初の食材の中にもあった。
ただ生クリームとかバターとかは今回は見当たらなかったので、お菓子を作るのにも制限がかかる。無理をすればミルクからも作れそうだが今は機材も無いし、量を作りにくい。
そこでミルクと苺と砂糖が揃っていることに気付き、一品目のメニューは自然と決まった。
日本人ならおなじみの苺ミルクである。
作り方としては苺を潰してミルクをぶっかけて砂糖で味付けという案外簡単なデザートだが、これは素人の作り方。
苺とミルクと砂糖が織り成す至高のハーモニーはこの方法では生まれ出でえないのだから。
完成した際に、苺の部分とミルクの部分、それぞれが絶妙な甘みを独立して持ってこそ本当の苺ミルクなのだが、多くの人間たちは砂糖味のミルクに苺を潰したものを混ぜただけのものを苺ミルクと崇拝してしまっている。
結果として、ミルクの人工的な甘味と自然な甘酸っぱさの苺が、甘いだけの苺風味ミルクとひたすら酸っぱく感じられる苺部分とへ味が分離してしまうのだ。ハレーションを起こしてしまって、至高どころかただ癇癪を起こして暴れる困ったおっさん風味の味へと堕ちてしまう……これは絶対に許せない。
まあ実際には〈あまおう〉などの高級な品種を使えば苺がミルクの甘味に負けずにそれなりのものは出来るのだが、苺ミルクには安物の苺を使うということは宇宙の真理であり、それに反することは恥ずべきことなのだ。そうに決まってる。
そこでまずは苺の表面の甘い部分のみをスプーンなどで削って分離させる。量的にはそこまでなくてもいい。これはよく苺のムースなどで飾り付けに用いられる苺の部分に相当するのでバランスが重要なのである。次に苺の芯と残りの苺をミキサーにかける。ちなみにミキサーは俺の手作りだ。そこに砂糖を程よく加えてそのまま数時間置いて馴染ませる。
その間に削った苺の赤くて甘い部分を、少な目のミルクとおおめの砂糖を加えてあえておく。イメージとしてはこの部分のみで練乳をかけた苺の味に仕上げるのだ。こうしてしばらく置いたまま、最後に両方を混ぜてミルク部分の砂糖を調節して出来上がる予定である。
さて、次は何をしようか。
もう一品作る前に、ふっくらとしたパンを焼く為の天然酵母でも仕込んでおくか。
そうして作業は弾み、3時間は瞬く間に過ぎていったのだった。
カツカツと靴音を慣らして、祭壇の部屋への階段を降りていく。
勿論、両手には至高の苺ミルクを筆頭にいくつかのデザートがのったトレイを持っているのである。
「お帰りなちゃい~」
満面の笑みで迎えてくれる幼女神様。おお、なんと神々しい……
しかしそこで俺はある異変に気付いた。
前は10袋はあったはずのポテチの袋が、何故か今はどこにも見当たらないではないか。
「食べてない」
「……」
「食べてないもん」
「…………」
「お羽が生えて、飛んでいっちゃったの」
「…………はあっ」




