第51話 傷跡
その女の子は、左手、そして左足が付け根から……切り取られていた。
その女の子は、左目が開いていないようで、その周りは酷く赤黒い痣があった。
その女の子は、身体中のあちこちに醜い火傷の跡や傷跡があった。
その女の子は、残っている右足や右手の指のいくつかが、不自然な方向へ曲がっていた。
その女の子は、セントバーナードのような大きなタレ耳を持つ愛らしい亜人であり、
その左耳は悪魔に悪戯されたがごとく切り込みを入れられて、先端は既に壊死しているようにみえた。
「おにいちゃんたち、だーれ?」
その悲惨な、首輪をかけられた様相には相応しくない、
明るく可愛らしい、少し擦れた声────
この、周囲に血が散乱して乾いてこびりついた場所に。
ノコギリや針や焼きゴテやらが散乱している場所に。
拷問部屋とも呼べる場所に。
それは不自然にも高く響きわたった。
「ここは……私に任せて下がってください」
低く、言い聞かせるように声をあげたせいか、
静かに部屋から退出していく街の人々。
(さて、どう接するか……)
見たところ、すぐに容態が悪くなるようなことはなさそうだ。
ならあくまで冷静に、
冷静に…………
と意識する時点で既に冷静じゃないけど……
────子供にとって最初の印象は、結構重要だ。
最初に俺に懐いてくれれば、今後も色々とやりやすい、治療とかも────
ここはとりあえず、一番無難な方向で仕掛けるとしよう……
「お兄ちゃん、少しお腹すいちゃったな、何か食べるもの持ってたっけ~」
と、わざとらしく聞こえるように話しながら、異次元倉庫をあさる。
目的のブツはこの間祈ったらダンボールごと出てきたチョコレート。
「おお、いいのがあった。いっただきまーす!」
ぱくっと大げさに銀紙を取り払ったチョコレートを口にする俺。
この時、あからさまに女の子を見ないのがコツだ。
大体、見なくてもわかる。
ジーっとこちらに視線を向けているだろうことは。
「おお! 凄い甘くてうまい! こんなに美味しいものそうはないだろうな~」
自分でもわざとらしい言葉を棒読みに近い感じで言い放つ。
でも、実際にうまいので遠慮せずにどんどん口に入れていく。
そしておいしいな~、甘いな~と言いながら、チラチラと自慢するように少女の方を見るのだ。
「…………甘いの?」
(よしきたっ! 声をかけてきたっ!)
この時にこそ、ようやくきちんと女の子の方を見ながら会話に入っていいんだ。
「おう、凄い甘いぞ。ほっぺが落ちるぐらい!」
「おいしいの?」
「うん、凄く美味しいぞ~、めちゃくちゃ旨い!」
ひたすらジーっと俺の持つチョコレートを見続ける少女。
「食べるかい?」
そう言って、持っていたチョコレートを軽く差し出してみる。
一瞬喜んだ表情を見せる女の子。
しかしすぐに「あっ」っと思い出したかのように、
フルフルといった擬音がピッタリとくるような様子で、
可愛く首を振って否定する。
まるで想いを振り切るかのように。
「駄目なの……」
「どうして?」
「食べると叱られるの……」
「いや、大丈夫だよ……ほら」
「でも……叱られちゃう……」
(なるほどな……でもまあ、これなら対処は簡単だ……)
「大丈夫!」
胸を叩くように断言する。
根拠は無くとも子供にはこういうジェスチャーの方がわかりやすい。
そしてその後に適当に続ければなんとかなる。
「お兄さんはここで一番偉いんだから!」
「…… 一番なの?」
「うんうん」
「あのこわいおじちゃんより?」
「ああ。あんなの指先ひとつで倒せるさ」
「…………食べていいの?」
「ああ。早く食べないと……お兄ちゃんが全部食べちゃうぞ?」
「わたしも、わたしも食べる~」
焦る女の子の差し出す右手に、適当に割ったチョコレートを乗せてあげる。
手渡されたチョコレートの欠片をおずおずと口に入れて数瞬後、
驚いた表情、次に蕩けたような表情を見せて、最後にどちらとも言える表情で思わずといった感じで声を出す。
「おい……し……い…」
「だろう? お兄ちゃんも大好きなんだよ」
俺も一緒に口にしながら、
少女が少しずつ次々に、ぎこちなくもチョコを口に運ぶさまを見続ける。
思わず抱きしめて────泣きたくなるのを抑えながら。
「他にも色んなお菓子いっぱい持ってるけど……まだ欲しいかい?」
「うん!」
深い傷があっても曇らない、
眩しいぐらいの微笑みと勢いで返事をする女の子。
この子は明るい。
本当に。
こころが捻じ曲がった人間が鬱陶しがる程には。
それがこの虐待の原因でもあるのかもしれない……




