第45話 利益
「おお、治療師さまだ」
「あの子供が?」
「治癒師さまっ!」
「随分若いな」
「なんまんだぶなんまんだぶ……」
「治療師さま、どうかお願いします。この子に祝福を……」
「治療師さま、わたしにも!」
「わたしを先に!」
目の前にはこの廃墟の街の全ての人々が集まったかのような人ごみが展開されていた。
(はあ……放っておいたらまたさらに面倒なことに……)
人の噂も七十五日という。
普通は何か心を乱すような出来事が起きてそれが大勢の人に知れ渡っても放っとけば勝手に収束するから気にするな……という感じのことわざだが。
逆に考えると七十五日は収まらないという……七十五日もの間、付き合わされるという……
これは、子猫様に頼んで転移で逃げるべきか、はたまた適当にお茶を濁すか。
「やめるんだっ! 皆の衆、治癒師様が混乱してしまうではないか!」
(纏め役きたあああー)
「まずは急を要する人や子供たちから診てもらおうではないか! その他のものは後でも問題はあるまい?」
「そうです! 皆さん、このような時ほど冷静になるべきなのです!」
(もう俺が診ること前提になってるうえ、纏め役の補佐までくるんじゃねえよ! この運命は俺を逃さないつもりか! あ、でも言ってることはどっちも正論だな)
で、俺も冷静に考えてみると……
うーん、どうしようかな?
見捨てて逃げる、適当にやる、全力で救世主の役をこなす等、色々出来るけれど、
見捨てない場合はどうやって利益を、というよりどういう種類の利益を得るかの選択が重要だ。
それも既にほぼ決まってて、可能性は人材的な利益重視しかないけどさ……
よくあるこの展開の小説とかだと、
村長の娘とかが献身的になって尽くしてくれるとか、
身の回りの世話役として、御付の侍女にされた女性とかが美人で有能……っというのがパターンだ。
でもそれは大抵の男の短絡的な願望であって、そううまくいくはずもなく。
いや、いくこともあるんだけど!
男としては常にそう思いたいんだけど!
むしろ一癖も二癖もある、無駄にプライドが高くて、しかも一般的な意見が正しく他は間違っているという本質を見極める思考能力が無い人間とかがつけられたらもう最悪。
まだ天動説が常識とされていた時代に地動説を強く唱えたガリレオ・ガリレイが異端審問にかけられたが、俺が欲しいのはその異端審問側の人材ではなく、「それでも地球は回っている」と言ったガリレオ・ガリレイの方なのだしね。
そして現代では地動説を常識としてる。
ガリレオ・ガリレイは報われた。万歳! なーんて言うことはなく、そうやって一見終わってみればもう気を抜くのはどう生きてもゆっくりな異端審問側。
今この時代に、この時代のガリレオ・ガリレイ役がいて、そして多くの人たちに有益なものを抱えて、それでも認められなくて苦しんでいる。
それがいつの時代でも解消されなければ万歳なんて出来やしない。
だが殆どの人間は、自分の周りが一見問題が無いような状況になれば途端、惰眠と飽食と性をむさぼるだけの機械になる。
苦痛を持ち続けなければいけない。
心の中心に影を。闇を。黒き点を。
それが対極図の白い部分の中心となって、物質世界に陽を作り出すからだ。
なんということはない。
失う苦痛を心に持っていなければ、大事なものが失われていくんだ。
簡単なこと。
仕事をしたくないと言いつつ、仕事を失う苦痛を心の中で背負い続ける者は、嫌々ながらも仕事に行き、対価として物質的豊かさを得る。
多少長く生きていれば誰でも経験的に知ってはいるはず。
それが個人ではなく、社会と言うシステムを改善できる者に向けば社会が豊かになる。
無駄に働く意味すらなくなるほどに豊かに。
つまりそういうことだ。
楽観が不幸を招く。
しかしそれが目に見えるほど素早く起こることは少なく。
いや、むしろその即結果が出ないと言うことこそが、油断を生み出す本当の不幸かもしれないが。
それ故に誰もが、なあなあで居られるぬるま湯からは抜け出そうとはしない。
日本に居た頃の、死ぬ前までの俺が良く使っていた形容を用いれば──
つまるところ、快楽に堕ち、楽観し、油断するのは「宝クジ」ならぬ──「不幸クジ」を買うようなものである────
さて、いつでも逃げ出せるという状況であれば、こんなハプニングも楽しいものだな。
ヘタっくそな演技でうまく掻き回してやるとしますか~
見た目に誤魔化されやすい一般人対策で、権威付けの為に作っておいた服の出番がもうきちゃったな。
ミス○バーンさんの服のレプリカくん、出番ですよお~




