猫
ある日、猫がやってきた。
赤っぽい橙色の毛並みが美しい猫だ。
腹を空かしていたのか、軒先でこっちを覗いていた。
手紙を書く手を止めて、おいでと手を振った。
飯をやったら無心で食っていた。
名は何と言うのだ?と聞くが猫は何も答えない。
まぁいいか。
ここには俺と猫しかいないのだから。
猫は話好きなのか、ペラペラと話し続けている。
どうやら猫は世界中を旅してきたらしい。
どんなところに行ったのだ?
聞くと猫はナンと鳴いた後、思い出話を始めた。
まず語ったのは深い森の中にある動物の王国だ。
多種多様な動物が平等に暮らしているらしい。
得意不得意を補い合って真の平和を感じたそうだ。
中でも芸術が特に発達しているようだ。
猫は事細かに作品の説明を続けていた。
だが芸術に疎い俺にはチンプンカンプンだった。
言葉はどうしているのだ?
聞くと猫はつまらなそうな顔をした。
次に語ったのは雲の上の大地の話だ。
空に向かって真っすぐ昇ると辿り着けるらしい。
しかし大地は戦争によって荒れ果てていた。
少ない土地を巡って争いが絶えないそうだ。
貧富の差が激しく幸せはどこにもないと聞いた。
でも美しいものはあったと言う。
それはいったいなんなのだ?
聞くと猫は空を見上げた。
猫は航海もしていたと言った。
むさくるしい男衆に囲まれて揺られていたんだと。
だが気の良い連中だったようで暇しなかったらしい。
特にクルーの誕生日は盛大に祝っていたそうだ。
晴れの日も、嵐の日も、吹雪の日も船は進んだ。
それでどこに辿り着いたのだ?
聞くと猫は前足で床をトンと鳴らした。
悪魔と友達になったとも猫は語る。
地獄に行ったとき気に入られたそうだ。
取引を持ち掛けられて逆に言い負かしたんだと。
なにやら怪しいホテルに泊まったとも言った。
住人は案外人の良さそうなやつばかりだった。
別れるときはみんな笑っていたらしい。
お前は一度死んだのか?
聞くと猫は悪戯っぽく笑った。
一番のお気に入りは電子の海だと猫は笑った。
そこは誰もが自由で、飾らず、好きが溢れている。
世界中の人と話ができるというのは興味もある。
人ではない存在とも交流ができるんだとか。
たまにとんでもない悪意がいるとも言った。
親友と言える相手にもここで出会えたそうだ。
お前、友達がいたのか?
聞くと猫はプンプン怒りだした。
さらに猫は話す。
想像もしてなかった場所について。
故郷から出たことのない俺は目眩がした。
この猫はいろんな場所を旅してきたのだ。
本当に世界中、もしかしたら世界すら超えて。
もはや嘘か真実かはどうでもよかった
猫の話を聞きながら俺は胸が躍った。
猫よ、俺でもお前のように旅はできるか?
聞くと猫は頷いた。
旅ができるかはお前次第だと。
望めばどこへだって行けると。
一歩踏み出すか、踏み出さないかだけだと。
ひとしきり話すと猫はソッポを向いて歩いて行った。
1つ、気になることがあった。
尻尾は旅中で失ったのか?
後ろ姿に聞くと猫はナンと鳴いた。
どうやら説明する気はないみたいだ。
猫は次にどこへ行くのだろう。
またここに辿り着いたときは美味い猫缶でも出してみるか。
旅先で出会ったときは、俺の話を聞かせよう。
少ないが、俺の始まりの話はここで終わりだ。
つまらないとは言ってくれるなよ。
ここから話は面白くなるのだ。
まず俺が最初に辿り着いたのは海の底の国だ。
そこにあったのは……
おわり




