第8話 切り札は使えない
金沢先輩と疑似交際を始めてから初めて迎える土曜日の朝。
普段なら9時を過ぎてから起きるところを、俺は2時間ほど早くに目を覚ました。
休日だからと、二度寝はしない。
いや、いつもなら当然するのだが……。
「楽しみ過ぎて、二度寝とか無理だわ」
今日は、待ちに待った牛久先輩を紹介してもらえる日。
悠長に二度寝をかましている暇はない。
滅多に使わない整髪剤を手に、洗面所へと向かう。
「あん?」
「……っ!?」
な、なんだと……っ!
洗面所に、髪を濡らした下着姿の姉貴がいた。
色は水色で、柄は入っていないシンプルなもの。
つまり、合コン仕様ではない。
「何ジロジロ見てんの?」
「お姉さまの美しすぎる肢体に見とれておりました」
半分本当で半分嘘です。
実際、姉貴のスタイルは抜群で、見慣れている俺でなければ普通に目が釘付けになっていただろう。
俺が視線を逸らせなかったのは、純粋に姉貴が早起きしているという事実に対する衝撃によるものだ。
あと普段ならここでも一発強烈な一撃を物理的にくらうのだが、今回それはなし。ここでも約束の効力が発揮されている。マジで嬉しい!
「どこか行くのか?」
何も気にしない様子で髪を乾かし始める姉貴に尋ねる。
「友達と熱海に旅行」
「いいな、熱海」
「でしょ」
都内に住んでいる身としては、定番の旅行先。
新幹線を使わずとも、普通列車で二時間弱もあれば行ける。
まあ、高校生のお小遣いじゃあんまり楽しめないと思うけど。
「あんたは金沢真佳とデート?」
「――まあ、そんなところ」
デートではないと思うが、限りなくそれに近いものにはなのは確かだ。
「ふ~ん。まあ、頑張んなさいよ」
それから姉貴が出るのを待ってから、せっかくならとシャワーを浴び、整髪剤を使って髪を整える。
ちなみに、この時点で姉貴は家を出ていた。どうやら、一日をフルに使って楽しむ計画らしい。
「さて、俺もそろそろ出るか」
余裕を持って準備を終えた俺も、30分ほど時間を潰してから家を出る。
そして、エレベーターを使ってエントランスホールに出たところで――
「おはよう、見心」
「――っ、おはよう、りりあ」
りりあが俺の目の前に現れた。
これは、偶然なのだろうか。
いや、彼女に限ってそれはない。
これは、待ち伏せだ。
だが、それに狼狽える必要ない。
なぜなら俺には、とっておきの切り札があるからだ。
「悪いな、りりあ。俺は今から金沢先輩とデートなんだ」
「じゃあ、待ち合わせ場所まで一緒について行くね」
は、何言ってんだこの幼馴染は……?




