第7話 対策
金沢先輩と登校すると、案の定、騒ぎになった。
「なあ見心。お前、本当に金沢先輩と付き合ってるのか?」
クラスに入るなり俺を空き教室まで連行した友人の松戸太一が聞いてくる。
ちなみに、サッカー部のそこそこ顔の整った爽やかくんだ。
「まあ、一応な」
「一応って何だよ、一応って!」
一応どころか、疑似交際なのだが、当然そんなことを知らない太一は割とガチトーンで俺を責めてくる。
太一は俺と違って、美少女に夢を見る一般的でかつ健全な男子高校生だ。
そんな彼からすれば、今の俺の態度はさざかしイキっているように映るのだろう。
そして、友人からこのように責められる展開を予期できないほど、俺はバカではない。
ちゃんと、金沢先輩と一緒に色々と疑似交際の設定は考えてある。
「仕方ないだろ、俺だってビックリしてるんだから」
設定はこうだ。
昨日の放課後、俺は突如として金沢先輩から告白された。
最初は自分では釣り合いが取れないと断ったが、彼女の熱烈なアプローチと姉からの打診もあって、付き合ってみることに。
先輩から告白されたのは事実。
美少女は手に余るという意味で不釣り合い。
3000円のパフェという熱烈なアプローチ。
姉が俺を邪険にしないという打診。
嘘は何一つついていない。物は言いようだ。
「くっそ~、何だよそれ~」
事情を聞いて、太一が悔しがりながら続ける。
「でも、お前が金沢先輩とはな~牛久先輩はどうしたんだよ」
太一とは中学時代からの付き合いということもあり、俺の女子の好みについてもよく知っている。
「もちろん、今でも俺の推しだ」
暴力的な姉と束縛的な幼馴染に支配される日々に戻る。
理想的な女性とお付き合いする。
仮に牛久先輩から告白されれば、この選択を迫られ、俺は大いに悩むことになるだろう。
「彼女がいるのによく言ったな」
「幼馴染らしいから大丈夫だ」
「えっ、マジ?」
「マジだ」
どうやら、これは太一にとっても初耳だったらしい。
「でも、やっぱり意外だよ俺は。だって、仙川さんを振ってんだぜ、お前」
中学の頃、俺は一度りりあに告白され、断っている。
太一には牛久先輩のような人が好きだからと伝えているが、実際はそれだけが理由ではない。
付き合えば姉貴の機嫌が悪くなる。そして、待っているのは確実に今以上の束縛だ。
交際を始めた後の未来を考えれば、当然の選択だろう。
「まあ、人生何があるかわからないってことだ」
時計を確認すると、始業のチャイムまで5分を切ったところだ。
「そろそろ戻ろうぜ」
「ああ。いや、最後に一つだけ」
「何だ?」
「気を付けろよ、色々と」
これはきっと、金沢先輩と付き合うことで受ける、男子共の妬み嫉みのことを言っているのだろう。
「心配するな。大丈夫だ」
「やけに余裕そうだな」
今の俺は、暴力的な姉や束縛的な幼馴染から解放されているのだ。
男子共の妬み嫉みごとき、まったく苦でも何でもない。
「とにかく、気を付けろよ」
「ああ」
太一の忠告に空返事で答えてから、クラスへと戻る。
日中は何ともいえない視線を男女問わずクラスメイトから向けられたが、特に問題はなし。
昼休みになると、多少は詮索が入ってきそうなので、昼食は場所を変えよう。そう思い、昼休み開始と共に教室を出ようとしたときだった。
「三島見心はいるか?」
教室前方から、一人の男子生徒が入ってくる。
ネクタイの色が緑なので、金沢先輩と同じ三年生。
あと、俺の代のネクタイは青色だ。
男子生徒は、俺を見るなりこちらへ歩いてくる。
「三島見心。話がある、少し時間をくれ」
まずは名乗るのが先、昼食終わってからでもいいですか、そう言いたいところだが、やめておく。
「わかりました」
相手の心証を悪くしてしまえば、余計にこの後待っているであろう話がややこしくなる。
心配そうに俺を見る太一に大丈夫だと手を上げてみせてから、男子生徒の後に続いて教室を出る。
それから少し歩いてたどり着いたのは体育館裏。
なるほど、この人か。
体育館裏には、二人の男子生徒が待っていた。
一人は知らないが、もう一人はこの学校でも屈指の有名人。
俺に話があるのは、恐らく有名人の方だろう。
俺は我先にと、有名人の先輩へ深々と頭を下げる。
「大船先輩。お疲れ様です」
大船怜治。うちの高校のサッカー部のエースで、普通にイケメン。
制服を着崩しているのはダサいと思うが、成績は普通に良い。
ちなみに、俺と大船先輩は初対面だ。
第一印象を悪くしたくないので、挨拶という名の先制攻撃を仕掛けさせてもらった。
「もういい、顔を上げろ」
「はい」
そう言って、俺はその場に正座する。
「――っ、どうして正座なんだよ!」
「先輩に対する礼儀かと」
本当は俺より5センチほど身長が低い先輩を見下ろしたくないがための行動だが、それをわざわざ口に出して説明する必要はない。
「それで、ご用件は何でしょうか?」
「金沢のことだ」
まあ、この人が俺に用があるとすれば、それしかない。
「お前、本当にあの金沢と付き合ってるのか」
「はい。自分でも信じられませんが」
俺の答えを聞いて、大船先輩が露骨に表情を歪める。
「何で、お前みたいなやつと……」
俺と大船先輩、どっちが彼氏として相応しいかと問われれば、俺でも真っ先に大船先輩と答える。
大船先輩自身としては、金沢先輩が自分ではなく俺を選んだという事実が受け入れられないのだろう。
それは俺も同感だ。
「俺自身、金沢先輩に釣り合っていないという自覚はあります。だから、断ろうとしたんです」
「何だよ。金沢がお前にこれでもかってほど言い寄ったってことか? 何だ嫌みか?」
「いえ、金沢先輩は素直に引いてくれました。ただ……」
金沢先輩から大船先輩が突っかかってくる可能性が高いという話は聞いていた。
そして、その話を聞いた時点で、俺は絶対的な対策を考えていた。
「姉貴が、付き合えって言ったので」
「姉貴……お前の姉貴って、まさか……っ!?」
理解が早くて助かるな。
「そうです、三島叶です。俺、弟なんですよ」
「嘘、だろ……」
姉貴の名前を聞いて、大船先輩が顔を青ざめさせる。
大船先輩は昔、姉貴に告白したことがある。
その結果、残酷にもほどあるというレベルでボロカスに言われて振られてしまっている。
大船先輩にとって、姉貴はトラウマなのだ。
「姉貴の性格をご存じなら、色々と察してくれませんか?」
「――っ、わ、わかった……」
本当は引きたくなどない。だが、こればかりは仕方がない。
俺と金沢先輩を無理やり引き裂こうものなら、後が怖い。
そんなところだろうか。
念のため、大船先輩の取り巻きにも視線を送ってみるが、彼らもまた姉貴のことはよくわかっているようで、特に何も言ってこない。
取り巻き二人に連れられる形で、大船先輩がこの場を去っていく。
これで一件落着だな。
俺も少し時間を置いてから、校舎の中に入る。すると――
「見つけた……っ!」
僅かに息を切らした金沢先輩が、俺のところまでやって来る。
「どうしたんですか?」
「大船くんが、そっちに行ったって聞いたから」
「心配してくれたんですね。ありがとうございます」
「大丈夫だった?」
「はい。姉貴の名前を出したら、あっさりと引いてくれました」
「そ、そう……」
金沢先輩が一瞬だけ引きつった笑みを見せるが、すぐに表情を元の凛としたものい切り替える。
「とりあえず、大事にならなくて良かったわ」
「はい。犠牲になったのは俺の昼休みだけです」
「お詫びに、学食で何か奢ろうか?」
「大丈夫です。弁当あるので」
完食しないと、母親に何と言われるか。
怒らせると、姉以上に恐ろしい。
「それじゃ、俺はこれで」
「待って、最後に一つだけ」
「何ですか?」
「今度の土曜日、空いてる?」
「空いてますけど」
「それじゃ、時間を空けておいて。約束通り、夕子を紹介してあげる」
えっ……マジで?
「絶対に空けておきます」
俺は叫びたくなる感情を抑えながら、至って冷静に答えるのだった。




