第6話 姉と幼馴染
そろそろ来る頃かな。
私、三島叶は玄関から出ると、廊下であの女がやって来るのを待つ。
ほら来た。
廊下の突き当りから、エレベーターが扉を開ける音が聞こえてくる。
エレベーターから降りてきたのは、無表情の仙川りりあだった。
あの女から表情が消えているのは、気が狂いそうなほど怒りを抱えているときだということを私は知っている。
多分、愚弟も気づいているとは思うけど、仙川りりあに待ち伏せするよう仕向けたのは私だ。
狙いは言うまでもなく、きっぱり彼女ができたと宣言させることで、金沢真佳にさっそく女避けとしての役割を果たしてもらった。
そしてその効果は思った通り抜群、最高。
心の中で、意地の悪い笑みを浮かべる。
「わざわざお出迎えですか、お姉さん」
「いあ~、プレゼントどうだったかなって」
「――っ」
私の挑発に、仙川りりあが一瞬だけ露骨に表情を歪める。
「その様子だと、喜んでもらえた感じかな?」
「はい。とっても素敵なプレゼントでした」
「なら良かった。でもそう思うんだったらもう少し笑いなよ」
「あれ、私、笑ってないですか?」
笑っていない。それどこから、私に対する殺意が漲っている。
そろそろ、本題に入った方が良さそうね。
「彼女ができたことだし、そろそろあいつに付きまとうのは止めてくれない?」
私は、仙川りりあが嫌いだ。
昔から私に対して生意気な態度を取ってくるし、何よりあいつに対する執着が異常で、はっきり言って理解に苦しむ。
本人はその執着を恋故だと思っているようだけど、私から見れば冗談じゃない。
私もあいつを十分に苦しめている自覚はあるけど、この女のそれは次元が違う。
もし、りりあとあいつが付き合うことになったとしたら――
考えるだけでも恐ろしい。ストレスで、絶対にあいつは狂ってしまう。
それに、この女が私の義妹になるなど、あり得ない。
「嫌だと言ったら、どうしますか?」
少しだけ間をおいてから、仙川りりあが逆に問い返してくる。
「今まで通り、全力であんたからあいつを遠ざける」
この女が気づいているかどうかはわからないけど、実は高校が別々になるよう色々と根回しをしたのは私だ。
かなり苦労したが、その効果は絶大で今では運悪くあいつが外で鉢合わせしても以前より付きまとわれなくなっている。
とはいえ、この女は本当にしつこい。隙さえあれば、すかさずあいつに近づこうとする。
まだ、この女が完全に手を引いたわけではない以上、今後もこの女の妨害は続けていく。もちろん、金沢真佳を巻き込んで。
「そうですか、わかりました」
無表情のまま頷くと、仙川りりあが私に背を向ける。
「最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「仕方ないな。聞いてあげる」
「金沢真佳さんは、本当の彼女じゃないですよね?」
「――は? 何言ってるの?」
真実を察している。だけど、根拠など何一つ与えていない。
思わず、警戒心が強まりが声に現れる。
「わかりませんか?」
「ええ。わからないわね」
「仕方ないので、教えてあげますね」
さっきの意趣返しか、上から目線気味に仙川りりあは答える。
「お姉さんが、あんな可愛い子を見心の彼氏として認めるわけがないじゃないですか?」
憎たらしいことに、どうやらこの女は私の事をよくわかっているらしい。
確かに、私は美少女が嫌いだ。
美少女側にいた私だからわかる。私とこの女を含め、今まで関わってきた美少女たちにはロクなやつがいなかった。
昔から、周囲にちやほやされて、大切に育てられたからなのだろう。他の同性と比べて圧倒的に自尊心が強い。
正直、同性の私ですら、付き合うのが面倒だと思う瞬間が多々ある。それほどまでに、美少女という人種は面倒くさい。
愚弟と罵るだけあって、あいつは私より劣っている部分は沢山ある。
けれど、見た目が奇麗なだけでに花を伸ばさない点に関してだけは、よくわかっていると褒めてあげたい。
長年、私とこの女に苦しめられているだけはある。
だからこそ、金沢真佳のことをあいつの彼女として認められない。
今の時点では問題なくても、いずれ必ず本性が出てくることになる。
美少女とはそういうものだ。とはいえ――
「私は、金沢真佳には感謝しているの」
「感謝、ですか?」
嘘ではなく、これは紛れもない本心だ。
まず第一に、あの子が彼女役になってくれているおかげで、こうしてこの女の暴走を抑える抑止力となっている。
そしてもう一つは、私自身のため。
「いい加減、私も弟離れをしないといけないからさ」
小さい頃は、特に不自然だとは思わなかった。父親を文字通り尻に敷く母親を見て育ったせいか、あいつをこき使うことを不思議に思わなかった。
けれど、時間が経つにつれて、自分たちの関係性が悪い意味で異常だということに気づかされた。
普通の姉弟は、私たちのように姉が弟に過度なスキンシップを取ったりはしないし、弟が姉にビビり散らかすこともない。
いつだったか。仲睦まじい姉弟を見て、羨ましいと思う自分がいることに気づいた。
最初は、自分の衝動を抑えようとした。だけど、長年しみついた本能は中々消えてくれず、私に強い自制心を強制できるようなきっかけを探していた。
どんなに認めたくない美少女でも、金沢真佳が変わるきっかけをくれたことには変わりない。
「納得した?」
「――」
仙川りりあは何も答えない。
今の説明には納得していないだけは、確かだろう。
「そろそろ行かないと遅刻するので。では」
仙川りりあは最後にそう言ってから、私の目の前から立ち去った。
※※※
良かった。
エレベーターに乗り込んでから、私、仙川りりあは口元に小さな笑みを浮かべる。
見心と金沢真佳は、本当のカップルではない。
あの女――三島叶が、弟離れなどというしょうもない理由で、正式に付き合うことを許すわけがない。
本人は気づいていないかもしれないが、あれは重度のブラコンだ。ブラコンの姉ほど、彼を狙う人間にとって邪魔な存在はいない。
「さて、どうしようかしら」
正式に付き合っていないとわかった以上、早めに二人には今の関係を解消してもらう必要がある。だって――
「あの女、絶対に見心のこと好きになるから」
見心は魅力的なのだ。本人が思っている以上に。




