第2話 要求
俺は昔から女運が悪い。いや、正確にいうなら美少女運が悪いというべきか。
今まで出会ってきた美少女と称される異性のせいで、何度も酷い目にあい続けた。
具体的な被害の内容は話せば長くなるし、そのうち話すことになると思うので今は割愛する。
とにかくここで伝えたいのは、俺にとって美少女は女難の象徴であり、現在進行形で災いが近づいていることだ。
「どうしたの、食べていいのよ?」
目の前に置かれた、ウルトラデラックスチョコレートパフェ(約3000円)を見ながら、金沢先輩が俺に造り笑顔を向けてくる。
ファミレスのスイーツを奢るから、話だけでも聞いて欲しい。
昇降口まで逃げたところで、そう泣き脅しされ、断れなくなってしまった結果がこれだ。
当然、恩を売られないよう、最も安い300円のチョコレートケーキを注文しようとした。
だが、ご馳走されるスイーツの選択権は俺になかったらしく、メニュー中で最も高いものを金沢先輩が一方的に注文した。
恩着せがましい展開この上ないが、こうなった以上、手をつけないわけにはいかない。
金沢先輩の機嫌を損ねては面倒だし、何より手間をかけて提供してくれたお店側に申し訳ない。
「どう、おいしい?」
手を付けて少ししたところで、再び金沢先輩が造り笑顔を向けてくる。
ひたすら甘いのが続くと思っていたが、食べ進めていくとコーンフレークやチョコレートのスポンジが入っていて、飽きないような工夫がしっかりされている。
これは素直にファミレスに対して敬意を示さなければならない。
「おいしい、です」
「そう、よかった!」
わざとらしく喜んで見せる金沢先輩を恨めしく思いながら、絶品のパフェを完食する。
普通においしかったです。やっぱり3000円は伊達じゃない。
「それじゃ、聞いてもらおうかしら」
すぐさま財布から1000円札を三枚出そうとするが、手首を掴まれる。
「紅茶も一杯、追加で必要そうね」
「いえ、そこまでは……」
「すみません。ダージリンとアールグレイを一つずつお願いします」
くそ、これでアールグレイ一つだけだったら、俺ダージリン派なんでと言ってやり過ごせたのに、抜け目がない。
「いい加減。勘弁しなさないよ。それに、さすがにそこまで拒絶されたら、私だって……」
潤んだ瞳で俺を見てくるが、俺は騙されない。これは演技だ。しかし――
「わかりましたよ」
同じ学校の生徒こそいない場所を選んだが、この時間帯のファミレスは高校生のたまり場だ。
美少女を嫌がる俺に向けられる男どもの妬みの視線がいくつか感じられる。
「それで、俺に話って何ですか?」
投げやりに尋ねると、金沢先輩は姿勢を正す。
「屋上で言ったことの繰り返しだけれど、私と付き合って欲しいの」
「それって、男避けとかですか?」
「察しが良くて助かるわ」
普通に考えて、金沢先輩のような美少女が俺みたいなやつに本気で恋をするわけがない。
金沢先輩は普通にモテる、本気で恋をするならそれはイケメンに限るというものだ。
そうなると、俺と付き合いたい理由など男避け目的しか考えられない。
「男避けが必要な理由を聞いても?」
「実は私、女優デビューするの」
「へ~」
「驚かないのね」
「まあ、なくはない話かと」
撮影の現場に芸能関係者が来て、事務所にスカウトされる。頻度はともかく、芸能界では普通にある話だろうし、金沢先輩なら納得だ。
「女優としての活動に専念したいから、恋愛にかまけている暇はない。そんなところですか?」
「付け加えるなら、プライベートはほぼ仕事だから、学校にいる時間だけでもしっかり勉強に時間を割きたい」
「なるほど」
確かに、月に二、三回は告白されているし、教室内でもよく男子生徒に話しかけられたりしているのだろう。
読者モデルの仕事に、女優としての活動が加わるとなると、男避けが欲しくなっても不思議ではない。
「男避けが必要な理由はわかりました。でも、なんで俺なんですか?」
イケメンが相手役なら周囲も納得するだろうが、俺ではそうはいかないはずだ。
「あなた、絶対に私の事を好きならないでしょ」
「なるほど……」
つまり、俺が美少女嫌いだからということか。
確かに、純粋な男避けとしてはイケメンに越したことはないが、その相手が金沢先輩を好きにならないとは限らない。
その点、俺なら絶対に彼女のことを好きになったりはしない。
彼女が何に重きを置いているのかはわかった。わかったが――
「俺がそれを引き受けると?」
理にかなっている部分があるのは確かだが、そもそも美少女嫌いの俺がそんな話を引き受けるわけがない。
「当然、見返りは用意しているわ」
どうやら、俺に引き受けさせるようなものを用意しているらしい。
「夕子を紹介してあげる」
「夕子……?」
「そう、牛久夕子」
「――っ」
想定外のカードが切られたことに、俺は一瞬言葉を失う。
「あなたのタイプでしょ?」
牛久夕子。金沢先輩と同学年で、美少女ではないが、おっとした雰囲気と少しぽっちゃり気味で包容力がある感じの素敵な女性。
性格も俺の期待を裏切らず、穏やかで優しいらしい。
美少女に苦しめられ、女性に癒しを求める俺にとって、牛久先輩は理想的な女性なのだ。
そして、奇しくもお近づきになれたらと密かに思っていた相手でもある。
思わず提案に頷いてしまいそうになる自分を押さえつけながら、俺は尋ねる。
「金沢先輩と牛久先輩に接点はないと思いますが?」
牛久先輩には申し訳ないが、彼女は金沢先輩とは住む世界が違う。
金沢先輩はクラスでいつも人目を惹く存在であるのに対して、牛久先輩はクラスの端の方でお友達と他愛のない会話をひっそり楽しむタイプだ。
「私と夕子は幼馴染なの」
「へ~、幼馴染。は……?」
「家が近いのよ」
「いや、でも学校では」
「学校ではあまり話さないけれど、家ではよく話すわよ」
そう言って金沢先輩がスマホのトーク画面を見せてくる。
そこには先輩二人の和気あいあいとした会話があった。
「これで信じてくれた?」
これは信じざるをえまい。だが――
「金沢先輩と疑似交際することはできません」
牛久先輩を紹介してもらえるとしても、やはり金沢先輩の提案を受け入れるわけにはいかない。
「夕子にだけは、ちゃんと疑似交際だって伝えるわよ?」
「そうじゃありません」
今の時点で思いつくだけでも、提示されるメリット以上のデメリットがある。
そしてそのデメリットは、俺を現在進行形で苦しめている美少女二人がもたらす災難に等しいものがある。
誰も俺を苦しめていない状況ならまだ知らず、今の状態では、とてもではないが受け入れることはできない。
「金沢先輩には申し訳ありませんが、本当に無理なものは無理です」
言葉を尽くし、本当に提案は受け入れられないと伝えると、金沢先輩の顔から笑顔が消える。
「そう……わかったわ」
「すみません」
「いいわ、気にしないで」
てっきりもう少しごねられるかと思ったが、金沢先輩は意外にもあっさりと身を引いた。
それが逆に怖くもあるが、今はありがたくこの状況を受け入れるべきだろう。
「悪かったわね、無理に付き合わせてしまって。私はもう少しゆっくりしていくから、先に帰っていいわよ」
「そ、そういうことなら」
「あと、代金は約束通り私持ちね」
「いや、さすがにそれは」
「ここは私持ち、いいわね?」
有無を言わせぬ力強い視線に、仕方なく頷きポケットから出しかけていたお札を戻す。
「では、俺はここで」
小さく金沢先輩が手を上げ、スマホの画面を除き始めたところで、俺は店を後にするのだった。




