第1話 呼び出し
午後16時過ぎ。教室内に放課後の到来を告げるチャイムが鳴り響く。
放課後に地獄のような部活の練習や、鬼のような家庭教師の授業でもない限り、ほとんどの生徒にとって、それは至高の瞬間だ。
かくいう俺、三島見心にとっても、普段は皆と同じはずだった。
(どうするかな、これ……)
帰り支度を済ませたところで、スマホのメッセージアプリを開く。
金沢真佳:今日の放課後、屋上に来て欲しい
金沢真佳:大事な話があるの
表示されるのは、早朝に届いていたメッセージ。
送り主は、学校で屈指の美少女と評される先輩を名乗る人物。
件の先輩との接点は全くなく、連絡先を交換した覚えはない。
(多分、何かのいたずらだろう)
自分で認めたくはないが、俺はモテない。
何の接点もない美少女と評される女子生徒に呼び出されるなど、現実的に考えてあり得ないだろう。
そう踏んで、友達登録はせず、返信は返していない。
本当に大事な話があるのなら、メッセージに既読を付けてから半日以上経っている時点で、向こうから何かしら追加のアクションがあるはずだ。
それが何もないというのだから、やはりいたずらと考えるのが妥当だろう。
帰宅部の俺は、部活のある友人たちと別れの挨拶を済ませてから、教室を出る。
500人を誇る同期の生徒たちが右往左往する賑やかな廊下を進み、昇降口で自分の下足箱の蓋を開ける。
(何だこれ?)
今朝、見た時にはなかった一通の便箋が、下足箱の中に入っている。
嫌な予感を覚えながらも便箋の中身を確認してみると――
絶対に来てね(金沢真佳)
件のメッセージの送り主と思われる人物からのお手紙だった。
文字は実に達筆で、書道の腕があるという彼女の噂を見事に裏付けている。
メッセージアプリでは俺の信頼を得られないと踏んで、こうして物理的なコンタクトを取ってきたということか。
(マジでどうする……?)
いよいよ、これは本人からのものだという可能性が高くなってきた。
だが、仮に相手が本物だったとすれば、本当に厄介だ。
美少女というやつは、厄介事しか運んでこない。
できることなら、美少女とは関わりたくない。しかし――
(行くだけ、行ってみるか)
関わりたくないという感情とは裏腹に、俺は靴を履き替えることなく下足箱の蓋を閉め、足先を屋上へと向ける。
このまま無視して帰路につけば、後々もっと面倒なことになる。俺の直感が、そう告げたのだ。
願わくば、何かのいたずらであって欲しい。
そんな淡い期待とともに、屋上へ繋がる扉の取っ手を持ち、ゆっくりと扉を開いた、その瞬間。
「遅い……っ!」
校内屈指の美少女と名高い金沢先輩が、頬を膨らませながらそう言った。
※※※
金沢真佳。校内で屈指の美少女と評され、現役の読者モデルを務める先輩。
放課後に仕事が入ることが多いせいか、友人はそれほど多くなく、校内に一人でいることも多いと聞く。
「それで、そんな先輩が俺に何用ですか?」
「そんなって何よ……というか、遅れたことに対する謝罪はないのかしら」
謝罪も何も、指定されたのは放課後とだけで、何時とまでは指定されていない。
と、正論を振りかざすのは愚の骨頂だ。
「すみません。以後、気を付けます」
「誠意が感じられないんだけど」
「本当に申し訳ございませんでした」
身体を直角近く曲げ、誠意を見せる。
美少女という生き物は、とにかくプライドが高く、口答えされることを嫌う。
たとえ、相手に非があったとしても決して口答えをしてはいけない。
素直で謙虚で優しく、男の意見に耳を傾けてくれる美少女など、一生のうちに一人出会えるか出会えないか。
そして、一生出会えない確率の方が圧倒的に高いだろう。
だからこそ、そういった美少女がラノベのヒロインとして描かれるのだ。
「その態度、聞いてた通りね」
何を聞いたのかはさておき、気は収まったみたいなので、頭を上げる。
改めて見ると、やはり美少女だ。
肩のラインまで伸びるセミロングの黒髪に、顔立ちは切れ長の瞳が印象的な大人びたもの。
肌はシルクのように白くきめ細く、160センチ代後半はありそうな身体のラインは華奢過ぎず実に健康的だ。
「何よ、じろじろ見て」
「流石はモデルだなと。制服の着こなしとか」
冗談抜きで、この学校の誰よりも似合っていると思う。身にまとう紺色のブレザーが嬉しそうに見えるのは俺の錯覚ではないはずだ。
俺の言葉を冗談と受け取ったのか「あっそ」と言ってから、金沢先輩は続ける。
「前置きはこれくらいにして、本題に入るわ」
是非お願いします。
「単刀直入にお願いするわ。三島見心くん。私と恋人になってくれない?」
「すみません無理です他を当たってください」
「えっ――」
全く呼吸を入れることなく断ると、俺は金沢先輩に背を向け屋上を後にする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……っ!」
金沢先輩が走って俺の前に立ち塞がる。
「は、話は最後まで聞きなさないよ……っ!」
息を荒げる金沢先輩を見て、俺はその場でため息をつく。
金沢先輩と付き合うとかマジでない。
仮にそれが演技だったとしても。
だって俺は、美少女が大嫌いだから。




