第7話「厨房の革新と新しい朝」
レオンがミクの作った玉子雑炊を見事に完食したという知らせは、王宮中に驚きをもって瞬く間に広まった。
それまで何百人という名だたる料理人たちが挑み、悉く敗れ去ってきた皇帝の絶対的な偏食。それを、どこから来たのかもわからない見知らぬ小柄な少女が、ありふれた食材で作った一皿で打ち破ったのだ。
翌朝、第一厨房の空気は一変していた。
バルトを筆頭に、数十人の料理人たちがミクを囲むようにして立ち、期待と尊敬の入り交じった眼差しを一斉に向けている。
「ミク殿。本日の陛下の朝食だが、どのような献立でいくおつもりか」
バルトの態度は、昨日の初対面の時とは打って変わり、礼儀正しく、教えを請う弟子のようだった。他の料理人たちも固唾を飲んでミクの言葉を待っている。
「バルト料理長、そんなに畏まらないでください。私はまだまだ勉強中の身ですから」
ミクは恐縮して両手を振ったが、バルトは頑なに首を横に振った。
「いや、あの澄み切ったスープと絶妙な火加減。料理の道を何十年と歩んできた私にも、真似できるものではない。これからはミク殿がこの厨房の最高指揮官だと思って指示を出していただきたい」
職人気質のバルトがそこまで言うのなら、とミクは腹をくくった。
『皇帝陛下の体調は少し上向いたけど、まだ普通の食事に戻すには早い。しばらくは消化に良くて、少しずつ栄養価を上げていくメニューを組まないと』
ミクの神の舌が、昨日のレオンの顔色や声の張り、唇の乾燥具合といった情報を元に、現在の彼の胃腸の状態を精密に分析していた。
「わかりました。それでは、今日の朝食は『鶏団子と根菜のスープ煮込み』にしましょう。昨日よりも少しだけ肉の食感を足して、噛むことで胃腸の動きを活発にします。それと、パンではなく、昨日使ったあの白い穀物を柔らかく炊いてお粥にします」
「承知した。材料の手配はすぐにさせよう」
バルトが素早く部下たちに指示を飛ばし、厨房はたちまち活気に満ちた戦場へと変わる。
ミクが材料庫へ向かうと、そこには異世界特有の未知の食材が所狭しと並んでいた。紫色の巨大なカボチャ、トゲのある奇妙な魚、光を放つキノコ。どれもこれも、日本のスーパーでは絶対にお目にかかれないものばかりだ。
しかし、ミクには恐れがなかった。神の舌を通じて食材を見つめるだけで、それがどんな毒を持ち、どんな旨味を秘めているかが直感的に理解できるからだ。
『このオレンジ色の根菜は、人参に似てるけど甘みが強い。これをすりおろして鶏団子に練り込めば、肉のパサつきを抑えてふっくらと仕上がるわ』
ミクは腕まくりをし、自らも包丁を握った。まな板の上で、小気味よいトントントンという軽快な音が響く。彼女の包丁さばきは正確無比で、根菜はあっという間に均等な大きさの千切りになり、鶏肉は見事なミンチへと姿を変えていく。
「見事だ……。無駄な動きが一切ない」
作業の手を休めた料理人たちが、その鮮やかな手付きに感嘆のため息を漏らす。
ミンチにした鶏肉に、すりおろしたオレンジ色の根菜と、わずかな塩、そしてつなぎとして卵の白身を加える。ボウルの中で粘り気が出るまで素手でよく練り上げ、一口大の団子状に丸めていく。
一方、鍋では昨日と同じように透明な出汁が沸々としている。そこに丁寧にアクを取りながら鶏団子を落とすと、出汁の熱で団子の表面がキュッと締まり、肉汁をしっかりと閉じ込めた。
さらに、カブに似た白い根菜と、少しだけ厚めに切った青ネギを加えて弱火でコトコトと煮込む。
厨房の中に、鶏肉のコクのある香りと、野菜の優しい甘みが溶け合った匂いが充満していく。昨日よりも一段と力強く、けれど決して胃に負担をかけない穏やかな香りだ。
「よし、火加減は完璧。野菜も串がすっと通るくらい柔らかくなりました。仕上げに、この香ばしい油を少しだけ……」
ミクが小瓶から数滴の琥珀色の油を垂らすと、スープの表面に小さな油膜が広がり、胡麻に似た香ばしい匂いが弾けた。
「完成です。すぐにお持ちしましょう」
ほかほかと湯気を立てるスープ煮込みと、白く輝くお粥を盆に乗せ、ミクはバルトと共にレオンの寝室へと急いだ。




