エピローグ「ピクニックと変わらない温もり」
それから数年の月日が流れた。
王宮から少し離れた、緑豊かな丘の上。春告樹の花びらが風に舞う柔らかな日差しの中、大きなピクニックシートが広げられていた。
「レオン、お弁当ができましたよ」
ふわりとした白いワンピースを着たミクが、大きな柳の籠を抱えてやってくる。その指先には、皇妃の証である美しいサファイアの指輪が光っていた。
「待っていたぞ。今日の献立はなんだ」
木陰で本を読んでいたレオンが、顔を上げて優しく微笑む。彼の体格はすっかり逞しくなり、かつての病的な細さは微塵も感じられない。
ミクが籠を開けると、そこには色とりどりの食材が美しく詰められたお重が顔を出した。
「今日は特別ですよ。レオンが一番好きな、あの時の温かい玉子雑炊を、冷めても美味しいお弁当の形にアレンジしました」
ミクが取り出したのは、黄金色の出汁で炊き込んだご飯を薄焼き卵で包んだ、可愛らしい茶巾寿司のような料理だった。それに加えて、あの晩餐会で大絶賛された黒紫のソースを絡めた鶏肉のローストや、旬の野菜をふんだんに使ったマリネがぎっしりと詰まっている。
「ほう。これはまた、食欲をそそる匂いだな」
レオンは目を細め、ミクから手渡された箸を受け取る。
まずは薄焼き卵の包みを一口。口の中に入れた瞬間、あの初めて食べた時の、胃の奥まで沁み渡るような鶏の出汁の深い旨味と、卵の優しい甘みがふわりと広がった。冷めているのに、不思議なほどに温かい気持ちになる味だ。
「……美味しい。何度食べても、お前の料理は私の心を満たしてくれる」
レオンが心底幸せそうに目を閉じると、ミクも隣に座り、同じお弁当を口に運んだ。
「神の舌がなくても、レオンの好きな味はもう、私が一番よくわかってますから」
ミクが少し得意げに笑うと、レオンは手を伸ばし、彼女の頬についたご飯粒を指先ですくい取った。
「そうだな。お前が作ってくれる限り、私はどんな食事も最高の晩餐として楽しむことができる」
柔らかな春の風が、二人の間を通り抜けていく。
かつて孤独と飢えに苦しんでいた青年と、平凡な日常から放り出された少女。二人が出会い、食卓を共にする中で育んだ愛は、今、確かな幸せとなってここにある。
丘の上には、いつまでも二人の穏やかな笑い声と、美味しい料理の匂いが優しく漂っていた。




