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神の舌を持つOLの異世界クッキング〜偏食の皇帝陛下を極上ご飯で餌付けしたら、胃袋も心も掴んで溺愛されました〜  作者: 黒崎隼人


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第10話「破壊された食材と絶望の厨房」

 レオンの宣言を受け、王宮の第一厨房はかつてないほどの緊張と熱気に包まれていた。


「いいか! 明日の晩餐会は帝国の威信がかかっている。ガルディアの豚どもの度肝を抜く料理を用意するぞ」


 バルトが怒号を飛ばし、数十人の料理人たちが一斉に返事をして仕込みに取り掛かる。ミクもまた、総料理長という大役に震えながらも、神の舌をフル回転させてメニューの構築を急いでいた。


『使節長は脂っこくて味の濃い肉料理を好むはず。でも、皇帝陛下にはそんな胃に負担のかかるものは出せない。両方の舌を満足させるには、旨味の相乗効果で圧倒するしかない……』


 ミクの頭の中で、膨大な食材の組み合わせがパズルのように組み上がり、完璧なコース料理の青写真が完成していく。

 メインディッシュに選んだのは、帝国の特産である「幻狼鹿」のロースト。肉質は極めて柔らかいが、その分、特有の野性味が強い。それを消し去り、さらにガルディアの貢物である「幻の黒胡椒」をも凌駕する香りを与えるため、ミクは宝物庫に保管されていた帝国最高峰の熟成スパイスと、希少な蜂蜜を煮詰めた特製のソースを作る予定だった。

 前菜からデザートまで、一つも隙のない完璧な献立。誰もが成功を疑わなかった。


***


 しかし、事態は翌日の朝、最悪の形で裏切られることになる。

 ミクが厨房の扉を開けた瞬間、焦げ臭い匂いと、鼻をつく酸い匂いが充満していた。


「……嘘、でしょ」


 ミクは持っていた仕込み用のノートを取り落とし、立ち尽くした。

 調理台の上に並べられていたはずの「幻狼鹿」の最高級の肉塊は、何らかの酸をかけられたように表面がドロドロに溶け、無残な姿をさらしている。ソースに使う予定だった熟成スパイスの瓶は床に叩きつけられて粉々になり、希少な蜂蜜の樽には泥水が流し込まれていた。

 メインディッシュの要となる食材が、一夜にしてすべて台無しにされていたのだ。


「ミク殿! これは一体……!」


 遅れて厨房に入ってきたバルトが、惨状を見て顔面を蒼白にした。他の料理人たちも次々と集まり、絶望の声を上げる。


「夜間警備の兵が、ガルディアの服を着た何者かが厨房から逃げ出すのを見たそうです」


 アルフが息を切らして駆け込んできて、ギリッと壁を殴りつけた。


「卑怯な真似を! 正々堂々と味で勝負する気など、最初からなかったんだ! すぐに兵を動かして使節団を拘束……!」


「待って、アルフさん」


 ミクの静かな、けれど芯のある声が厨房に響いた。


「今、ガルディアを責めても証拠がない。向こうはシラを切るだけだし、晩餐会を中止にすれば、向こうの思うツボです。『帝国はまともな料理一つ出せないから、自ら食材をダメにして逃げた』って言いふらされるだけよ」


 ミクはゆっくりと歩み寄り、泥水の浮いた蜂蜜の樽と、粉々になったスパイスの瓶を見下ろした。震える両手を強く握りしめる。彼女の中で、料理を冒涜されたことへの静かな怒りと、絶対に諦めないという料理人としてのプライドが燃え上がっていた。


「ミク殿、しかし……メインの食材が全滅だ。今から手配しても、とても夜には間に合わない」


 バルトが苦渋に満ちた声で言う。


「……ありますよ、食材なら」


 ミクはバルトに向き直り、きっぱりと言い放った。


「宝物庫になくても、この王宮の庭園や、裏の森に。私には見えます。どんな名もなき草花でも、どんな見向きもされない木の実でも、極上の味に変わる可能性が」


 ミクの神の舌が、彼女の決意に呼応するかのように激しく脈打つ。高級食材という前提をすべて捨て去り、今、手に入るものだけで最高のフルコースを再構築する。それは、並大抵の料理人には不可能な、神業とも言える挑戦だった。


「バルト料理長、厨房の全員にお願いします。今すぐ、私がリストアップした野草と木の実を、庭園中から集めてきてください! 泥臭い根っこでも、酸っぱいだけの実でも構いません。必ず、最高のソースにしてみせます」


 ミクの気迫に押され、バルトは大きく頷いた。


「わかった! お前たち、聞いたな! 総料理長の指示に従え! 帝国の厨房の意地を、ガルディアの豚どもに見せつけてやれ」


 厨房中の料理人たちが決意のこもった雄叫びを上げ、凄まじい熱気とともに再び動き出した。

 ミクは残された無事な食材の中から、鶏に似た小ぶりな家禽と、畑の片隅に埋まっていた形の悪い芋を引っ張り出した。高級な幻狼鹿の代わりにはならないかもしれない。だが、ミクの頭の中にはすでに、これらを極上のメインディッシュに昇華させるための、まったく新しい調理法が閃いていた。

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