「Eyes」2
お疲れ様です。琥西です。
二回目の投稿になりました。
我ながらここまで書いていることに感動しています。
今日、作品の視聴数を拝見させていただきました。
そこで、私の作品を見てくださる方がいた事が、何よりも嬉しく感じました。
そんなことより、お話です。
「Eyes」2 琥西 零
街で起きた連続放火事件。
偶然その現場に居合わせた高校生・神谷瞳真は、
“神格者”と呼ばれる異能の存在と対峙することになる。
炎を操る犯人。
次々と失われていく命。
その極限の瞬間、瞳真の瞳は――真実を見る力に目覚めた。
相手の能力、条件、そして代償。
すべてを見抜く異質な瞳。
戦いの果てに生き残った瞳真は、
知ってしまう。
この世界には、
神に選ばれた者たちが存在するということを。
そしてその裏で、
“イルミナティ”と名乗る謎の組織が、
新たな神格者の誕生を静かに観測していた――。
第二眼 「神格者と来訪者」
――朝。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに眩しい。
(……夢じゃ、なかったんだな)
ベッドの上で仰向けになったまま、瞳真はゆっくり瞬きをする。
その瞬間、目の奥にズキッとした鈍い痛みが走った。
(……っ、やっぱ来る)
力は得た。
確かに、あのとき“見えた”。
でも――
(それより、目が痛ぇ……)
瞳を閉じても、開いても、重い。
焦点が合わない。
まるで一晩中、画面を見続けた後みたいな疲労感。
(目薬、常備しないと無理だろこれ……)
枕元に置いた点眼薬に手を伸ばしながら、心の中でぼやく。
(神格者とか言われてもさ……代償デカすぎだろ)
少し泣きたくなった。
いつもと変わらない通学路。
いつもと変わらない制服。
いつもと変わらないクラスメイトの声。
――なのに。
(全部、昨日の続きに見える)
人の表情。
視線の動き。
意味のないはずの仕草。
“見よう”としなくても、
情報が勝手に入り込んでくる感覚に、瞳真は小さく息を吐いた。
(……慣れねぇな)
冬に話しかけられても、どこか上の空で返事をする。
「おい、瞳真? 今日テンション低くね?」
「……気のせいだ」
本当は、
目の奥がずっと、熱を持っているだけだった。
チャイムが鳴り、教室が一気に騒がしくなる。
その中で――
ひとり、浮いている存在がいた。
窓際。
俯きがちで、指先をぎゅっと握りしめている少女。
瞳真は、なぜか目を逸らせなかった。
(……なんだ?)
次の瞬間。
「――あの」
小さく、でも必死な声。
顔を上げた少女と、瞳が合う。
澄んだ色をした瞳。
けれど、その奥には――はっきりとした怯えがあった。
「助けてください」
その一言で、
教室の音が、すっと遠ざかる。
「追われてるんです……」
震える声。
逃げ場を失った人間の目。
(……まずい)
瞳真は直感する。
――この子は、
昨日の“向こう側”にいる。
そして。
(来た、な)
神格者の世界が、
向こうからこちらへ――踏み込んできた。
「……どうしたの?」
休み時間の教室。
俺がそう声をかけると、目の前の少女――一宮澪は、ぎゅっと制服の袖を握りしめた。
「た、助けてください……追われてるんです」
「追われてる?」
「……彼に」
その一言で、俺の中に一瞬、冷めた思考が走る。
あー、なるほど。
カップルの問題か。
正直に言えば、今の俺には関係ない。
できれば首を突っ込みたくもない。
……はずだった。
だが、俺の目は誤魔化せなかった。
澪の瞳の奥。
そこには、はっきりと“神格者”の気配がある。
(彼女は神格者だ)
しかも、今の話しぶり。
相手の存在を隠しているようで、隠しきれていない。
(……もしかして、彼も?)
そこまで考えたところで――
「なーにやってんだ瞳真。新しい彼女?」
能天気な声とともに、冬が割り込んできた。
「ち、ちげえよ!」
「ち、違うんです……!」
俺と澪の声が、見事にハモる。
「お、息ぴったりじゃん」
「うるせえ!」
澪は慌てて首を振り、顔を真っ赤にしている。
挙動不審すぎて、逆に怪しい。
……が、空気は一瞬だけ和らいだ。
そして――
話はいつの間にか、要点だけが冬の頭に入っていたらしい。
「なるほど、そういうことか」
冬は腕を組み、妙に納得した顔で頷く。
「それなら――彼女護衛作戦だな」
「「護衛!?」」
俺と澪は同時に声を上げた。
(は?)
俺の頭の中は一気に騒がしくなる。
――まさかこんなところで、神格者の手助けをするとは思わなかった。
いや、待て。相手は神格者だ。
(もしかしたら、俺の存在を知っていて……何かを企んでいる可能性もある)
警戒心が、自然と強くなる。
だが。
澪を見た瞬間、俺の瞳が告げてくる。
――彼女は、悪じゃない。
理由は分からない。
でも、この感覚は間違いない。
「……しょーがねえな」
俺はため息をついて、肩をすくめた。
「やるか。護衛作戦」
「お、奇遇だな」
冬がニヤリと笑う。
「俺も今、同じこと言おうとしてた」
二人の声が、また重なった。
初めて会ったはずなのに、
どこか不思議で、どこか危なっかしくて。
でも――
なぜか目が離せない。
そんな二人でした。
第三眼「護衛開始」
昼休みの屋上は、驚くほど静かだった。
高く澄んだ空に、薄く流れる雲。
風に揺れるフェンスの影が、コンクリートの床にゆっくりと伸びている。
遠くから聞こえるのは、グラウンドの掛け声と、校舎の中のざわめきだけ。
――今日も、平穏な世界だ。
俺と冬は、並んで腰を下ろし、いつものように弁当を広げていた。
「でさ」
箸を止めずに、俺が口を開く。
「護衛って、どうするんだ?」
「んー……」
冬は少し間を置いて、苦笑いを浮かべた。
「そーなんだよなあ。あれ、完全に思いつきで言っちゃってよおw」
「おい」
俺は即座にツッコミを入れる。
「思いつきで壮大なことかますなよw」
「はは、悪い悪い」
軽い笑い声。
……だが、次の瞬間。
「――てかさ」
冬の声色が、ふっと変わった。
「追われてる、ってところ。引っかかるよな」
「なんだよ、急に」
俺がそう言うと、冬は空を見上げたまま続ける。
「普通さ、別れたら追わなくね?」
「……まあな」
「しかも“追われてる”って言葉、使うか?普通。
詰められてるとか、しつこいとか、他にも言い方あるだろ」
「……確かに」
俺は箸を置き、思考を巡らせる。
「人によって言葉のニュアンスは違う。
そこは仕方ないとしても――」
視線を落とし、低く言った。
「俺としては、彼としか言わず、追手の詳細を一切説明しなかったことだ」
冬が、静かに頷く。
「だよな」
一瞬、屋上に風が吹き抜けた。
フェンスが、きぃ、と小さく鳴る。
「……なんかさ」
冬は弁当の蓋を閉じながら、ぽつりと呟いた。
「嫌な予感するんだよな」
俺の胸が、わずかにざわつく。
「昨日の放火犯の時と、同じ感覚」
「……」
それ以上考えたくなくて、俺は立ち上がった。
「あーもう、考えるのはやめた」
空を見上げ、息を吐く。
「とりあえず俺たちは、護衛に徹しよう。それでいい」
冬は一瞬驚いた顔をしてから、いつもの笑顔に戻った。
「はは、だな」
「俺たちなら、どんな状況でもなんとかなるさw」
「……どーだか」
俺は小さくそう返しながら、
胸の奥に残る、説明できない違和感から目を逸らした。
平穏な昼休み。
けれどー その裏で、確実に何かが動き始めていた。
放課後。
校舎の窓から差し込む夕方の光が、廊下をオレンジ色に染めていた。
生徒たちの足音もまばらになり、昼間の喧騒が嘘のように静かだ。
「一宮さん?」
俺は、少し距離を保ったまま声をかける。
「で、一体どんなやつに追われてるんだ?」
澪は一瞬きょとんとした顔をしてから、首を傾げた。
「……澪でいいですよ」
「え?」
「苗字呼び、なんか変です」
(いやいやいや)
俺は心の中で全力で突っ込む。
(出会ったの、普通に二、三時間前なんですけどぉー)
(これで名前呼びとかアリかよ……)
※彼は出会いがあまりないため、
こういった距離感の詰め方にまったく適応できない。
「……あ、ああ」
軽く咳払いをして、言い直す。
「澪。で、一体どんなやつに追われてるんだ?」
「……」
沈黙。
「返答無しかあ」
俺は頭をかきながら、もう一度問いかける。
「澪。その人の特徴は?」
「――話したくないんです!」
その瞬間だった。
澪の瞳が、きらりと光った。
次の瞬間――
俺の体は、視界ごと吹き飛んでいた。
「ぐっ――!?」
気づいた時には、十メートル先の掃除用具入れに背中から激突していた。
金属の扉が、鈍い音を立てて揺れる。
「ご、ごめんなさい!」
澪が慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!? 最近、人とか物とか、時々飛んでっちゃうんです……!」
(今のが……神格者の能力か)
俺は歯を食いしばりながら立ち上がる。
(弾く力……反射系? それにしても――痛え)
「だ、大丈夫大丈夫」
無理やり笑って、親指を立てた。
「こんなの、慣れてる」
――その時。
「おーい!! 瞳真!!」
廊下の向こうから、冬が全力で走ってきた。
「やばい!! 逃げろ!!」
あまりの焦りように、こっちが戸惑う。
「おい、どうした――」
言い切る前に。
――ゴゥン。
禍々しい音とともに、空気を切り裂く音が響いた。
何かが、
“跳ね返りながら”
“異常な速度で”
こちらに向かってきている。
それだけは、はっきりと分かった。
「……来た」
澪の声が、震える。
「やっぱりな」
俺は奥歯を噛みしめる。
「彼も、神格者だったか」
狭い廊下。
逃げ場は少ない。
(この速度で突っ込んで来られたら、ひとたまりもない)
視界の奥で、何かが残像を引いている。
「……ここは」
俺は静かに息を整えた。
「インサイトを使うしかない」
瞳の奥が、じり、と痛みを訴え始める。
――護衛初日。
最初の試練が、もう目の前まで迫っていた。
第四眼 「俊敏な彼」
――来る。
そう思った瞬間には、もう遅かった。
空気が裂ける。
視界の端が歪み、床を蹴る音すら聞こえない。
「――っ!」
瞳の奥が灼けるように痛み、
インサイト・アイが強制的に開いた。
次の瞬間に起こる“死”が、線となって見える。
(右――!)
体が勝手に動き、わずかに身を捻る。
致命の一撃は避けた。
だが。
「ぐっ……!」
視界が、急激に狭まる。
世界がトンネルの中に押し込められたように暗くなる。
次の衝撃は、防ぎきれなかった。
鈍い音とともに、俺の体は吹き飛ばされ、
廊下を越えて教室の窓側――机の列に叩きつけられる。
机が跳ね、椅子が倒れる。
「っ……はぁ……」
肺から空気が漏れ、視界が揺れる。
(危機予測できたとしても……)
俺は歯を食いしばった。
(能力を使うほど、代償がでかくなっていく)
視線を上げると、
そこには“止まらない影”があった。
(……だが)
痛む眼を抑えながら、思考を回す。
(今ので、相手の情報は全部掴めた)
――彼の目は、インパルス・アイ。
能力は、速度上昇とそれに伴う肉体強化。
ギアを上げるほど速くなるが――
(使用するたび、体が速度に適応できず崩壊していく)
筋肉。関節。内臓。
驚異的な負荷が、確実に彼自身を蝕んでいる。
(……なら)
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
(崩壊するまで、追いかけっこするしかねえか)
影が、ぴたりと止まる。
初めて、彼は“姿”を見せた。
短く切り揃えられた髪。
引き締まった体躯。
そして、オレンジ色に燃えるような瞳。
見覚えがあった。
「……え」
俺は、息を呑む。
「あなたは……去年、陸上部で全国大会に出場した」
名前が、自然と口をついた。
「杢代俊……」
(そりゃそうだ)
俺は内心で納得する。
(このフィジカル……インパルス・アイにふさわしい肉体だ)
俊の視線が、真っ直ぐ俺を射抜く。
「……澪から離れろ」
低く、押し殺した声。
「澪は俺のものだ」
一歩、踏み出す。
「邪魔をするなら――殺す」
空気が、張り詰める。
俺は、ゆっくりと構えもせず、肩をすくめた。
「悪いな」
視界はまだ狭い。
瞳は、悲鳴を上げている。
それでも、俺は彼を見るのをやめなかった。
「こっちも、少し都合が悪い」
そして、はっきりと言い放つ。
「護衛っていう任務があるもんでな」
俊の口元が、歪む。
次の瞬間――
廊下の空気が、再び弾けた。
「なら、お望み通り――息を引き取りな」
俊がそう言い放った瞬間だった。
空気が裂ける。
視界が追いつく前に、彼の速度が跳ね上がり、鋭い牙のような一撃が瞳真へと向かう。
「瞳真!」
冬の叫び声が廊下に響いた、その刹那――
澪の足は、すでに動いていた。
考えるより先に、体が反応していた。
俊へと一直線に伸びたその牙は、しかし――
弾かれた。
一瞬だった。
何が起きたのか、瞳真には分からない。ただ、確かに見えたのは、澪の前に広がった不可視の“力”だった。
「澪……? 今、どうやって――」
「わっかんない!」
澪は必死に首を振る。
「でも今は、なんとか逃げるしかない! 行くよ、瞳真!」
「お、おう!」
二人が身を翻した、その背後で、低く抑えた声が響いた。
「……なんのつもりだ、澪」
俊がゆっくりと立ち上がる。
「もう一度やり直そう。まだ、なんとかなるさ。なあ?」
「もう、嫌なの」
澪は振り返らなかった。
はっきりと、拒絶する。
「諦めてよ。はっきり言っとく。しつこい!」
――それは、触れてはいけない何かに、踏み込んだ言葉だった。
俊の表情が、歪む。
「……もう、何もかも壊れてしまえ」
低く、吐き捨てるように。
「俺はお前に尽くしてきた。遠距離だったとしても、続けるつもりだった。
それなのに……なんでだ」
俊の目が、狂気に染まる。
「俺の愛と、お前の愛には……
なんでそんなにも、重さが違うんだ!」
――ギアが、一気に上がった。
空気が震える。
床が鳴る。
俊の姿が、残像へと変わる。
「……いや、待てよ」
瞳真が息を呑む。
「ギア6が限界じゃ、なかったのか?」
その瞬間、瞳真の脳裏に、インサイト・アイが捉えた“真実”が浮かび上がる。
杢代俊の目――
インパルス・アイ。
驚異的な身体能力と筋肉構造の強化。
そして、制限を持たない無限のアクセラレーター。
止まることを知らない加速。
強靭なフィジカルが、それを可能にしている。
――だが。
どれほどの力を得ようとも、
崩壊だけは、避けられない。
音速に達したその身体は、
自らを壊しながら、なお前へと迫ってくる。
第五眼 「超次元鬼ごっこ」
「どこ……?
どっちから来るの……?」
澪の声が震える。
視線は必死に動いているのに、俊の姿はもう“見えない”。
「見える」
静かに、しかし確信を持って瞳真は言った。
「見えるぞ。澪――左に避けて!」
「っ……!」
澪は言われた通り、迷わず左へ跳ぶ。
次の瞬間、空気が爆ぜた。
ほんの一瞬前まで澪がいた場所を、音速の衝撃が貫いていく。
「今だ!」
澪が反射的に腕を振る。
不可視の力が前方に広がり、突進してきた“何か”を弾き返した。
――当たらない。
「すげえ……」
少し離れた場所で、冬が思わず呟く。
「完璧なコンビネーションじゃん……」
だが、その言葉に反応するかのように、空気が歪んだ。
「――調子に、乗るなぁぁぁぁぁ!!」
俊の叫びと同時に、速度がさらに跳ね上がる。
教室の壁、天井、床。
跳ね返り、反射し、空間そのものを踏み台にして、俊は暴れ回る。
「っ……!」
澪が顔をしかめる。
「……あ、目から……涙が……」
止まらない。
視界が滲む。
これが――能力の代償。
「終わりだ!」
その声と同時に、殺意が一直線に向かってくる。
「澪、伏せろ!」
ギリギリで回避する。
だが、休む暇はない。
――もう一撃。
澪は歯を食いしばり、再び能力を展開する。
弾いた。
だが――
「っ!」
音速の圧力に耐えきれず、澪の体が弾き飛ばされ、窓を突き破って外へ放り出される。
「まずいな……」
瞳真が呟く。
「もう、彼は止まらないぞ……」
俊の姿は、もはや人の形を保っていなかった。
黒く焼け、熱を帯び、炎を纏う異形。
加速するたびに、崩壊しながらも前へ進む存在。
瞳真は澪の元へ駆け寄る。
「動けるか、澪」
「……無理、かも……」
「よし」
迷いはなかった。
「掴まれ。俺が背負って逃げてやる。
ただし、俺は危機予測しかできない。
その分――澪が弾いてくれよ?」
――その時。
(彼は、笑っていた)
澪の視界に映る瞳真は、
こんなにも追い詰められた状況なのに、どこか楽しそうで、優しかった。
(どうして……?)
「……うん。分かった」
背中にしがみついた瞬間、空気が再び裂ける。
俊が――音速で突撃してくる。
「右! 左!
次は――左だ、澪!」
「了解!」
弾く。
次の行動を予測。
弾く。
逃げながら、避けながら、弾き続ける。
音速の猛攻は、すべて無効化されていった。
――だが。
俊の体は、徐々に崩れていく。
黒く燃え、輪郭が崩れ、存在そのものが削れていく。
「あ……あ……あ……」
俊の声が、かすれる。
「なんで……なんでだ……
何故、お前は……澪の傍にいられる……?」
燃え尽きかけた瞳が、瞳真を捉える。
「教えてくれ……
お前の、その……惹きつける力を……」
答えは返らなかった。
次の瞬間、
俊の肉体は、音もなく――儚く、散った。
炎だけが、静かに消えていく。
第六眼 「見つめ合う瞳」
――俺は、昔から速かった。
走ることだけは、誰にも負けなかった。
気づけば陸上で全国へ行き、周りから「才能だ」「天才だ」と言われるようになった。
それでも、どんなにきつくても、
どんなに脚が悲鳴を上げても、
前を向けた理由は、いつも一つだった。
澪が、そこにいたからだ。
君が笑ってくれるなら。
君が喜んでくれるなら。
それだけで、俺は何度でも走れた。
――でも、時間は残酷だ。
卒業して、会えなくなって。
連絡も減って。
君の世界が、俺の知らない場所へ広がっていく。
君は今、何をしている?
どこにいる?
誰と話している?
気になって、気になって、仕方がなかった。
――認めてほしかった。
喜んでほしかった。
「すごいね」って、
「頑張ったね」って、
ただ、それが欲しかった。
それなのに。
力を手にした俺は、間違えた。
盗み、悪戯、車と競争。
誰かを傷つけるつもりはなかった。
ただ、目立ちたかった。
君に、見てほしかった。
……だから、突き放された理由も、分かる。
ああ、なんでだろうな。
神は、どうしてこんな力を与えたんだ。
これは神様の悪戯なのか。
それとも――歪んだ愛の成れの果てなのか。
もう、答えは分からない。
澪。
ごめんな。
結局、君を傷つけてしまった。
残せたのは、記録と結果だけ。
何も、君の手に残るものを渡せなかった。
「ありがとう」も、
「君のおかげだった」って言葉も、
全部、胸の奥にしまったままだった。
――ごめん。
灰になっていく俊を前に、
澪は、ただ黙って立ち尽くしていた。
その瞳は、逃げることなく、
最後まで、彼を見つめていた。
「……大丈夫か?」
瞳真が、そっと声をかける。
「ほんとはさ……
一緒にいたかったんじゃないのか」
澪の肩が、小さく震えた。
「……そうだよ」
掠れた声で、澪は言う。
「私だって……
拒絶なんて、したくなかったのに……」
涙が、静かに頬を伝う。
その瞬間――
「澪」
背後から、確かに声が聞こえた気がした。
「君がいたから、俺は輝いていられたんだ」
風に溶けるような、優しい声。
「最後に……
お礼を言わせてくれよ」
「ありがとう」
澪は、振り返らなかった。
ただ、ぎゅっと胸の前で手を握りしめて、
小さく、うなずいた。
空は、夕焼けに染まっていた。
昼と夜の境目。
すべてを包み込むような、やさしい橙色。
燃え尽きた想いも、
言えなかった言葉も、
その光の中へ、静かに溶けていった。
そして――
二つの瞳は、それぞれの未来を、静かに見つめていた。
灰が完全に風へ溶けたあと、
校舎の影に、静寂が戻ってきた。
「……結局さ」
瞳真が、夕焼けを見上げながら言った。
「助けを求めてたのは、二人だったみたいだな」
澪が、ゆっくりと視線を向ける。
「彼は、君への焦りからインパルス・アイを開眼した。
止まれない独占欲と、愛の重さが、彼を加速させた」
一拍、間を置いて――
「君は、自分に害をなすものを退けたいって願いから、
リフレクション・アイを開眼した。
拒絶と断絶……どっちも、納得いく理由だ」
澪は、しばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「……ねえ、瞳真?」
「この世界にはさ、
こうやって知らないうちに神格者になってしまう人って……
私たち以外にも、いるのかな」
瞳真は、迷わず答えた。
「いるんじゃないかな。きっと」
そして、少しだけ自嘲気味に笑う。
「……俺も、その一人だからさ」
澪は驚いたように瞳真を見たが、
すぐに、どこか納得したような表情に変わった。
「この目で助けられる人は、精一杯助けたいと思う」
瞳真の声は、静かだが強かった。
「それが、たとえ同じ神格者だとしても」
澪は、ぎゅっと拳を握る。
「……私も、手伝わせて」
「その仕事」
顔を上げた澪の瞳は、迷いながらも、はっきりと前を向いていた。
「今のままじゃ……
俊に、見せられるような人生を歩めないから」
沈黙の中で、二人の視線が重なる。
危機を見抜く瞳と、
拒絶を跳ね返す瞳。
神格者へと足を踏み入れた者同士の眼が、
確かに、共鳴した。
――その瞬間、世界は静かに動き出す。
これは、終わりじゃない。
神格者としての道標ができた、始まりだ。
「Eyes」2 完。
投稿のペースを作りたいと考えている、琥西。
コメントや指導をしていただけると嬉しいです。




