⑦
四月末、白栖先生の休暇通知は突然だった。
『学生の皆さん、今学期はありがとうございました。
これから1か月ほど、この地を離れ、北の大地へ向かいます。
ご連絡はメール、もしくは手紙でお願いします。
——白栖
この通知は本当に簡潔で、どこか神秘的だった。
この通知が出されたのは、白栖先生のすべての授業が終わったあとだった。
直接聞く隙すら与えないところが、いかにも先生らしいと結真は思った。
そしてブログでは、学生たちのリプライが止まらなかった。
『龍は山に帰るのか?』
『先生の龍の姿、写真撮ってもいいですか?!』
『先生はどうやって山に帰る?雲?馬車?それとも飛ぶ?情報求む!』
ブログだけではなく、数人の学生がもっと馬鹿げたことを企んでいた。
黒木はざわつく友人たちの前で、叫びたい気持ちをぐっとこらえ、顔を真っ青にして、結真たちを見た。
自分と結真、そして他の友人を含めた六人で、『白栖先生尾行計画』をずっと前から立てていた。
そして先生が北の大地へ帰る姿を見たいという理由で、『第一回・白栖先生尾行』を実行することになった。
黒木は無理やり巻き込まれた、ただ一人の人間だった。
「お前たち!正気!?」
「もちろん!俺たちはただ、先生に角があるのかないのか確認したいだけ!」
「もし角が隠せるなら、尻尾も隠せるだろう!いや……龍の尻尾、見てみたいかも!」
黒木は興味がないわけじゃない。ただ、やらかしたら怖い。
こんな大きな声で計画を話していて、先生に知られないほうがおかしい。
……もしかして、先生はもう知ってる、とか?
黒木がそう思った矢先に、もう一人の学生が走ってきた。
「やっと聞けた!先生は明日、朝7時に図書館の裏門から出る!」
「よし!神原!カメラ頼む!今度こそ写真撮る!」
――もちろん、何も撮れなかったが。
一夜明け、白栖先生は確かに朝7時、図書館の裏門に現れた。
灰色のコートを着て、古いスーツケースを持ち、くしゃみをした。
帽子もしっかりかぶった。
「お!角を隠すか?!」
黒木も含め、結真たちは花壇の後ろに身を隠すつもりだったが、
この男の大きなつぶやきでバレてしまった。
「……だめだ、バレた!」
最初からバレバレだよ!と黒木がツッコんだ。
結真は一度息を吸って、吐いて、花壇の後ろから立ち上がった。
「白栖先生、おはようございます!」
「皆おはよう」
一瞬の静けさのあと、結真は聞いた。
「……先生は、北へ帰るんですか?」
結真は言葉を選んでいた。
一瞬、『家』や『洞窟』を使えそうになったが、龍は家があるんだろうか?
「そうですね。短期休暇、というものです」
白栖は結真の後ろに立っていた他の生徒を見て、いつものように優しく笑った。
「心配しないでください。逃げたりはしません」
「……『逃げない』ではなく、『飛べない』じゃない?」
「うん?」
「……なんでもないです」
空気はまた、静かになった。
白栖は生徒の質問を待つように、しばらく何も言わずにいた。
いつもと同じく穏やかな白栖を見て、学生たちは少し申し訳なく思った。
彼たちが知りたかったのは、先生自身が何度も「人ではない」と言っていたことではないか?
「先生!僕から最後の質問です!」
「……どうぞ」
「先生は、その、僕たちが思ってた……」
「……」
「龍?」やがて結真は、その禁忌の言葉を口にした。
この言葉のあとなぜが風が吹いた。
白栖は風の中に立ち、微かに微笑んで言った。
「結真くんはどう思う?」
「僕、ですか?」
「結真くんは信じるか?……学生は悩むのが仕事ですよ」
白栖はスーツケースを持ち上げ、ゆっくり言った。
「続きは帰ってから聞きますね」
白栖は歩き出した。
風に、彼のコートの裾が揺れた。
その形はまるで巨大な翼のようで、輝く龍の鱗のようにも見えた。
次の瞬間、風は止んだ。
結真が見たものは、幻だったのか。それとも真実だったのか。
結真にはわからなかった。




