⑥
その日の結真の日記は、空白だった。
「先生は序列がないわけではない。序列を超える人だった」
結真はそう書きたかったが、書き出すことすら怖かった。
水曜日、白栖先生の授業のタイトルは――「核の変異と魔力の不対等」
内容は、「人類以外の魔力」、「他種族の魔力回路の解析」、「魔法の発動条件」など、多岐にわたる。
上級生しか履修できない授業だったが――この授業はまるで都市伝説研究会の集まりだった。
「今日のテーマは、『本体が魔力核を失った後、代替は存在しうるのか』です」
白栖はいつものように黒板の前に立ち、書き出す文字は書道のように整っていた。
「例えば古い文献には、『一つの魂は複数の核とリンクできる』という記述がある。
逆に、『一つの心臓が複数の核を連結する』事例も報告されている……その中でも、最も適した“材料”とされるのが――『龍の心』らしい」
『龍の心』という言葉が出た瞬間、教室は静まり返った。
黒木がパラパラと教科書をめくっていた。
結真は思わず、この言葉をノートに書き留めた。
「通常、『龍の心』は龍の器官の一部を指すとされる。
それは人の『魔核』に相当すると、多くの学者が指摘している……
ですが、神話の中にはもっと面白い言い方がある――
『龍の心が不滅であれば、龍は不滅である』
……さて、皆さんはどう思いますか?」
先生が字を書いている間、結真は緊張と興奮で、自分の鼓動が耳に響いているのを感じていた。
「た、確か……『心があれば、体はまた作れる』って、とある傲天序列の白龍の言葉……ですよね」
先生の言葉はあいかわらず優しい。
「傲天は確かに古い文献には記載されていますが、それほど多くはありません」
「なら、龍は心がなくても生きられる、ということですか?」
「そういう可能性もあるらしいですが、証明はできません。なぜなら……心が残っている例はないからです」
「もし龍が心なしでも生きられるなら……その心は、まだどこかに存在している、ということですよね?」
「龍が、心臓を忘れただけ、とか?」
「それって、先生のこと……?」
一人の学生が小声でつぶやいた。
教室にざわめきが走った。
他の学生は一つの仮説として聞いていた。だが、結真は違う。その場で見たからだ。
背筋がぞっとした。
先生の言葉は続いた。
「でも、もしその心がまだ存在しているなら――傲天かもしれないね」
この一言で、ざわついていた学生たちは一瞬で静まり返った。
「……先生……私たち、冗談で言ってるんですよ……」
白栖は少し首を傾げた。
「あなたたち、真実を知りたいでしょう?」
「つまり、古い文献は正しいってこと?」
「そうですね」
「……その心臓は、今も存在しているんですか?」
「どうでしょうね……」
誰にも言葉が出ない。
「あなたたちのすぐそばにある……かもしれませんよ」
結真の方へちらりと視線を向けた。
結真は驚いて、思わず席から立ち上がった。
「僕、何も持ってない!」
「……まだ、何も言ってませんよ」
この授業のあと、ブログでは『白栖先生の序列の秘密』が再びざわついていた。
「龍の心は器官ではない!龍の全ての秘密がそこにある!」
「白栖先生って心臓ないの!?」
「白栖先生は龍です!先生最高!」
その夜、黒木が結真に聞いた。
「先生って、心あると思う?」
「あるかないか。先生しか知らない……」
しばらくの沈黙のあと、結真は続けた。
「けど……先生の心臓を見たいな……!」
「早く医者に行ったらどう?」




