④
南区の事件から三日が経ち、学院は穏やかな日々に戻った。
――勉強、実習、時には恋バナ。
廊下の話題は次々と変わっていく。
一度忘れられた噂が、ふと戻ってくることもある。
『白栖先生の、あの日の噂』がまだ流れていたが、 表向きは、学生たちは楽しい学院生活を送っていた。
だけど、結真はずっとその日のことを忘れられなかった。
それは、彼がその場に居合わせただけではなかった。
彼と同じように、その事件を忘れていない学生たちがいたからだ。
その学生たちは、『学生限定』のブログに集まっていた。
そこでは、彼らが白栖先生の序列について語り合う声が絶えなかった。
その話題は、学院のニュースでも取り上げられた。
『【学内騒然】拡大する「等級真相」説――史上最大規模の集団妄想か』
そして、一つの記事が静かに拡散し始めた。
『白栖先生の序列の秘密』
その記事の書き手は、「青の目」と名乗る見覚えのないIDだった。
このIDの持ち主は、魔法図書館の未公開資料の閲覧権限を持っているらしい。
その中には、未公開の序列が含まれているという。
記事の冒頭には、こう書かれていた――-
調べてみましたが、白栖先生の序列は見つかりません。
ただ一つ、番号だけが残っていました。
皆さん「傲天」という序列をご存じでしょうか?
最後の一行に学生たちはざわついた。
傲天?――その言葉は、もはや都市伝説そのものだった。
その記事は記事はさらに続く。
昔々、世界は龍に支配されていた。龍は最初の序列制度を残した。
龍と戦った勇者――それは人間の呼び名だ。
龍にとっては、ただの敵だった。
龍と絆に結ばれた者、龍に認められた者は、
「龍に次ぐ者」とされた。
「傲天の下八階」は人が到達できる、最も高位の序列だった。
その上は、もはや龍の領域だった。
人にとって傲天は序列ではなく伝説だった。
「でも傲天って、何百年も前に廃れた序列じゃなかった?」
「今の序列って、A階とかS階とかじゃない?」
「違うよ!歴史研究の先輩が、資料の中に『傲天』っていう幻の称号があるって言ってたよ!」
「え?それって神話の中にしか出てこない固有名詞じゃないか?」
結真はニヤリと笑った。
「図書館の先生に頼んだ!傲天の資料、少し見せてほしいって」
「どうやって?」黒木が目を丸くして結真を見た。
「僕の論文に使うって言った」
「は?」
黒木が驚くのも無理はない。
序列に関する資料は担当の先生が前もって許可をしないと閲覧できないからだ。
黒木はそれを知ってた。
なら、許可を出した先生は誰なのか?そのことを考え、頭に一つの可能性が浮かび、固唾を飲んだ。
興奮している結真を見て、しばらく黙ることにした。
「……それで?何かわかった?」
「わかったことは一つだけ!古い序列の中に確かにあった!だった一つの名前が!」
「マジ?!」
「声が大きい!」
結真は一つの写真をこっそりと黒木に見せた。
黒木は目を細め、じっくりと、その“撮ってはいけない”写真を見た。
――古い序列名簿の中にあった名前だった。
『傲天・白』
それは名前というより、称号だった。
「傲天・白?」
意味不明のタグみたいだった。
『傲天・白』
・登録日時:記録なし
・認証者:未登録
「……白栖先生じゃない可能性も、あったりする?」
「なら、序列に載っていないのか説明できる?」
「それから、『白』の漢字を先生の苗字と同じ“バイ”と読む記録も、確かにあった!」
「へー結真はそっちの読み方にしているんだ……いや、っていうかこれ……もし先生に知られたら死ぬよ、これ」
黒木はもうツッコまないことにした。
「先生に知られる前に消す!」
「……誰がこの資料を読んでいいって言った?」
「誰って、その人しかいないだろう!管理員の人、名前はなんだっけ?あれ?」
その人に関する記憶が曖昧だった。
その人は会ったことがあるような、ないような……
そもそもその管理員は男なのか、女なのかすら記憶にない。
「これ、ホラー小説みたいじゃん!」
「みたいじゃなくて、ホラー小説そのものだ。資料を勝手に読むことを先生に知られたら退学処分だけでは済まないと思う。」
結真の冷え汗が止まらない。
次の授業で、結真は先生に聞きたい一心で教室に入った。この機会に、さりげなく白栖先生に聞く。
どうやって聞き出すか悩んでいたところ、先生が講義の始まる前に言い出した。
「最近、私の序列に関して皆さんが興味を持っているようです」
この一言で全ての学生がざわつく。
先生は本当に何もかも知っているのだと、皆は思った。
「水をさすことはしたくありませんが……私は「傲天公榜」に載っていません」
「!!!」
先生は、静まり返った学生たちを見渡し、優しく笑った。
「……先生はやはり序列を認めませんか?」
結真は思わず、心の声を漏らした。
「それは誤解です……認めないのではなく、序列が私を縛ることはない、と思っているだけです」
「わーーー」
それは、静まり返った教室に落ちた、静かな一言だった。
「……なら『傲天』というのは?」
答える前に、『傲天』という単語はどこで聞きましたか?」
「……図書館です……」
「そうですが……『傲天』は私の好きな単語の一つですよ」
「?」
「かわいくないですか?……発音が」
その言い方はふわりと柔らかいのに、どこか怖い。
「ですが、『傲天』は私にとって、ただの称号にすぎない……と思っています」




