白いツバサ シンガー・フラグメント
何もかもが終わり、世界が崩壊する瞬間。
赤い髪の少女は地に倒れ伏した。
ボロボロで、立ち上がる力もない彼女は、空を見上げるしかできない。
そんな彼女の元に近づいてきたのは、終焉が迫る世界で人々の心の支えになった歌姫の少女アルティナ。
真っ白な髪に、神秘的な緑の瞳をした少女だ。
歳は姫乃と同じ十を少しすぎた頃。
体格は標準より少しやせていて細身だったが、瞳に宿る光には強い意思と優しさがあった。
アルティナは、赤い髪の少女の手をとって、歌を歌う。
世界を救うために頑張ってくれた、異世界からの迷い後である赤い髪の少女の手をとりながら。
それはただの慰めにすぎなかった。
アルティナ自身にも、それ以上の意味はないと分かっている行為だった。
それでも。
その行為が、一抹の奇跡をもたらした。
アルティナの心の強さを秘めた記憶が、蝶になり赤い髪の少女の心と混ざりあった。
アルティナは記憶を失う病にかかっていて、一年ほど前からそうして記憶を宿した蝶が自身から何度もはばたいていくのを見送っていた。
しかし、それは悲劇をもたらすものではなかった。
アルティナはそれでも歌い続け、そしてこの場では奇跡を呼ぶ一手となったのだから。
蝶の奇跡が呼び水となって、今はもうその世界には存在しないーー黒髪の少年が、赤い髪の少女に最後の手助けをした。
一つの奇跡と、顔も名前も知らない誰かの力、それらを得て、赤い髪の少女は魔法を発動させる。
時を戻すという魔法を。
過去の世界に舞い戻った少女の名前は姫乃。
通っている小学校で、他のクラスメイトと共に、異世界召喚に巻き込まれ、マギクスという世界にたどり着いた少女だ。
姫乃は、その世界で世界を救うために、人々と協力し合いながら、異世界後を駆け抜けだ。
だが、力が及ばず破滅にのまれるところだったのだ。
再びチャンスを得た姫乃は、終焉が迫る世界マギクスを救うために動き出す。
姫乃がやるべき事は、
世界に影響が大きく、なおかつ死ぬ運命にある人間を助ける事。
そして、人々の心に精神的な支柱を置く事。
更に、自分の力を成長させる事。
最後には、世界を滅びに導く人物たちを倒す事ーーだった。
アルティナの記憶から不屈の精神を学び、受け取った姫乃は、世界を救う長い旅を始める。
最初のループは見るも無残な失敗で終わった。
姫乃は普通の少女であったため、時を繰り返す事に慣れていなかったからだ。
その軌跡は、ほとんと一度目の世界をなぞるようなものだった。
10回目のループでようやく、重要人物を守りきる事ができるようになった。
それと同時に、修行や訓練を得て、姫乃の力も上がり、強い敵とも渡り合えるようになった。
20回目から40回目のループでは、人の複雑な心を学ぶばかりだった。
些細な事でいがみあうこともあれば、単純なきっかけで奮い立つ。
とても一言では表しようのできない、人の心の複雑さに翻弄された。
しかし、50回以上のループを経て、人々の心に精神的な支柱を作る事に成功した。
平和を歌うアルティナと、そして歌の技能を身に着けた姫乃の存在によって。
60回あたりからはずっと世界を滅ぼそうとする者達との闘いに苦労し続けた。
欲に忠実で、自分の事しか考えない司教や、
イレギュラーで宇宙からやってくる蝕というばけもの。
そして、世界に絶望した果てにエンドラインの原因を作り上げた、一人の女性との闘いに。
それでも90回目を超すループで、それらを乗り越える事ができた。
90回目から100回目までのループは、重要人物でないけれど、どうしても死んでしまう大切な人たちを救う、個人的なループだった。
世界の法則に従って存在できなかった黒髪の少年を救い。
前世からずっと死の運命にとわわれ続けていた猫の目の少女を救った。
アルティナの病すらも治してみせた。
そして、100回目、全てをやり遂げた姫乃のループは終わる。
一度目のループで倒れ伏していた、決戦の場に立つ姫乃。
砕けていた大地には生い茂る緑と花。
一度目には、周囲に立つものなどなかった姫乃の友人や知人たちは、周りに立って、孤独な主人公などどこにもいない。
もう二度と平和が脅かされる事がないようにと、姫乃はそれからもアルティナと二人で歌い続けた。
どこまでも続く草原を、二つの蝶が飛んでいく。
蝶は色とりどりの花の間を舞うように進んでいく。
その足取りは、拙く、飛び慣れていないように見えた。
しかし、時を経る事に、舞いは洗練され、見る者の目を奪うようになる。
やがて、真っ青な空へ舞い上がり、蝶の姿は消えていく。
幻だったかのように、跡形もなく。
けれど、蝶を見ていた者達の記憶には確かに残っていた。
姿が見えなくなったとしても、その心の中に。