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天才発明家と呼ばれた公女に恋は難問らしい

作者: にゃみ3
掲載日:2025/02/20



「やっと、やっとできたわ…」



 私の名は、フリル・ラティア。

 ラティア公爵家の一人娘である私には、結婚の申し出や、少しでもお近づきになりたいと何通もパーティへの誘いが送られてくる。けれど、私は一度だってその誘いに乗ったことはなかった。

 だって、私は煌びやかな舞踏会よりも自身の行う発明に価値を感じていたから。



「次は何を作ったんだ?」


「ふふっ、見て驚きなさいローレン! 今回作ったのはこれよ!」



 私は完成したばかりの発明品を双子の兄、ローレン・ラティアの前にドーン、と差し出す。



「え、なんだよそのちっさいの」


「……はぁ?」



 ローレンの失礼すぎる言葉に私は顔をしかめる。信じられない、本当にこの天才な私の兄だっていうの?


 この兄妹喧嘩は今に始まったことじゃない。ラティア公爵家では二人の口喧嘩の声が響くのは日常的なことだった。

 口喧嘩をすることさえ、私たちにとってはコミュニケーションの一つ。



「ちっさいとはなによ、コンパクトと言ってちょうだい。これは素晴らしい発明なのよ! 他者の好感度がチェックできるもの、その名も『チェックさん』!」


「…好感度チェック?」


「えぇ、対象の相手に向けてこの上についているボタンを押すと色と数字が表示されるのよ。例えば暖色系だと好印象、寒色系だと悪印象。あくまでこれは簡単な例だけど」


「ふーん、ちょっと貸してよ」



 ローレンが私の発明を使いたいなんて珍しい。そう思いながらもら私は『チェックさん』をローレンに手渡す。



「もちろんいいわよ。でも、ローレンが好感度を知りたい相手なんていたの⋯⋯って、相手は私?」



 ローレンは私から『チェックさん』を受け取ると、そのまま私に『チェックさん』を向けてボタンを押した。

 すると、『チェックさん』は紫色になり、数字は四十と表示されていた。



「…紫色か。フリル、紫色はどういう意味なんだ?」


「え? …あぁ、し、信頼よ。信頼の色!」



 まぁ、本当は相手に苛立ちを感じている時の色だけど…。



「ふーん、信頼か。…相変わらず、フリルの作るものはまるで魔法だな」



 この世界には魔法が存在していた。

 それは誰でも簡単に使えるものではなく、選ばれた魔法使いだけが使えるもの。貴族の人間ならばともかく、一般の平民の人間には夢物語のような話だった。



「……何度も言うけど、発明と魔法は全く違うわ。私が作る発明品は、上流階級の貴族だけが使うものじゃない。平民だろうが、なんだろうが、誰でも使えるのよ。魔法と違って、発明には身分の差なんて関係ないの」


 

 別に、私は貴族の人間や魔法が嫌いなわけじゃない。私はただ、多くの人に私の発明品を使ってほしい。ただそれだけのこと。



「それなら、このチェックさんもまた量産して平民向けの料金で販売するのか?」


「いいえ、これは販売する予定はないわ。こんなもの流通させては悪用されてしまうもの。あくまで、これは私個人が使用するの」


「自分が悪用する分にはいいのか?」


「…私が悪用なんてするわけがないでしょ?」


「さあ、どうだか。僕の妹は天才だからな、その優秀な頭脳で何を企んでいるのか分からないよ」



 ローレンは私の頭を優しく撫でると、悪戯気にニヤリと笑った。



「じゃあ僕はもう行くよ」


「えっ、もう行ってしまうの?」



 普段ならもっと一緒に居てくれるじゃない。今日はどうしてそんなにも早いの? 


 まだ帰らないでほしい、と声をかけたが、そんな私を見て困った顔を浮かべるローレン。



「ははっ、悪いな。父上に呼ばれているんだ。恐らく政治の話だろうから、すぐには戻ってこれない。また明日にでも会いに来るよ」



 私たち双子の兄妹は、生まれた時からずっと一緒。

 ローレンにとって、子どもの私の嘘なんて簡単に見抜けてしまうのだろう。



「…分かった、待ってるね。ここで」



 私は常に部屋に籠って発明をする日々。

 時折、こうして会いに来てくれるローレンを待つだけの、つまらない人生。





∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴





 翌日、私は珍しく外に出ていた。行先は街だ。

 ジリジリと私を照らす太陽がうざったるい、そんな夏の日のこと。



「うーん、本当に熱いわね。そうだ、あの太陽を消し去る発明でもしようかしら?」


「ど、どうかお辞めください公女様! そんなことをしては皆困り果ててしまいます!」


「なに本気にしてるのよ、そんなことするわけないでしょ? 馬鹿な事言っていないで、行くわよ」


「…申し訳ございません公女様」



 私の言葉に慌てて止めにかかったメイドに対し、何を言っているんだと制してみる。


 フリル・ラティアならばやりかねない。今の話を聞いて、誰しもそう思っただろう。

 フリルは変わり者の令嬢として帝国中で有名だった。美しいドレスよりも、どれほど価値のある宝石よりも。発明、発明、発明。三度の飯より発明。


 年頃の令嬢ならば、婚約や恋人など色恋の話が出てもいいというのに、フリル・ラティアにはそのような話が一切出たことが無い。将来旦那までも自らの発明で作ってしまうのでは? と、言われてしまうほど。


 しかし、普段は研究に明け暮れ自室から中々出ないものの、発明に使う道具が必要になればすぐに街へと出かけた。

 社交界には全く参加する気にならないが、発明のことになればすぐに足は動いた。


 材料の調達など使用人に言いつければいいものの、『自分の発明品に使う道具は自分の目で見て決める。』と言い張り、皆の反対を押し切ってまで街へ買い物に出る。そんな令嬢がどこにいるか。



「これとこれ…あと、それもいただくわ」


「ありがとうございます公女様! ご令嬢がうちの様な小さな店に来ていただけるだけで嬉しいですのに、あの天才発明家、フリル・ラティア様にうちの商品を買っていただけるなんて、本当に幸いです!」


「⋯貴方のお店で取り扱っているものはどれも素晴らしい。ただ、それだけよ」


「さ、左様ですか…! いやぁ、流石です。公女様はやはり見る目が一般人とは………」



 ここの店の欠点と言えば、この口うるさい店員くらいかしら?


 ペラペラと適当な言葉を並べる店員に適当に相槌をうち、話を聞き流していた。


 天才、公爵令嬢、偉大な公女様。その言葉はもう聞き飽きている。



「公女様、お買い物はこちらで最後ですか?」


「ええ、これで最後よ。先に荷物を馬車へ運んでくれるかしら? 大きいものは屋敷へ送るようにしたけど、小さなものでも数が多いから」



 私は目の前にある山積みになった購入品を指さし、メイドに馬車へ乗せるよう指示をした。



「かしこまりました、公女様。さぁ貴方たちも手伝ってください」



 メイドは一緒に来ていた護衛騎士の二人にも手伝いを頼み、三人で大量の荷物を馬車に乗せ始めた。


 あれも買ったし、これも買った。これで暫くは調達に来なくて大丈夫そうね。⋯やっぱり、外は疲れるわ。


 そう安堵した時。突然、背後から一つの声が聞こえた。



「やぁ、お嬢さん」



 男の声。私が急いで振り返ると、視界に入ってきたのは怪しげな男がこちらに向かって手を伸ばしている姿。

 真っ黒なローブを深くかぶっていて、顔が良く見えない。分かったのは、この男が薄気味悪い笑みを浮かべていることだけ。



「ちょっと、貴方、何して⋯!」



 視界が闇に沈む。次の瞬間、強い力で腕を引かれ、足がもつれた。


 身体を覆われ、何か布のようなものが口元を押さえた。息苦しい。喉が震え、叫びを上げようとするが、声にならない。


 護衛騎士やメイドは荷物に夢中で、私の異変には気づいていない。守る者がいない今、か弱い令嬢である私は、まるで玩具のように簡単に持ち去られてしまった。





∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴





「すまねぇな、お嬢サマ。手荒いことしちゃって」



 汚い笑みを浮かべる男。その素顔が今、私の目の前に晒されている。


 突然目を覆われ、連れ込まれた見慣れない場所。そして目の前には大柄な男が一人。この光景が意味することは一つ⋯⋯私は、誘拐された。



「私の使用人たちには、なにもしていないんでしょうね?」


「はっ、優しいんだなぁお嬢サマ。まずは自分の心配が先じゃないのか? 心配しなくても、あの使用人たちなら今頃公爵家に帰ってお嬢サマの危険を知らせていることだろうよ」



 この男は公爵家と言った。つまり、初めから公爵家の娘である私、フリル・ラティアを狙った犯行というわけね。



「そう。⋯で? 貴方は一体、私をどうする気?」



 冷静に話をする中、私は優秀な頭脳をフル活用して考えた。

 

 さっきまで居た場所は二番地十三の通り、そこからここまで来るのにかかった時間は十分も無かったはず。

 それなら、きっとここは近くの民家かなにかかしら。周囲をいくら見渡しても、ただのボロ屋の一室にしか見えなく、あまり情報が入ってこない。


 男の言う通り、メイドが公爵家へ戻れているのなら、帝国騎士団がもうすぐここへ来るはず。

 恐らく相手は素人、帝国騎士団の強さを⋯もしくは存在を知らずに今回の計画を立てたのだろう。それならば、今私がすべきことは帝国騎士団が到着するまでの時間稼ぎ。



「あぁそうだ、お前に感謝を伝えようと思っていたんだ」


「⋯⋯感謝ですって?」


「ああ。この睡眠ガスに、見覚えはないか?」



 男が私に見せた物、それは何ともかわいらしい花の形をしていた。それは、私がとても見覚えのあるものだった。



「それは、くんくんさん…!」



 『くんくんさん』とは、私がが作った発明品の一つだ。

 かわいらしい花の形をしており、中心に専用の香油をたらすといつでも香りを楽しめるというもの。場所を気にすることなく、周囲に人がいたとしても自分以外の人間には香りが届かないというもの。それは、香油を好む女性たちにとって革命的な発明品で、大勢の女性を虜にした。



「どうして! 私は、睡眠ガスなんてものは作っていないはずよ!」


「ああ、確かにそうだ。でもな、大切に育てられたお嬢サマには分からないかもしれねぇが、俺たちみたいな悪い人間は思いつくんだよ。香油じゃなく睡眠薬液を中心に垂らせば、使用したい対象の人間だけを眠らすことができる。あぁ、お前は本当に天才だよ⋯。」



 そんな、嘘でしょう…。


 言葉にならなかった。みんなが喜ぶと思って使った発明品が、まさか犯罪の道具に使われてしまったなんて。冷静にと整えていた脳内が、今にも爆発してしまいそうだ。



「はっ、なんて顔してんだよ。俺は感謝してるんだぜ? これのおかげで色んな悪さができた。何とか言ってみろよ天才サマよぉ、こんな悪いもの使っておいて、どうせお嬢様も悪だくみしてたんだろ? だからこんなものを作った」


「…違う、」


「あ? なんて言ったんだよ聞こえねぇよ」


「それは、違うわ!!」


「チッ、うるっせーな!!」



 小さく言葉を呟いていた私は突然大声で叫び、男は私の声量の煩さのあまり耳を塞いだ。



「違うわ、私は、みんなに喜んでほしくて…!!」



 私はただ、あの人を笑顔にしたくて⋯。



「そんなこと知らねェんだよ! …っ、なんだこの光は!」



 男が声を荒げた途端、私の前に突如として眩い光が溢れた。

 その光は、思わず目を覆いたくなるほど強烈で、まるで太陽のように薄暗い部屋中を照らした。



「これは、魔法石の光…?」


「ま、魔法?! なんだよ魔法って!!」



 男の声が一層荒くなる。男は光に対し怯えたように後ずさりし、まるで未知の怪物でも見たかのように目を見開いた。

 平民であるこの男なら、知る由もないだろう、魔法石の発動時に醸し出されるこの光を。


 光の質から察するに、これは移動の魔法。


 魔法石の中でもかなり珍しい移動魔法は、非常事態にのみ使用されることが多い。つまり、今この光が現れたということは、すでに帝国騎士団が動いている証拠だ。助けが、すぐそこまで来ているのだ。



「魔法石の光が現れたということは、もうすぐ騎士団が来る。貴方はもう、おしまいよ!」



 私がそう叫んだ瞬間、光の中心から一人の青年が姿を現した。

 赤髪を靡かせながら、騎士団のシンボルでもある青のマントを羽織った背の高い青年。鋭い視線と、手に持つ帝国騎士団の紋章が刻まれた剣が、確かな威圧感を放っていた。



「その手を放せ!」



 鋭く響く声が、室内の空気を一変させた。



「な、なんだお前!」



 男の動揺が見て取れる。

 私もその青年の姿をしっかりと確認し、息を呑んだ。その青年には、見覚えがあった。


 彼は、アレクシス・ランディア…!?


 帝国騎士団の若き精鋭。帝国の人間で、彼の名を知らぬ者はいないだろう。帝国騎士団随一の剣技の使い手であり、冷静かつ果断な指揮能力を持つことで知られる男。その彼がどうして一人でここに…。



「遅くなってすみません、公女様。私の後ろに下がっていてください」



 低く落ち着いた声が、私を現実へと引き戻した。

 安堵が胸を満たすが、それを表に出す暇はない。今は、彼の言葉に従うのが最善だ。

 私は言われるがまま、アレクシスの背後へと後退した。



「公女様、暫し目を瞑っていてください」


「は、はい…」



 その声に込められた鋭さが、これから起こることの危険性を物語っていた。

 私は迷うことなく目を閉じ、耳を塞ぐ。


 その直後、鋭い剣閃が空気を裂く音がした。


 男の悲鳴、鈍い音、肉が弾けるような音──。

 耳を塞いでいるのに、音が脳裏に直接叩き込まれるような錯覚に襲われる。


 心臓が強く脈打つ。息をするのが苦しい。まるで自分が斬られているかのような感覚に陥る。

 しばらく耐えていると、やがて室内が静寂に包まれた。



「…終わりましたか?」



 悲鳴が聞こえなくなったが、いくら待ってもアレクシスの声がしない。その沈黙がかえって恐ろしく、思わず声をかけた。



「はい。ですが、まだ目を開けてはいけませんよ。⋯⋯緊急事態のため、このご無礼をお許しください」


「え? ……きゃっ!」



 目をつぶったままでいると、突然自分の体が浮かび、驚きのあまり思わず声を上げる。

 流石騎士とでもいうべきか、見た目以上に鍛えられた彼の腕は、私を軽々と抱え上げた。


 鉄の錆びた匂いが鼻をつく。恐らくだが、先ほど私が見た古びた民家の一室は、今や真っ赤に血塗られているのだろう。血の海となったその場を、私に見せないために…?


 アレクシスの腕の中で、私は強く唇を噛んだ。



「……ありがとうございます」



 それだけ言うのが精一杯だった。


 アレクシスは私を抱き抱えたまま歩く。外へ続く扉が開く音が聞こえ、冷たい夜風が頬を撫でるのを感じた。


 軋む木の床の音が遠ざかるにつれ、ようやく新鮮な空気を肺に送り込むことができ、息がしやすくなった。


 しばらくして、アレクシスは静かな芝生の広場で私をそっと下ろした。足元に広がる柔らかな草の感触が、ようやく現実に戻ったことを実感させる。



「公女様、もう大丈夫ですよ。目を開けてください」



 アレクシスの優しい声が耳に届く。



「うん…」



 私はそっと目を開ける。


 視界に映ったのは、夕焼けに染まる空と、赤髪の騎士。

 彼の真っ直ぐな青い瞳が、私の無事を確認するように静かに見つめていた。



「公女様、ご無事で何よりです。私のことを覚えていらっしゃいますか?」



 アレクシスはそう言って微笑むと、片膝をつき自身の胸に手を置いた。それは、騎士としての敬意を示す仕草だった。



「…もちろん覚えております、アレクシス・ランディア侯爵令息」



 彼の名前を口にしながら、私は静かに彼を見つめる。


 アレクシス・ランディア──彼はランディア侯爵家の嫡男であり、将来は爵位を継ぐ立場にある。そして、十五歳という若さで帝国騎士団に任命された剣術の天才でもあった。


 そういえば、前に顔見知りの令嬢に聞いたことがある。「アレクシス侯爵令息は、まるでフィレチィアの彫刻のような美貌を持っている」と。噂話など興味がなかったけれど、確かにその言葉は間違いではなかった。


 彼を、こんなにも近くで見るのは初めてだ。


 夕陽を浴びて燃えるように輝く赤髪。すっと通った鼻梁に、意志の強さを秘めた青い瞳。その瞳はまるで、磨き上げられたガラス細工のように繊細な光を宿していた。


 以前、ランディア侯爵が私とアレクシスの婚約を結ぶことを狙い、「私によく似たハンサムな息子ですから、公女様もきっとお気に召すことでしょう!」と豪語していたことを思い出す。


 ……はは、まったくの大嘘じゃない。


 年老いた侯爵とは比べものにならないほど、彼は整った顔立ちをしている。もっとも、いずれは父親のように、忙殺される日々の果てに目の下に隈を作ることになるのかもしれないけれど。



「よかったです、忘れられていたらどうしようかと」


「まさか、そんなはずないでしょう。あなたは侯爵家のご令息、忘れるはずがありません」


「はは、光栄です公女様。そうだ、お怪我はありませんか?」



 私はこの異様なほどに優しいアレクシスの態度に、言い知れぬ違和感を覚えていた。


 もちろん、助けてくれたことには心から感謝している。だが、私は普段家族やごく限られた使用人以外とは、ほとんど会話を交わさない。なぜなら、それを避けてきたからだ。


 今まで私に話しかけ、媚びへつらってきた人々の目的は、決まっていた。


 ──是非、私と婚約を。

 ──公爵様にご挨拶を。

 ──発明品を私にも提供してほしい。


 彼らが求めているのは、私自身ではない。私が持つ権力、そして発明の知識。そこにしか価値を見出していない者たちばかりだった。


 飽き飽きしていた。何度もしつこく言い寄られることに。それが私を社交の場から遠ざけた一番の理由だった。



「見ての通りよ。あなたが助けてくれたおかげで、傷一つ負っていないわ」


「そうですか、それは何よりです」



 私の冷たい態度にも、アレクシスは微塵も嫌な顔を見せなかった。それどころか、変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。


 この人は本当に戦場で鮮血の騎士と恐れられるほどの剣士なのかしら? その笑顔を見ていると、天真爛漫な子犬を思わせるような印象を受ける。



「令息。失礼ですが、どうしてお一人で来られたのですか? 通常、帝国騎士団は複数人で移動すると聞いておりましたので、少々驚きましたわ」



 私が疑問のままに問いかけると、アレクシスはどこか気まずそうに視線を逸らしながら答えた。



「あー、すみません。残っている魔法石が一人分までしかなかったので、騎士団長の言葉を無視して飛んできてしまったんです」



 一瞬、耳を疑った。



「は、はい? 騎士団長の言葉を無視した……? 意味が分かりません、騎士団長の言葉を無視して来たですって? あなた、正気なの? そんなことをしては、即刻クビになっても文句は言えませんよ!」



 いくら剣術の天才といえど、騎士団の最高権力者である騎士団長の命令を無視するなど、常識的に考えて許されることではない。

 それなのに、彼は気にする様子もなく、まるで些細なことのように笑っていた。



「あははっ、そうですね。でも、公女様が攫われたと聞いたら、居ても立ってもいられなくて」


「……馬鹿ですよ、あなた」



 彼の言動一つ一つが私を驚かせる。呆れたようにそう言うと、アレクシスは楽しげに笑いながら肩をすくめた。



「父上にも、よくそう言われましたね」


「……すみません、私がどうかしていました。助けていただいたのに失礼な言葉を言ってしまい申し訳ございません。心からお礼申し上げますわ、令息。あなたが来てくださらなければ、私は殺されはしないものの、殴られるくらいはされていた気がします。私は、人を苛立たせてしまうようですから」



 昔から、私の優秀な頭脳を妬んだ人々から、あまり良い対応をされてこなかった。

 もちろん、公爵令嬢という権力を恐れ、表向きには媚びへつらって近づいてくる者もいたけれど、その心の内は決して綺麗なものではなかった。



「そうですか? 公女様は、優しい人だと俺は思いますよ」


「⋯どうしてそんなことが言えるのですか? 私と令息は、正式に会話をしたのは今日が初めてのはずです」


「そうですね。何度もお声がけしようと思ったのですが……なにせ、公女様はすぐに帰られてしまうので」



 アレクシスは少し照れたように笑いながら、へへっと頬をかいた。

 先ほどまでは頼りがいのある大人のように見えていたけれど。こうして照れた表情を見せる彼は、年相応の少年らしい顔をしていた。



「そういえば昔、公女様の発明品をローレンに見せて頂いたことがあります」



 やっぱり、発明の話。……あなたもまた、私の発明品が目当てで良くしてくれるだけなのね。



「そう…ですか。そう言えば、令息は兄と仲が良かったですね」



 ランディア侯爵家とラティア公爵家は交流が深く、そしてアレクシスとローレンは友の関係だった。そのため、強制的に参加させられたパーティで、彼を何度も見かけていた。



「はい。それがあまりにも素晴らしくて、街の子供たちと暗くなるまで遊んだものです」


「待ってください。侯爵令息のあなたが、平民の子供とですか?」


「ええ、侯爵令息なんて息苦しい肩書を付けられてはいますが、俺にはあまり貴族の嗜みは合わなくて。ここだけの話ですが、幼いころから家を抜け出しては街へ遊びに行っていたんです。公女様の発明品はどれ子供たちがすごく喜んで…」


「それは本当ですか!!」



 嬉しさと興奮のあまりに、アレクシスの声を遮ってまで大声を出してしまった。

 そんな私を驚いた顔で見るアレクシス。



「っ、あの、申し訳ございません令息。言葉を遮ってしまって…」


「あはは! 本当ですよ、公女様。皆公女様の発明に夢中になっていました。ボタンを押したら沢山泡が出てきて、それはまるでシャボン玉のようなものなのに時間が経っても割れないなんて本当に驚きました。……えっと、確か名前は…」


「「バルバルバルーンちゃん!!」」



 アレクシスと私の声が、重なる。



「あぁ懐かしいわね! バルバルバルーンちゃんを作ったのは今から三年前。私が初めて作った発明品で、私にとっても凄く思い出深いものなの。専用の液を本体に付けたらスイッチを押す、そうしたらボタンを止めるか液がなくなるまで、割れないシャボン玉を作り出すの! もちろんそのままにしておいたら被害になるかもしれないからもう一つのボタンを押すと破裂するように………って、ごめんなさい私ったら、」



 …また、やってしまった。


 自分が長々と早口に話し込んでしまったことに気づき、すぐに謝罪をする。


 今まで私にも友人ができなかったわけじゃない。でも、私の長々しい発明の話は年頃の少女には退屈だったようで、自然とみんな私の元から離れていってしまった。



「ごめんなさい、どうかしていましたわ。少し疲れてしまっておかしくなってしまっているようです。こんな話退屈でしょうに……ど、どうして笑っているのですか!」



 申し訳ないと謝罪する私を見て、お腹を抱えて笑いだしたアレクシス。ほとんど初対面のような彼に、突然笑われ、私の顔に一気に熱が登り、真っ赤に染まる。



「ははっ、すみません、公女様。いや、天才だと称される公女様もこう見るとただの女の子なんだなって……あ、もちろんこれは良い意味でですよ? 気分を害してしまったら、すみません。俺、女性とあまり話さないんで慣れて居なくて」


 

 アレクシスの一人称が『私』から『俺』になっているところを見ると、慣れていないということは事実なのだろう。



「公女様、実は魔法石が片道分しか無くてですね。あともう少しすれば、帝国騎士団の奴らが来るはずなので少し話をしていきませんか? もちろん公女様が良ければですが」


「…私は普段、家族や使用人たちとしか話をしないので何を話せばいいか分かりません」


「うーん、そうですね。あっ、そうだ聞きたいことが一つ。⋯公女様は、どうして発明をされようと思ったんですか?」



 その言葉に私は少し考えこんだ後、口を開いた。


 発明を何故したか、この質問は飽きるほどされてきた。だけど、私はその質問に一度も答えたことが無かった。別に、特に大きな理由はない。何となく嫌だったからだ。自分の内面を他人に見られることは誰しも嫌に思うだろう。その感覚と、同じもの。


 でも、彼になら話しても言い気がした。アレクシスはパーティーで数回顔を合しただけの相手。この感情は甘い恋心や信頼などではない。これは、ただの私の気まぐれだ。



「恥ずかしながら、兄と私はよく口喧嘩をしてしまうのです」


「…あのローレンがですか?」


「ふふ、意外でしょう?」



 その通りだと言ったような顔をするアレクシス。

 顔に出やすい…というか、そのまま出てしまっているアレクシスの顔を見て、思わず笑ってしまう。



「でも、兄との関係は良い方だと思っています。兄は私に優しいですし、私も兄を尊敬しています。ですが、兄は昔から当主になるために勉強ばかりで、私とは遊ぶ時間が中々ありませんでした」


「なるほど。確かに、俺も当主になるために勉強を強制されていましたっけ。それが嫌で騎士になったりして、父上には相当叱られましたよ」



 天才騎士と称えられる彼にそんな苦労があったなんて。

 そして、彼と私に共通点があったことに驚いた。私は、公女という立場にも関わらず、舞踏会やお茶会にも参加せず部屋に籠って発明ばかり。幸い、優しい両親からは応援されたが、周囲はそれを良くは思わなかった。

 だけど、私の発明に結果が出て、『天才公女』と呼ばれるようになった途端。手のひらを返して皆私に媚びを売るように擦り寄ってきた。


 …アレクシスも『天才騎士』と呼ばれるまでに沢山苦労してきたのだろう。

 そう、思い。さっきまでアレクシスを他の貴族連中と同じ扱いをしてしまった自分を恥じた。



「⋯もしかすると、兄はそんな令息に惹かれたのかも知れませんね」


「ローレンが俺に惹かれた?」


「はい、兄は誰よりも騎士に憧れていましたので」


「ちょっと待ってください、公女様の話はどれも信じられないものばかりです。ローレンが騎士に憧れていた? あの、勉強大好き野郎が?」



 信じられないと言った顔をするアレクシスを見て、笑った。


 こんなにも笑ったのはいつぶりだろうか。

 普段ここまで長い時間会話をするのは自分のことをよく知った家族くらいだ。だから、自分の話をすることがここまで楽しいなんて、私は知らなかった。



「そうですよ、ご存じなかったんですか?」


「全く知らなかったよ…」


「あはは、それはローレンに悪いことをしてしまいました。どうか、内緒にしていてくださいね」



 段々と話すことが楽しくなり、だんだんと敬語が抜けていく。

 ローレンはお互いにとって大切な存在。共通の話に盛り上がり、私達は楽しげに話を進めた。



「だから、私は発明をしたんです。優しい兄と遊びたくて、フリルは凄いねって…そう、褒めてほしかったんです。あはは、改めて言葉にすると少し恥ずかしいですね」



 私は瞼を閉じて、昔のことを思い出していた。



「そんなきっかけとは思いもしなかったよ。上手く言えないけど、あれだな。素敵…ですね!」


「そうでしょうか。表向きにはみんなの喜ぶ笑顔が見たくて作りました、と綺麗ごとを言っていおいて。本当は自分の私利私欲のために作っていただなんて、きっとみんな幻滅するはずです」


「どうしてです? そんなはずないでしょう。公女様の作る発明品はどれも素晴らしい」



 アレクシスの言葉を聞いて、嬉しさのあまり笑みが浮かぶ。

 発明家にとって、自分の発明品を褒めてもらえる⋯⋯これ以上に嬉しいことはあるだろうか。


 だけど、私は素直に喜べないでいた。さっきの誘拐犯の男たちの言葉が、ずっと気がかりだったからだ。



「令息、その言葉はどんな誉め言葉よりも嬉しいです。ですが、私の発明は全てが素晴らしいものではないのです。誘拐犯たちが今まで犯罪が使ってきた道具の中に、私の発明品がありました。私が、作り上げてしまったせいで被害にあった人がいるのならば、それは私のせいです。私は、犯罪の手助けをしていたのです」


「……自分の作ったものが犯罪に使われていたから、それは自分の責任といいたいのですか?」


「ええ。」


「公女様、それは違います」



 アレクシスと話して、私は彼が純粋な優しさで自分を助けてくれた、とても良い人だと分かった。

 だからこそ、彼は優しさで自分を慰めてくれているだけだと分かる。



「令息はお優しいですね。私が作った発明品、くんくんさんという物は、好きな香りをいつでもどこでも好きな時に楽しむことができるものでした。兄は強い香りが苦手なので、同じ部屋に居ても香油の香りを楽しみたくて作ったんです。…でも、まさかそれが犯罪に使われていたなんて。」



 全て、自業自得もしれない。そもそも、『くんくんさん』は自分の目的のためだけに作ったもの。いくら皆にも使ってほしいと考えたからって、一般に売らなければ、こんなことにはならなかった。

 これは、私の責任だ。



「公女様、料理をしたことはありますか?」


「…料理ですか?」



 突然の新たな話題に、困惑してしまう。



「はい!」



 優しいアレクシスは、落ち込んだ女の子が居れば放っておけない。親友の妹となれば尚更のこと。



「お恥ずかしながら、料理は一度もしたことがありません。令息は料理をされるんですか?」


「一応しますよ。まぁ簡単なものしか出来ませんし、俺も騎士団に入るまで一度も料理がしたことが無かったんですけどね。それじゃあ公女様、料理をする時包丁を使うことは知っていますか?」


「…馬鹿にしないでくださりますか? さすがの私もそれくらいは分かります」



 自分がからかわれたと思い、少し拗ねたように眉をひそめる。



「ははっ、それは失礼いたしました。では公女様、包丁は料理をする時無くてはならないものですよね? 美味しいご飯を作るために無くてはならない存在。でも、包丁は使い方によっては人を傷つける道具にも使えてしまう」


「…それは私の作る発明品と、包丁が一緒だという意味ですか?」


「いいえ、あくまでこれは例え話ですよ。使いようによっては、毒にも薬にもなる。発明に限らず、この世にあるものはなんだってそういうものですよ」



 アレクシスの言葉は、深く私の胸に刺さった。

 嬉しさでも、悲しさでもない。不思議な感情に襲われる。



「使い方によって、毒にも薬にもなる…ですか」


「はい。だから公女様が気にする必要はないです。それに、悪徳野郎は俺が成敗してやりますんで! なので公女様は何も気にせず、これからも皆を笑顔にする発明をしてください。」



 …どき、どき。


 何故か、彼の笑顔と共に告げられた言葉に、胸が高鳴る。初めて感じる胸の高鳴りの原因が、私にはよくわからなかった。



「もちろん発明だけじゃない、公女様。あなたはとても素敵な方です」



 アレクシスがそう言い、微笑むだけで胸が苦しくなった。


 アレクシスにとって、私はただの親友の妹。

 私が誰であっても、彼は励ましの言葉を囁くのだろう。



「なのでどうか元気を出してください!」



 ドキドキと、体がおかしい。これは一体何?

 もしかして、これは。


 ………不整脈かしら?



「って、気が利かなくてすみません! ドレスが汚れてしまいますね、一度立ち上がっていただけますか? マントを置くので、その上に座ってください!」



 突然叫びだしたアレクシスは、私のドレスが汚れることを気にしているという。アレクシスは自身のマントを脱ぎ。私にそのマントの上に座れと言った。



「いいえ、お気になさらないでください。マントは騎士にとって凄く大切なものだというじゃないですか」


「いいんですよ! マントよりもドレスの方が高いので!」



 そこは値段じゃなくて忠誠心だとかそういう話じゃないのかしら…?

 本当、侯爵令息とは思えない人ね。⋯⋯まぁ、私も似たようなものか。



「あははっ、もう、そういうことじゃないでしょう? ふふ、それではお言葉に甘えさせていただきますね」



 アレクシス親切に甘え、座り直すためにその場に立ち上がる。

 その時、ポスン、と何かが落ちる音がした。



「あれ? 公女様、何か落としましたよ。…それは?」


「えっ、あぁこれは、チェックさんという名前で、つい最近私が発明したものです。」


「こ、公女様の新たな発明品ですか!!」


「…よろしければ触ってみますか?」


「ええ! いいんですか!」


「ええ、どうぞ。」



 目をキラキラとさせてこちらを見るアレクシスに、私は落ちてしまったチェックさんを拾い上げ、アレクシスに手渡した。



「本当に公女様は凄いですね…これはどういったものなんですか?」



 手に取ったチェックさんをアレクシスは不思議そうに見ている。


 一般に発売しないものは、むやみに教えない方がいいのだけど…。

 まぁ、彼なら悪だくみには使わないでしょう。



「このチェックさんを対象の人物に向け、上についているボタンを押すと相手が自分に対して向けている感情と数値が表示される仕組みです」


「自分に向けている感情が分かる? それはまた凄いものを作られましたね…。これはどうして作られたのですか? 公女様も自分がどう思われているか気になるんですか?」


「ま、まぁ、そんなところですね。」



 本当はゴマすり貴族を判別するために作ったのだけど…。



「こう、ですか?」



 アレクシスは私から説明を受けると、突然私に向かってチェックさんを向け、そのままボタン押した。



「あ、ちょっと! 私で試さないでください!」


「へへっ、すみません。あ、ピンク色になりましたよ公女様! ピンク色は、どういう感情なんですか?」



 私は『チェックさん』を作るとき、色々な感情設定した。


 好印象と言っても、色々なものがある。

 例えば、オレンジは友情、黄色は信頼。


 そして、ピンク色は・・・



「…嘘、でしょう? 貸してくださいっ!」



 信じられない、と急いでアレクシスからチェックさんを奪い取り、画面を見た。



「そんな、私…」



 故障、かしら? えぇ、きっとそう、そうよ。そうじゃないとありえない。



「ピンク色の百? この数字は一体…? まさか公女様、その焦り方っ、!」



 アレクシスの言葉に、私は更に焦った。



「……嫌い度とかだったりしますか?」


「…いいえ、全く違います。」



 ショックだとでも言いたげな顔をしているアレクシスだが、その予想は完全に外れている。


 私はチェックさんを完成させるまでに、何度も沢山の使用人たちを使って試してきた。その際何度も好意的な色を見てきたし、大きい数字も見てきた。だが、百なんて数字は今まで一度も見たことがない。



「いやぁ良かった! 公女様に嫌われていたらどうしようかと⋯⋯。あれ、公女様、どうされましたか? 顔が赤いですよ」



 『チェックさん』に設定した、『ピンク色』の意味する感情。


 それは、恋心だ。


 その時、私は気づいてしまった。

 自分はアレクシスに恋をしてしまったのだと。そして、この胸のときめきは不整脈なんかじゃなく、恋心によるものだと。


 自分を励ましてくれるその優しさに。自分に向けられた、その素敵な笑顔に。私は、恋に落ちてしまったのだ。


 「大丈夫」だと返事をすれば、彼は「それならいいのですが」と、私に笑顔を向ける。そんなアレクシスの顔を見て、更に胸は高鳴る。その高鳴りはさっきから感じている。なんだ、これは恋だったのか。


 気づくのが遅すぎたくらいだ。

 私が気づかないなんて、ありえる? いいえ、ありえない。私は天才的な頭脳を持っているのに。…気づくためのヒントは沢山あったはず。それなのに、どうして分からなったのか。


 恋は盲目とは、こういうことなのか。





∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴





「…驚いたよ、まさかフリルがアレクシスを好きになるとはね」



 誘拐事件の翌日、私は兄のローレンに昨日起こった出来事を細かく話した。隠すことなく、一から百まですべてを。


 私が心配していたのは、アレクシスが騎士団長の命令を無視した件だった。彼が処罰を受けることを恐れ、お父様に事情を説明し、直接騎士団長に話を通してもらえるようお願いした。

 幸い、お父様が動いてくださったおかげで、アレクシスの処分は免れることになった。公爵であるお父様の言葉には、さすがの騎士団長も逆らえなかったようだ。



「なるほど。それで突然メイドたちにロマンス小説を大量に買ってこさせたわけか」


「うん。でも、全てに目を通したけれど、どれも役に立たなそうなものばかり!  ⋯私ね、今まで分からないことなんてなかったの。それが悩みになるくらいに」



 机の上に山積みになった本を前にして、私は深いため息をついた。


 勉強は人よりもずっとできた。どんな問題もすぐに解決できたし、自分が欲しいものは自らの手で生み出してきた。


 この世になければ作ればいい。それが、私の生き方だった。


 膨大な資料を読み漁り、幾度も試行錯誤を重ねて完成させた発明品の数々。そうしているうちに、いつの間にか私は“天才”と称されるようになり、発明家としての名声を得た。


 だけど、恋愛に関しては、まったくの無知だった。

 だって、恋なんてくだらないものだと思っていたから。

 恋とは何か。恋の結末は結婚?  私にとって結婚とは家のためにする政略結婚でしかなかった。では、恋愛とは一体何なのか?



「分からないのよ……」


「分からない? 何がだ?」


「アレクシス様のことを好きなことは分かっているの。チェックさんは故障していなかったし、医者に診てもらったけれど病気でもなかった。彼を見て高鳴る胸の鼓動は、恋としか言い切れない。」


「フリル…。お前、恥ずかしいことをよくもまあそんなに堂々と語れるな……」



 恥じらうことなく甘い言葉を並べる私に、ローレンは呆れたような、どこか照れ臭そうな顔をした。



「でも、どうして彼のことを好きなのか分からないのよ。」


「どうして、か。……運命とか?」


「運命…?  ありえない、非科学的すぎるわ」


「ははっ、どんな難しい発明だって簡単にこなす天才公女様が、恋に悩むなんてねぇ」


「……悔しいけど、その通りね。恋は計算式じゃ解けない。どんな書物にも、明確な恋の解説書はなかった。もう、どうしたらいいのよ」



 あの日から、ずっと彼のことしか考えられない。大好きだった発明ですら、手につかなくなってしまった。



「恋愛の攻略本を、誰か作ってくれないかしら……」


「お得意の発明で作れば?」


「うるさい!」



 ニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら私をからかうローレン。



「……はあ」



 分からないわよ。恋なんて、全くもって未知の世界。

 こんな難題、私はまだ習っていないもの。





∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴





「公女様」



 扉の外からメイドが声をかけてきた。



「どうしたの? 用ならハットちゃんに入れておいてって、いつも言っているでしょ」



 『ハットちゃん』とは、私が開発した発明品である。『Hey ハット』と声をかけると起動し、録音や質問、さらに情報整理までしてくれるとても便利な機械。あまりに優秀すぎるため量産は難しく、私専用の世界に一つの発明品だった。



「それが、公子様がいらしてまして……」


「ローレンが? それを早く言ってちょうだい、すぐに通して」



 私の言葉にメイドは短く返事をすると、すぐに扉の開かれる音が聞こえてきた。



「やあ、フリル」



 次に、落ち着いたローレンの声が部屋に響く。私が向いているのは窓の方で、今はドアに背を向けている状態だ。それでも、この声が兄のものだとすぐにわかった。



「いらっしゃい、ローレン。今ちょっと手が離せなくて、背中を向けたままでごめんなさい。終わるまで少し待ってくれる?」


「また発明に没頭していたのか? 相変わらずフリルは発明ばかりだな」


「相変わらずってなによ。そうよ、私は今日も発明ばかりよ。忙しいあなたと違ってね!」



 不満げに返事を返すと、ローレンの小さい笑い声が聞こえた。全く、ローレンったら私をバカにしに来たの…?



「もう! 意地悪を言いに来たのなら帰って大好きな勉強でもしてればいいじゃない! どっか行ってよ!」


「そうか、分かったよ。」



 ローレンは私の言葉に静かにそう返すと、足音を立てて部屋を出ていこうとした。


 あれ? ちょっと、どうしたの。今日はやけに素直じゃない。


 私の強気な言い方は、優しい兄が許してくれると分かっての言葉。

 きっと今回も「仕方ないな」と笑って許してくれると思っていたのに。今日のローレンは、何故か素直に引いていこうとしている。


 ほ、本当に帰ってしまうの?


 兄を引き留めるために私は作業をしていた手を止めて、慌てて振り返った。



「ま、待ってよローレン、私が悪かったから! ……へっ?」 


「すまないなアレクシス。妹がこう言ってることだし、僕たちは帰るとしよう」


「こ、こんにちは、公女様。お久しぶりですね」


「な、なっ…! なんで、どうして…!」



 毎日顔を合わせる見慣れた兄の隣に、そこにはないはずの、私の想い人――アレクシスの姿があったからだ。


 あの日以来、一度も会うことのなかった相手。それなのに、毎日何度も思い出してしまう相手。ずっとずっと、会いたかった彼が目の前にいる。


 けれど、会いたいと願っていたはずなのに、想像すらしていなかった突然の再会に私は顔を真っ赤にして、言葉を失った。

 そして次の瞬間、耐えきれず逃げるように部屋の奥へと走り去る。



「おーい、出ておいでよフリル」


「……お願いですから、一人にしてください。」



 私が逃げ込んだ先は、部屋の隅に雑に置かれていた『カタツムリん』の中だ。


 『カタツムリん』とは、私の発明品の一つ。

 カタツムリの殻のような形をしており、少女一人がすっぽり入れるほどの大きさをしている。

 一度中に入ってしまえば、外から中の人間を引きずり出すことは不可能。中にいる人間が自ら出てくる以外、外に出る方法はない。



「おいローレン、やっぱり俺が来ちゃまずかったんじゃ……」



 そんなことはない。そう、すぐにでも否定したかった。

 だけど、久しぶりに聞いたアレクシスの声に胸が高鳴ってしまい、ときめきと緊張のあまり、言葉が出せないでいた。



「…ま、今日はこんなもんか。アレクシス、お前は先に僕の部屋に戻ってくれるか?」


「? あぁ、分かったよ。…それじゃあ、公女様、突然お伺いしてしまいすみませんでした。失礼いたしますね」



 ローレンの言葉に素直に頷き、アレクシスは部屋を出ていった。


 正直、彼もすぐに立ち去りたかったのかもしれない。公女という自分よりも高い身分の私の自室に来ることに対して、気まずさを感じていたのだろう。



「アレクシスは行ったよ。出ておいで、フリル」



 ローレンに呼ばれ、私は恐る恐る『カタツムリん』から出た。

 先ほどまでの真っ赤に染まった顔とは打って変わり、今の私は涙目になりながらも、怒りのあまり小刻みに震えていた。



「……やってくれたわね、ローレン!!」


「まぁまぁ、そんなに喜ぶなよフリル。愛しの天才騎士様を連れてきてやったんだから。会いたがってただろ?」


「あぁそうね! 会いたかったわよ! でも、突然部屋に連れてくるとかじゃなくて、パーティーとかでって意味よ馬鹿!」


「はいはい、僕が悪かったよフリル。機嫌を直してくれ」



 焦った様子で私をなだめるローレン。しかし、その瞳には明らかに面白がっている光が宿っていた。



「フリルはそんなにアレクシスが好きなのか?」


「………そうよ、悪い?」


「そう。それならいっそのこと父上に頼んで婚約を結べばいいじゃないか。お前は公爵令嬢で、相手は侯爵令息。お前が望めば、簡単に結べるさ。父上は皇子とお前の婚約を望んでいるようだが、皇子には想い人がいるというし、お前も皇后になる気はないんだろ?」


「当たり前よ! アレクシス様の元に嫁げず、他の殿方の元へ嫁ぐことになるくらいなら。私は死んでやるわ!」



 死んでやる、と言い切った私を見て、ローレンはわかりやすくため息をついた。



「……なんでそこまで言い切れるのに、想いを伝えられないのか分からないよ僕には。この際、惚れ薬でも発明したらどうだ?」


「惚れ薬って…。さすがの私もそんなことしないわよ。それに、アレクシス様はきっと私のことなんて異性として見てくれてもいないわ。告白したとしても、きっと振られてしまうもの……」



 ローレンの言うことは正しい。それに、何も言い返すことができない自分が情けない。

 想いを伝えたいのに、伝えたくない。そんな矛盾した気持ちに揺れるのは初めてで、どうすればいいのかわからなかった。



「僕の妹は美しいし、聡明だ。もしもアイツがお前を拒むのなら、僕はアイツを殴る」


「ふふっ、ローレンが暴力? それは少し見てみたいかもしれないわね」


「あぁ、やってやるとも。それに、アイツは僕を殴れないからね」


「どうして?」


「そういう奴なんだよ、アレクシスは。友には決して暴力を振るえない優しい奴。僕はアレクシスを信頼している。だから、お前のことを任せられる」


「ローレン……」



 ローレンと私は生まれた時からずっと一緒。初めて声に出した言葉はお互いの名前。私が泣けば、一番に駆けつけてくれるのはローレンだ。


 死ぬも生きるも一緒の中、二人は運命共同体。


 自分を心配してくれるローレンを見ていると、なんだか嬉しくって笑みが浮かんでくる。



「それに、フリルとアレクシスが結婚すれば、アレクシスは僕の弟になるんだろ? はっ、それって最高だな」


「…ローレン、まさかそれ目当てじゃないでしょうね?」


「……僕はもう行くよ。アレクシスを一人にさせては可哀想だからね」


「あっ、ちょっと! 待ちなさいよローレン!」



 はぁ、私の感動を返してちょうだい…。


 兄妹愛の感動の時間は一瞬で過ぎ去り、ローレンの悪だくみが見えてしまった。

 得意げにウィンクを決め、「最高だ」と笑うローレンに、私は呆れたようにため息をついた。





∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴





「…Hay ハット。私は、どうしたらいいのかしら」



 私は窓際の机に頬杖をつきながら、小さな発明品『ハットちゃん』に話しかけた。


 今日は何もしない日。何もせずに、ダラダラする日だ。

 私にだって発明をしない日もある。こうして何をするわけもなくただ自分の作った『ハットちゃん』と会話をするだけ……そんな日が私にもあったっていいじゃないか。

 それに元々、『ハットちゃん』は友達の居ない私が自分の話し相手が欲しくて作ったもの。使い方としては、正しい。



「やぁこんにちは! 僕の名前はハットちゃん!」


「…あのね、私はアレクシス様が好きなの。彼が好きで好きで、どうしようもないのよ」


「大丈夫だよフリル! きっと、彼は振り向いてくれるさ!」


「…証拠は? 根拠は? きちんと数式に表して証明してちょうだい。」



 感情のない発明品に恋の相談は普通じゃない。そんなことは私も分かっている。

 けれど、恋をすると人は普通ではいられないものだ。自分の全てを差し出してでも、愛しき人と結ばれたい。だからこそ、こんなにも胸が苦しくなる。


 恋をするとこんなにも苦しくなるなんて、知らなかった。


 感情がぐるぐると渦巻く。どうしようもなくて、無意味な問いを繰り返してしまう。



「大丈夫だよフリル! きっと、彼は振り向いてくれるさ!」


「……おかしいわね、同じ言葉を繰り返すなんて。うーん、ついに故障かしら? ハットちゃんはかなり丁寧に作った製品だから、他の製品よりも故障する確率は低いはずだけど」



 故障かどうか確認するために、一度中を開けようと小さな鳩がデザインの『ハットちゃん』を手に取った。

 その時、『ハットちゃん』はカタカタと突然揺れ始める。


 な、なによ、どうしたの? 本当に故障してしまったの?



「だからフリル! 君も、早く振り返るんだ!」



 振り返る。振り返るとは、どういう意味なのか。

 話しかけていないのに、『ハットちゃん』が自ら話し出すなんて初めてのことだ。いいや、それよりもこんな仕組みに私はしていない。



「…はぁ、後ろに何があるって言うの、よ、……えっ?」



 特に深く考えることもなく、疑問に思いながらも言われるがまま後ろを振り返った。



「ご、ごきげんよう公女様…。ローレンに君を呼んできてくれと頼まれて、その、来たんだ…」



 そこに立っていたのは、顔を真っ赤に染めたアレクシス。


 その瞬間、私の顔は逆に血の気が引いて真っ青になった。


 嘘でしょう? いつからそこにいたの?

 どこから、どれだけの話を、そこで聞いていたの?



「あっ、アレクシス様…! いつからそこに居らっしゃったの!?」 

 

「違う! い、今来たばかりさ! なっ、何も聞いていない! 俺は何も!」

 

「嘘だね! 彼はフリルが僕に声をかける前から、そこに居た! ずっとそこに居た!」



 アレクシスの必死の弁解は、虚しくも『ハットちゃん』の言葉によって防がれた。

 『ハットちゃん』の言葉を聞いた途端、私の顔はアレクシス以上に赤く染まった。



「あのっ、そのっ、アレクシス様…!! 今のはっ…」



 考えるのよフリル。何のために今まで勉強をしてきたの? 何か言い訳を考えるのよ、なにか良い策を…! 


 ……だけど、本当にこのままでいいのかしら。


 いつまでもこうして、部屋に引きこもってばかりで本当にいいの? ずっと殻にこもって、アレクシス様への想いも閉じ込めて。ずっと、何事にも逃げてばかり。


 私の作る発明品はいつだって世界中に羽ばたいて行くけれど、私自身は、いつも部屋に籠って…。


 いいえ、このままではダメだわ。


 私はラティア公爵家の長女、フリル・ラティアよ。

 いつまでも逃げてばかりではいられない。公爵家の娘として、誇り高く振り舞うの。


 フリル……覚悟を決めるのよ!!



「アレクシス様!!」


「は、はい!」



 私は恥ずかしさのあまりに困り眉になってしまっていた眉をギュッとつり上げて、覚悟を決めたように想い人、アレクシスの名前を呼んだ。


 アレクシスは、驚きと困惑の入り混じった声を上げて答える。私の表情があまりにも真剣だったからだろうか。彼の瞳の中に、ほんの少しの戸惑いが浮かんでいたように見えた。


 私はそのまま、決意を固めるように言葉を紡いだ。



「私の名前は、フリル・ラティア! この名に恥じないよう、私は今からあなたに大切な話をいたします…!」



 どきん、どきん、と心臓が高鳴る音が耳に響く。こんなに大きな音が自分の胸から聞こえるなんて、自分でも信じられない。


 アレクシスの顔が、少し赤くなったことも私は見逃さなかった。そして、そんな彼の反応に私の胸の高鳴りはさらに強くなった。心の中で何度も、勇気を出して言おうと思っていたことが、今、まさに口に出そうとしているのだ。


 高鳴る胸が苦しくて、愛する人を求めている。

 あなたが好き、愛している。そう、ずっと伝えたくて仕方なかった。



「私は、あなたのことが……!!」





 彼女の名前はフリル・ラティア。


 公爵家の長女という権力者であり美しく聡明な公女様。この世の何よりも発明を愛しており、そんな彼女についた異名は天才発明家。


 フリル・ラティアが作る発明は、誰かへの愛情からできるもの。

 今までの彼女の発明への想いは、大好きな兄へ向けての兄妹愛。

 そして今、アリスの発明への想いは………アレクシス・ランディアへの恋心だ。



(…あれ? そういえば、ハットちゃんは普段は私を『フリル様』と呼ぶはずなのに、どうして『フリル』って呼び捨てにしていたのかしら…? まぁ、そんなのどうでもいいか。ただの故障かなにかでしょう。)





∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴





「Hay ハット」



 静まり返った部屋の中で、青年は静かに声をかけた。その声に反応するように机に置かれていた発明品が反応する。



「やぁこんにちは! 僕の名前はハットちゃん!」



 『ハットちゃん』を起動する呼び出し声である、『Hay ハット』という言葉を聞き、発明品は機械的な音を出しながら起動した。



「君に言われた通り、僕は仕事をしたよ! これでよかったかな!」



 内部に搭載された、人感センサーと音声録画登録機能によって『ハットちゃん』は自分を起動させた人物が一体誰なのか判別した。



「…あぁ十分さ、よくやってくれた。無線ミニトランシーバーを君の中に仕込んでおいて正解だったよ。まさか、昔にフリルから貰った発明品がこんなところで役立つだなんてね。君も、ちゃんと僕の指示通りに動けていた」


「えへへっ! まぁね!」



 青年に褒められた発明品は、嬉しそうに笑っている音声を響かせた。


 …どうして、いつもは『フリル様』と呼ぶ『ハットちゃん』が、自身を作った主人である彼女を『フリル』と呼んだのか。

 どうして意思のないただの機械である『ハットちゃん』が話しかけても居ないのに自ら話したのか。



「えへへっ! 偉いでしょう! 『 妹を幸せにしろ 』って君の命令を、僕はちゃんと聞けたよ! …それじゃあ、また何かあったらいつでも僕を頼ってね!」



 暗闇で微笑む青年。彼の名前はローレン・ラティア。

 彼はこの世にあるどんなものよりも、妹であるフリル・ラティアを想い、大切にしてきた。


 ずっと家に置いておきたくて、誰にも大切な妹の手を渡したくない。

 だけど、可愛い妹の願いは何でも叶えてやりたい。幸せに、笑っていてほしい。


 兄とは、そんな矛盾した気持ちの悪い感情を持つものなのだ。



「…それにしても、アレクシスの奴。フリルを想うがばかり、騎士団長の言葉を無視して助けに行くなんて馬鹿な奴だな。まぁあいつの良いところはそういうところなんだけど。長年アレクシスからフリルへの恋心を語られなくて済むのはありがたいか。……いや、むしろ増すのか?」



 全て、心配性のお兄様によって計画されていた。



「妹を泣かさないでくれよ、親友」



 これは、兄妹愛が起こした。

 天才発明家と、天才騎士による、恋の物語――。




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15歳の時に初めて作った小説が眠っていたので載せます。一年前…懐かしい。

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