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奏空の人気

フローライト第五十三話

季節は冬に移行し、奏空の仕事が忙しくなった。新人賞候補だった奏空のグループはテレビの仕事が増えていた。


けれど奏空はほとんど毎日のようにラインをくれたし、話せる時は電話もくれた。オフの日は必ず会いに来てくれた。


「大丈夫なの?」とその日の夕飯を一緒にしながら咲良は聞いた。


「全然大丈夫・・・って何が?」


「忙しいんでしょ?学校もあるし・・・疲れてない?」


「全然疲れてないよ」


「そう?ならいいけど」


「あー今日はここに泊まりたい」


「また、ダメだよ。朝帰りなんかしてもし見られたら・・・」


「見られてもいいのに」


「ダメだよ。特に今は大事な時でしょ?」


「大事な時とは?」


「新人賞候補なんでしょ?何かあったら私が恨まれる」


「あー咲良が恨まれたら困るね」


「私だけじゃないよ。奏空も困るよ」


「大丈夫だよ」と口づけてくる奏空。その無邪気な笑顔を見ながら(ほんとに大丈夫なのかな)と少し心配になる。


 


そして年末、クリスマス前から怒涛のスケジュールになった奏空は、ラインも来ない日が数日続いた。咲良はひどく寂しい気持ちになってそしてそんな自分に焦った。相手はあの利成の息子なのだ。本気になんてなってもどうにかなる関係ではない。


(やっぱりもう田舎に帰ろうか・・・)と不安になる。


クリスマスの日、奏空から電話が来た。


「もしもし?」と出ると「咲良、ごめん。連絡できなくて」と奏空の明るい声が聞こえて咲良は涙ぐみそうになって焦った。


(あーやっぱりこれは帰り時かな・・・)


「いいよ、忙しいんだろうから」


「忙しくなんてないよ。今日会える?」


「・・・会えるけど・・・」


「良かった!うち来てよ」


「えっ?」と思う。「何で?」


「だってそっちに行くと帰らなきゃならないでしょ?咲良がうちに泊まればそういうことないじゃない?」とギョッとすることを奏空が言いだす。


「バカ、そんなことできないでしょ?」


「できるよ。お泊りの準備してきて」


「は?」


バカじゃない?と無視して準備をしていなかったら、インターホンが鳴った。


「迎えに来た!」と奏空が玄関で言う。


「は?だから行かないって」


「行くって決まってる。いらないの?準備?それならそのまま出よ」


「ちょっと」


咲良は腕を引っ張られ焦った。


「奏空のお母さんは?ちゃんと言った?」


「言ったよ。オッケーだって」


「私のことなんて言ったの?」


「彼女を泊めたいって言ったよ?」


どういうこと?と思う。


「奏空のお母さん、私のこと知らないの?」


「何を?」


「利成とのことだよ」


「知らないと思うよ」


「・・・・・・」


「大丈夫、俺がついてるじゃん」


「・・・・・・」


「とにかく行くよ」とまた腕を引っ張られた。「タクシー待たせてるんだよ」と言われ咲良は焦った。


「わかった。ちょっと待ってて」と言うと「早くね」と奏空が言う。


 


タクシーに乗り込むと「大丈夫、運転手さんには口止めしたから」と奏空が笑顔で言うと、タクシーの運転手も笑顔で頷いていた。


(まったく・・・)


どういう子なんだか・・・?と利成以上の強引さに呆れる。


利成の家に着くと、さすがに最初の時より緊張した。


「奏空、利成はいるの?」


咲良は横目で駐車されている車を見た。


「あ、帰ってるかな。車あるから」


「そう・・・」


ドアを開けると初めて来たときのように奏空が玄関で「ただいま!」と声を張り上げた。パタパタときたのはやはり奏空の母親だった。


「こんばんは。すみません、何か・・・」と咲良は頭を下げた。


「こんばんは。こちらこそ、奏空が強引に決めたんでしょ?ごめんね」と奏空の母親の明希は言った。


(やっぱり知らないんだな・・・まさか息子の彼女が自分の夫の浮気相手だなんて・・・)


リビングは通らず真っ直ぐ奏空の部屋に行った。すると奏空がいきなり口づけて来た。


「もう、何かずっとしてなかったよね」と笑顔で顔をのぞき込まれる。


「そうだね」と咲良は奏空から目をそらした。この部屋には二度目だ。奏空のベッドの上に座った。するとまた奏空が口づけてきて、そのままベッドの上に押し倒された。


「ちょっと、親がいるんだからやめて」


「親って明希のこと?」


「他に誰がいるのよ」


「ハハ・・・そうだね」と言ってまた口づけてくる。


「だからー」と身体を押し返した。


(まさかここでする気じゃないよね?)と思う。


そこでドアがノックされて「奏空」と明希の声が聞こえた。


「なあに?」と奏空がいうとドアが開いた。奏空は咲良の上に乗ったままだ。奏空の母の明希は驚いた表情をした。


(そりゃそうだよね・・・)と咲良は奏空の顔を見たら、当人はいたって平然としている。


「ご飯は?その、咲良さんは・・・」


「あ、食べたので気にしないで下さい」と少し上半身を起こして咲良は言った。


「そう・・・じゃあ」と明希が出て行く。


「ちょっと!」と奏空の身体を叩いて起き上がった。


「お母さん、びっくりしてたでしょ?そういうのやめてよ」と言った。


「明希のことは気にしないでよ」


「気にする。しかも何?母親のこと呼び捨て?」


「うん」


「おかしいんじゃない?」と咲良は奏空の顔を見た。


「おかしいかな?」


「おかしいよ」


「ま、いいじゃん」とまた口づけてくる奏空。


「ちょっとまさかここでする気じゃないよね?」


「え?ダメ?」


「ダメでしょ、何考えてるの?」と咲良がまた奏空の膝を叩いた。


「咲良こそ考えすぎだよ」


「考えなさすぎだよ、奏空は」


「そうかな・・・」


「ちょっとトイレどこ?」


「あ、出て一番奥だよ」とドアを開けて説明される。咲良がトイレから出ると奥の部屋から音が聞こえて来た。


(ギター?ピアノ?何かの機械音か・・・)


そして(あ・・・)と思う。きっとその部屋は利成の部屋なのかもしれない。


利成と抱き合った日々・・・それは二年以上も続いたのだ。また古傷のようなものがじくじくと痛んだ。


(でも、もういいや)


一時は復讐まで考えた。この家庭を壊してやろうと本気で思った。なのに・・・。奏空と付き合いだしてから何だかすっかりそんな気持ちが失せていってしまった。


咲良が踵を返し、奏空の部屋に行こうとした時に後ろで部屋のドアが開く音がした。反射的に振り返った咲良は利成と目が合ってしまった。


「あ・・・」と声が出て一瞬その場に凍り付いた。利成も驚いた顔でこっちを見ていた。


「咲良、ちょうど良かった。こっちに来て」と言われる。


咲良が利成の後から恐らく利成の仕事部屋らしき部屋に入ると、利成に「ドアちゃんと閉めて」と言われた。


「何?」


咲良はドアを閉めてそのままドアの前で聞いた。


「一応聞きたいんだけど・・・奏空と付き合ってるのは何のため?」


「何の為?何の為でもないよ」


「そう、俺のことは関係ない?」


「関係ない」


そういうと利成が近づいてきた。咲良は身体を強張らせてドアのノブに手をかけた。


「そんなに警戒しないでよ」と笑われる。


「ちょっとだけ咲良に頼みがあってね」と言われる。


「何よ?」


「・・・・・・」


「早く言って」とまたドアノブに手をかけるといきなり引き寄せられた。


「ちょっと!」と焦って利成から離れようとした。けれどそのまま抱きしめられて力が抜ける。利成の温もりに涙が出そうになった。脱力してしまった咲良の耳元で利成が言う。


「咲良とのこと、明希には言わないで欲しいんだ」


「・・・・・・」


咲良は身体を少し離し、利成の顔を見つめた。


(利成が頼み事?)


じっと利成の顔を見つめていると、「フッ」と利成が笑った。


「頼み事なんてしたこと今までなかったんだけど、今は俺もだいぶ弱気になっちゃってね」


「・・・そんなの私に関係ない」


「そうだね、だから頼んでる」


「私は今は奏空と付き合ってるから、利成とのことなんてもう関係ない。だからそんな頼み事されたって・・・」


「奏空とは本気なの?」


「・・・本気だって言ったらどうかなる?」


「別にどうもならないよ」


「じゃあ、いいよね?もう」


そう言ったらまた抱きしめられた。


「もう、やめて・・・」と言いながら離れられなかった。このままずっと抱きしめられていたい思いにすらなって悲しくなる。


「咲良・・・ごめんね」と言われる。


完全に脱力して利成の背に手を回した。涙が出て来た。自分は愛されていないともう一度確認したような思いだった。


その時ドアが開いた。けれど咲良はドアの方に背を向けていたので誰が開けたのかわからなかった。利成が特に焦る様子もなくゆっくり咲良から身体を離した。


「ちょっと!」と奏空の声が聞こえた。


「咲良、遅いと思ったら!」と手をつかまれた。利成を見ると特に表情も変えずに奏空を見ている。


「利成さん、もう咲良は俺の彼女だからね!利成さんは咲良を捨てたんだよ?もう手を出さないでよ」と奏空が言ったので、驚いて咲良は奏空の顔を見た。するといきなり利成の笑い声が聞こえた。


「手なんか出さないから二人で仲良くね」と利成が面白そうに言った。


 


「咲良!」と奏空の部屋に戻るとベッドの上で顔をのぞき込まれる。


「もう、何で利成さんの部屋になんか行ったの?」


「呼ばれたんだよ。自分から行ったわけじゃない」


「利成さんが呼んだの?何だって?」


「奏空のお母さんに言わないでって言われたよ」


「何を?」


「昔の私と利成のことだよ」


「へぇ、そうなんだ」


「そう」


すると奏空がいきなり笑い出した。


「弱気な利成さんって初めて」と楽しそうな奏空。さっきは利成が楽しそうにしてたし・・・。


(もう、何なの?この親子)


「あー明日、仕事行きたくない」と奏空がベッドに横になった。


「そんなわけに行かないでしょ?私だって仕事だよ」


「んー・・・ねえ、咲良、結婚しない?」


(は?)


「何言ってるの?奏空はアイドルなんだよ?結婚どころか彼女もダメだよ」


「えー・・・じゃあ、もうアイドルやめようかな」


「ちょっと!」とまた奏空の膝を叩いた。


「そういう無責任なのやめなよ」


「無責任?」


「そうだよ。会社と契約してお金貰ってやってるんだよ?お子様のクラブ活動じゃないんだよ?」


「ハハ・・・そうだね」と奏空が面白そうに言った。


「そうだよ」


「咲良もここにおいでよ」と奏空が寝ている横を手で叩く。


「やだよ」


「何で?」


「だから、親のいるところでしないからね」


「さっきはしそうだったじゃん。親の前どころかその親と」


そう言われて咲良はハッとして奏空の顔を見た。奏空は今度は真面目な表情をして咲良を見つめていた。


「そんなわけないでしょ」と咲良は奏空の隣に寝転んだ。


「ほんとに?」と奏空が咲良の顔を見つめてくる。


「ほんとに決まってるでしょ」


「じゃあ、そういうことにしとこう」と奏空が口づけてきた。


着ているTシャツをめくられてブラジャーを押し上げてくる奏空に、咲良は焦ってその手をつかんだ。


「だからやめて。頭おかしいんじゃない?」


「うん・・・頭おかしいかも?でもね、その考えの方がおかしいのかもよ?」


「どういう意味?」


「さあ・・・」と言ってジーパンのボタンを外される。


(あーもういいや)とすぐ投げやりになるのが自分のいいところ?悪いところ?と思いながら、抵抗するのをやめた。こんなイカれた彼氏を持った自分が悪い。


(どうか、終わるまでドアが開きませんように・・・)と祈りながらしたので、まったく感じるところじゃなかった。


「ねえ、奏空ってどうしてそんな自由なの?」とセックスが終わるまで誰もドアを開けなかったことにホッとしながら咲良は言った。


「ん?自由とは?」


「何か、縛られてないっていうか・・・こんな風に親のいる自宅の部屋でやっちゃうところとか・・・」


「ハハ・・・。だって恥ずかしいことなんてしてないでしょ?」


「いや、恥ずかしいよ、かなり」


「んー・・・俺はそれより咲良がまだ利成さんが好きなことにショック」


「好きじゃないって」


「そうかな~」と頬をつつかれる。


「そうだよ」


 


次の日の朝、利成と妻の明希と奏空との食卓に一緒に座らせられて物凄くいたたまれない。利成は何も言わずこっちを見もしなかった。妻の明希だけが何かと気を使ってくる。


(私とした日の朝もこんな風に家族で食卓を囲んでたんだろうな・・・)


「ごちそうさまでした」と帰り際の玄関で明希に挨拶をした。すると「朝倉さん、俺も今出るから送ってあげる」と利成に言われる。


「え?」と咲良は奏空の顔を見た。


「咲良、利成さんに送ってもらいなよ」と普通の顔で言われて、咲良は奏空の顔を睨んだ。


(もう何?)


あまりに頑なに断っても帰って変に思われると思い、咲良は仕方なく利成の車の助手席に乗った。車を発進させてから咲良は言った。


「明希さんに言ったりしないから安心して」


「うん・・・咲良ならそう言ってくれると思った」と言われてその横顔を殴りたくなる。


「だけど、奏空から挑戦状投げつけられたかの気分だよ」


(は?)


「意味わからないけど?」


「そうだよね」と利成が笑っている。


「奏空君のことも本気じゃないから安心して」


咲良はそう言った。そうだ、これ以上本気になる前に田舎に帰らなければ・・・。


「そうなの?それは奏空ががっかりするだろうな」


「・・・・・・」


車がアパートの前に着く。


「じゃあ・・・」と車のドアを開けた。


「またおいでよ」と利成が言うので咲良は振り返った。


(よくそんなこと言えるな・・・)とまた殴りたい思いになる。


咲良が黙っていると「きっと奏空がまた誘うだろうけどね」と利成が言った。

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