不当な追放だと言われましても
追放されたけど別に特殊能力も開花しないしまぁそりゃそうなるよっていう何の捻りもない話。
「ちょっといいか?」
とある街。大きな酒場は昼から既に賑わっているが、流石にまだ酔っぱらって大暴れするような奴はいない。適度に飲んでたくさん食べて。そうして盛り上がっているテーブルはいくつかあって賑やか通り越して騒々しいまであるが、概ね平和な光景だ。
その中で比較的おとなしく食事をしていた冒険者一行に、別の冒険者が近づいて声をかけた。
声をかけた冒険者は中堅ランクといったところか。見た目はまだ若いので、それで既に中堅と思われる風格が漂っているというのは相当の実力者だと見受けられる。
声をかけられた一行はある者は手を止めて、ある者は口の中の物を飲み込んで。
きょとん、とした顔を彼に向けた。
「えっと、何か?」
一行の中でのリーダーでもあるラントがとりあえず応対する。
こちらはまだ駆け出し感が否めない、というか初々しさが抜け切れていない青年であった。
「聞きたいことがあるんだ。少し話をいいだろうか?」
そう言った男は、名をライルと言った。
「ライル……あ、あのライルさん? えっ、僕たちに何か?」
ライルは冒険者の中でもそれなりに有名で、実際この街の人間で彼を知らない者はいないだろうと言われている。
小さな町や村ならともかく、大きなところでほぼ全員に顔を知られている程の有名人に声を掛けられると思っていなかったラントは驚いたように仲間たちに目を向けた。
この街の人間でライルを知らない者はいないが、ラント達一行はこの街に来てまだ日が浅く、冒険者としても実際駆け出しからギリギリそろそろ抜け出せそう……といったところだったので。
ライルの名を知ってはいても、顔はまだ把握できていなかった。
若い男だと聞いていたので、まだ若いのにそんなに有名なのか、凄いなぁ、と若干の憧れはあったけれど、実際にその本人と言葉を交わす事になるとはこれっぽちも思っていなかったのである。
「あぁ、そうだな。
ゲインの事、と言えばわかるだろうか」
ゲイン、という名を聞いてラント達は思わず表情を曇らせていた。
「あぁ、ゲイン。はい、まぁ大体は。それで、何が聞きたいんです?」
ゲイン、というのはラント達パーティにかつていた元仲間と言ってもいい。
元仲間ではあるけれど、しかし少し前にラント達は話し合ってゲインにパーティから抜けてもらったのだ。
穏便な言い方をすればお別れ。物騒な言い方をすれば追放。
まぁ実際追放に近い形になってしまったな、とラントは思っているし、仲間たちもそれは同様であった。
「彼を追放した理由について」
ライルの動向に注目していた他のテーブルの冒険者たちも、思わずこちらに注意を向けていた。
ライルがただいるだけなら別にそこまで気にしたりもしないが、しかし聞こえてきた内容が穏やかではない。駆け出し冒険者が仲間を追放するような事というのは、そもそも滅多にないのだ。
まず冒険者になろう、と思った者がいたとして。
一人でなるにしても、一人でできる事には限りがある。
余程弱い魔物だけを相手にするなら一人でも大丈夫かもしれないが、魔物というのは未知の生命体であるが故に、弱い奴しかでないと高をくくっていたら突如強いのが出現、なんて事もある。そういう時一人だと高確率で死ぬのだ。
魔物は放置し続けると、数が増え、個体も徐々に力をつけていくので見かけたら己の実力で倒せる範囲で倒すことが推奨されている。
放置したところでいい事なんてほとんど無いのだ。
強い魔物から取れる素材は強力な武具の素材になると言われているが、その素材のためだけに魔物を放置し強化させたとして、倒せなければ最悪の事態に陥るわけで。
そうでなくとも不測の事態なんてものはいくらでもある。
そういった時、一人だとまず間違いなく対処しきれないし、そこで命を落とせばこの状況を伝える事もできない。結果として更に力をつけた魔物が町や村の方へやってきて暴れて大勢の命が失われるなんて事もそれなりにあるのだ。
なので冒険者になる場合、一人でなったとしても、ギルドで他に仲間を探している相手と組んだりして複数での行動をするようにしている。その方が生存率が上がるからだ。
一人では死ぬしかない状況であっても、仲間がいるのであれば助けを呼びに行くだとかでギリギリのところで助かる事だってあるし、もしそこで命を落としたとしても逃げた仲間が正しく情報を伝えてくれれば周囲への被害は抑えられる。
ラントと今いる仲間たちは冒険者になって一山ドカンと当てられたらいいなぁ、というふんわりした野望というか夢を持って冒険者になった。故郷が同じで、所謂幼馴染である。
同じ村で育って良いところも悪いところも知り尽くしたような仲間たちとコツコツ地道に頑張っていたのだが。
ゲインはそんなラント達の仲間に入れてくれと言って後からやってきた冒険者だった。
ラント達よりも少しだけ先に冒険者になったゲインは、右も左もわからないようなラント達に色々と冒険者としての心得を教えてくれたりして、最初の頃は大いに助けになっていたのだ。
実力的な面でいってもゲインはラント達よりずば抜けていて、かつてはラント達のパーティでのメインアタッカーでもあった。
彼がいたからこそ、少しばかり危険なクエストに挑んだりもできたのだ。
「それを聞くのは、ライルさんの所に今度はゲインが行った、って事ですか?」
「まぁ、そうだな……彼の実力はかなりのものだ。戦力としてなら申し分ない」
「色々面倒を見てやった奴らに裏切られた、とか言ったりしてましたか?」
「うーん……まぁ、濁してはいたけれど」
「そうですか。確かに面倒を見てもらった事はあります。でも、何事にも限度ってあるんですよ」
「うん?」
てっきりラントの口から面倒なんて見てもらった覚えありませんよ、とか出てきたならライルもそこまで気にしなかった。だが、面倒を見てもらった事は否定せず、限度、と言われて。
「どっちの言い分を信じるかは好きにすればいいけれど、僕たちはゲインを追放したことを後悔していません」
「詳しく聞いても?」
ライルだって別に新たに仲間に加える人間を誰彼構わず受け入れているわけではない。
ゲインはかつて仲間に裏切られて、だとかまぁ聞きようによっては同情できそうな感じではあったけれど。
二度目なのだ。
ラント達のパーティから追い出される以前のゲインの事をライルは知っていた。
頭角を現しはじめていたパーティで、あのままいけば今頃は大陸中に名を馳せていたかもしれない、と思っていたのだ。
ところがある日、何があったかは知らないがゲインはそこから追放された。
頭角を現しはじめていた、と言ってもその中でダントツの実力を誇っていたのはゲインである。それ以外のメンバーは若干彼に比べれば劣っていた。それでも、上手くかみ合っている時はお互いがお互いの実力を引き出していたようだったし、ゲインが一番の実力者であったとしても、あのまま成長し続ければ他の仲間たちとていずれはもっと強くなれていたはずだった。
ところがゲインを追放した彼らは、ゲインがいなくても自分たちなら大丈夫だと過信してか強い魔物が出たという洞窟へ赴き――そうして二度と帰ってはこなかった。
そこから少しの間ゲインは一人で冒険者として活動していたが、ラント達に何かを見出したのか彼らの仲間になり――しかしまた追放された。
ただ、ゲインの最初のパーティの仲間たちと違うのは、ラント達はまだ頭角を現す以前の話で知名度はそこまでない事。ゲインがいる、という事でそれなりに他の冒険者たちからは知られていた、というくらいだろうか。
ゲインのかつての仲間たちは、ゲインがいなくても自分たちは強いと過信していた可能性がとても高い。確かにゲインの実力が頭一つ分以上ずば抜けていたとしても、彼らも決して弱くはなかったのだ。
もしかしたら、ゲインばかりが有名になって持ち上げられる事に嫉妬していた可能性もある。あいつなんて実際大した奴じゃないのにどうしてあいつばかりが――そんな風に思っていたかもしれない。
ゲインとあまりにも実力差があればそうはならなかったかもしれないが、ある程度近い位置にいると案外気付けない事があったりするのだ。確かに今はアイツの方が強いかもしれないけど、すぐに追い抜くさ――とかなんとか。
そうやってゲインなんていなくたって楽勝だぜ! と勇んで全滅した可能性が濃厚で、しかしそれが事実であるという証拠はどこにもない。
ただ、ゲインのかつての仲間たちは各々自分の実力に自信があったので。
結果油断して死んだ、となってもまぁそこまでおかしな話でもない。
ゲインとかつての仲間たちだけではなく、そういった死に方をした冒険者は他にもいるので。
けれども今回ゲインを追放したラント達を見た限り、ライルには彼らが自分たちの実力に自信を持っているようにも、ゲインがいなくたって何も問題ないさ! と驕っているようにも思えなかったのである。
実力を過信しているようであるのなら、一応余計なお世話であっても忠告だけはしておこうかなとライルも思ってはいたけれど、しかしそういう感じでもない。
実力者が一人抜ければその分苦労するのは言うまでもない。けれどもラントたちの様子から、そういったものが感じられないのだ。
「えーっと、確かにあの人実力はあるけどちょっとその、だらしない部分があるって言うか」
言葉を濁しつつも、ラントが言う。
追放した相手をどうして追放したのか、という理由を聞くのだ。下手をすれば相手の悪口が飛び出るかもしれないのはライルも想定済みであるけれど、ラントはずばっと言わず言葉をやや濁した。
「ほら、スキルで治癒促成とか自己回復とかできるやつあるじゃないですか。僕たちは一応そのスキルを持ってるんです」
「うん、それで?」
「そういうスキルとか、回復魔法とか使えるならポーション大量に用意しなくてもいい場合があるじゃないですか」
「まぁ、そうだね」
「でもゲインはそういった自己回復みたいなスキル持ってなくて。回復は基本ポーションだったりするんですよ」
「もしかして、持ってきていたポーションが尽きて、とかそういう話かな?」
「大体はそんなところです」
ラントがあっさりと頷くのを見て、ライルは薄情、と言っていいのか少しばかり悩んだ。
回復魔法が使える仲間がいても、魔力は無限ではない。魔法とポーションセットで用意すればある程度怪我をしてもどうにかなるが、回復魔法があるからポーション持たなくていいや、にはならない。ポーションだけで足りない場合に回復魔法使える仲間がいて良かったー! という展開はあってもその逆は滅多にない。
魔力が尽きて魔法が使えなくなった後、ポーションが足りなければ最悪死ぬのだ。
なので冒険者は基本的に自分の命を長らえさせるポーションを必ず持っている。街中にいる間はともかく、魔物と戦う事になるであろう外に出る際は必ず用意するのだ。じゃないとうっかりで命を落としかねないので。
いくら近辺の魔物が弱かろうとも、突然強いのが紛れ込んでくるかもしれない。そういった時に即死なら諦めるしかないが、瀕死状態ならポーションが有るか無いかで生存率は大きく変わる。
「ゲインはポーションを持ってはいましたが、二つしか持たないんです。酷い時は一つだけ」
「は?」
ラントの言葉をライルは信じられないとばかりに聞き返した。
けれどもラント以外のメンバーが頷いたのを見て、嘘ではないと嫌でも理解するしかない。
ポーション二つは流石に舐め腐りすぎてはいないだろうか。
ライルだってクエストを受けて外に出る際、ポーションは最低でも五つは持つのだ。しかもそのうちの一つはいざという時のためのハイポーションである。
ライルですらそれなのに、ゲインがポーション二つというのはあまりにも舐めているとしか言いようがない。
「それで、途中でポーションが尽きるじゃないですか。そうなるとこっちに強請ってくるんです。
でも、僕たちもいくら自己回復スキルがあるといっても、軽度の傷を塞ぐ事はできても大怪我は無理なんで。そういう時はポーションに頼るしかないんですよ。
でも、ゲインがパカパカ遠慮も何もなくポーションを使っていけば、いざという時僕らの命が危ない」
「そうそ、それにポーションは各自で用意する事にしてるんだ。うちではね。だからさ、こっちのポーションを使うにしても、じゃあその後で使った分の補填って大事だろ?」
「あいついっつも適当な事いって出さないんだよポーション代」
ラントの言葉に続けとばかりに他の仲間たちが口々に言いだした。
「俺のおかげで今回の魔物討伐は楽勝だったんだから~とか言うけど、あっちだってこっちのポーションがなかったら今頃死んでただろって話だよ」
「だよね、誰が特別偉いとかじゃないじゃん? パーティ組んでる以上、名目上のリーダーはいるけどリーダーだから偉いってわけでもない。リーダーの言う事は絶対何が何でも聞け、なんて横暴だろ? 状況にもよるけど」
「確かにこの中ではゲインが一番強かったよ。強かったけどさ、だからこっちから搾取していい理由にはならないだろ」
「搾取、とまで言うのか」
「搾取じゃなかったらなんて言う?
あいつに持っていかれたポーションが一つ二つならそりゃこっちだって大袈裟な言い方だなって思うけど」
「ポーション一つ20ゴールド。食堂で一番安い定食とそう変わらない値段だけど、つまりは一食分と考えて。
あいつが俺たちからもってったポーションは合計すると総額4万ゴールドだ」
「ちりも積もればってやつだったねー」
「それは……」
4万ゴールドは普通に大金である。というかポーションの数に変換するとえぐいくらい使用されている。
「クエスト報酬で得たお金とかはさ、基本的に全員に平等に分配してるんだけど。
でもさ、そこからあいつが使ったポーション代踏み倒されてんのこっちは」
「そうですね、うちもまだ駆け出しから抜けきらない状態なんで、そう裕福ってわけでもないし豪遊だってできるわけでもない。色々と切り詰めたりしてるんです。
勿論、他の仲間たちのポーションが尽きる事だってありますし、そういう時は余ってる人が分けたりしますよ? でもその後、無事に帰ってきたらその分はきちんと返しているんです。
ゲイン以外は」
「あー、あぁ、それは……」
ライルは何だか頭が痛くなってきたな……と思い始めていた。
ゲインはライルたちのパーティに入れてくれないか、と自分を売り込みに来た。
実際彼の実力は知られているので、彼が加入する事に文句はないのだが、しかしゲインが今までいたラント達パーティから不当に追放されたと言っていたので。
なんでも別れる時に、本来なら分配されるはずの金銭を支払われず追い出されたとか言っていたので、もしそうならそれは冒険者ギルドでも違反条項に該当する。
とはいえ、一方の話だけを信じて相手を糾弾した場合、その相手が虚偽を述べていたならば糾弾した側にもそれなりのペナルティが発生しかねない。
なのでライルは一応、今同じ街にいるようだから……とラント達を探してこうして話しかけたのだ。
「装備品に関してはゲインが元々持ってたやつだから奪うような事はしないけど、でも出ていく時に渡すお金に関しては今まで立て替えてあげたポーション代と相殺しただけですよ。
利息まで取らなかったのは慈悲です」
「な、あいつ次は返す次は返すって言って一度も返さなかったもんな。ポーションだからって甘く見たのかもしれないけど、これ借金だったら今頃どんだけ利息膨れ上がってたんだろな?」
もっちゃもっちゃとチキンステーキを食べていた仲間の一人が食べ終えて、口元を拭いながら言う。
ゲインがラント達のパーティに入った直後からこういう事をやらかしていたのであれば、ポーション代トータル4万ゴールドは少々使い過ぎではないか? という気もしたが、自分の物ではなく他人の物だからという理由で雑に扱う者もそれなりにいる事を、ライルは知っている。
自分のポーションじゃないから気軽に使ってしまったのだろう。
返す、と口先だけでも言い続けていれば実際返していなくても返す意思はあると言い張る事もできるし、そうして返さない事を続けていけばいつか有耶無耶になるのではないか、と目論んでいたとも考えられる。
「きちんと帳簿つけておいたから、こっちがポーションの数を誤魔化したとかそういうのもないです。
もし訴えられたとしても、証拠として購入したポーションの数と、その時にやったクエストで使ったポーションの数とか、細かく記載してギルドにも提出したのでポーションの数を水増ししているとかはないってところだけは断言できます」
「そうか」
ポーションは大抵どこの道具屋でも売ってるとはいえ、ギルドで依頼を引き受けた際、ただ終わりましたよー、だけでは済まないのだ。
薬草の調達にしても、地域によって同じ薬草でも生育状況が異なるなんてのは当たり前だし、育ち方によって薬効が変わる事もある。だからこそ、○○地方での薬草採取、なんて場所を指定した依頼だってたくさんあるし、けれどそれを無視して違う場所で採取した薬草を渡せば依頼主の望んだ薬効を持つ薬草ではない物を納品する事になってしまう。
そうなれば依頼主からすると、これじゃないんだよなぁ……となってしまうし、仮に実際依頼された場所で採取した薬草であるのなら、薬効が変わってしまう程度にそこの地方で薬草が変質したという事になる。
地質がそう簡単に変化する事はないので、その場合何らかの魔物が悪さをしている場合もあるし、そうなればそういった調査をしなければならない。
放置しても魔物にとって事が有利に運ぶだけで人類に一切の得はないのだ。
だからこそ、正直とても面倒ではあるが、ギルドで引き受けた依頼に関しては、かなり細かく書類に記して提出しなければならないのだ。
どういう魔物が出て、彼らの実力では倒せはしたけどその間に使ったポーションがこれくらい、みたいな感じで記されていれば、次回似たような依頼の時に他の冒険者が依頼を引き受けるかどうかの基準にもなるので。
ラントたちは毎回きちんとそういった報告書を作成して提出していた、と言い切ったので実際ギルドで調べれば全てがわかるのだろう。
「そっか、じゃあ一応ギルドに問い合わせてもみるよ。時間を取らせて悪かったな」
「いえ。誤解が解けたなら何よりです」
周囲で何気なく聞き耳を立てていた他の冒険者たちにも今のやりとりは勿論聞かれていただろうけれど。
ラントにしてみればやましい事は何もないので一切問題はないし、ライルにしてもそうだ。
ゲインは今まで散々よくしてやった連中に裏切られて追放された、みたいに言っていたが問題があったのはどちらか、それはそのうちハッキリするだろう。
以前にも追放された事があって、しかもその時の仲間たちは既にこの世にいないとなれば、いくらでも何とでも言える。もしかしたら前回の追放も、仲間が思い上がった結果、ではなくゲインに何らかの問題があったのではないか、とすら思えてきてしまった。
どちらかが悪い、というのではなく、どちらにも問題があった、とも考えられる。
ともあれライルがこれからやるべき事は、ラント達の冒険記録をギルドに問い合わせる事だろう。
いくらゲインが強くても、自分で使うポーションを仲間に頼り切りでいられるのは困る。
ライルのパーティは皆それなりに強いしラント達と比べて稼ぎもあるとはいえ、それをアテにされるのも困る。金と食べ物に関する事は案外揉めるのだ。ましてや、ポーションなんて下手をすれば命に関係する物なので。そこをなぁなぁにし続けるつもりはこれっぽっちもないし、ライルの仲間たちもそれは同様だろう。
ちなみに4万ゴールドあれば冒険者じゃなくても一か月かなりいい暮らしができると言ってもいい。流石に平民が想像するような貴族の生活――毎日ご馳走とパーティー三昧――は無理でも、たまのご馳走の日くらいしか買わないような肉を連日食べるくらいは余裕だ。
贅沢をしなければ数か月は余程の事がない限り生きていける金額でもある。
冒険者であれば、新米ならそれこそ一式良い装備が入手できるし、中堅どころであっても4万ゴールドが一括でポンと手元にくれば浮かれる程度には大金だった。
ゲインは毎回仲間からポーションをもらい続けていたからこれくらい大した額ではないと思っていたのかもしれないが、先程かつてのゲインの仲間だった面々が言っていた塵も積もればというやつで、知らずとんでもない金額になっていたわけだ。
だからこそ、もうお前とは仲間でいられない、今までの分の借りは返してもらうぞ、となって。
ラントたちもまだギリ駆け出しっぽくはあったがそれでも、それなりに経験を積んできて恐らく少し前に大口の依頼でも達成したのだろう。
そうして、今なら一括返済も可能と判断して追い出した、とはライルでも想像できた。
分割で毎回分配する稼ぎから引いたところで、次のクエストでまたポーションくれよとか言われたらいつまで経っても返済が終わらないんじゃないか……きっとそう考えたのかもしれない。
それどころか、分割返済をしようとすれば、毎回稼ぎからその分差っ引かれていく事にゲインが不満を抱き――寝ている間に仲間たちの荷物を奪い去り逃げ出す、なんて事もありえたかもしれない。
そもそもの原因はお前が自分のポーションを用意しなかったからだ、と言われたとしても。
「うーん、無しかな」
ギルドでラント達の冒険記録を見せてもらったライルは思わずそう呟いていた。
だらしない部分がある、と言われて精々酒か女あたりであれば、冒険者にはよくある話だけれど。
金に関してだらしないのは仲間内で揉める原因になりやすい。
ラント達は言わなかったが、恐らく踏み倒したポーション代はすぐに返していればまだしも、返さないまま手元にあった金でゲインが酒だの女だのを買うのに使っていたのであれば。
ポーションをとりあえず二つは用意する、というのも道具屋ではよく二本セットで売られている事もあるからだろう。ライルがポーション四つとハイポーション一つを基本的に持ち歩いているのも、ポーション二本セットで購入しているからだ。
そうやって浮かせた分で他の嗜好品や遊びに使っていたのであれば。
まぁ、ラント達の我慢の限界も来てしまったのだろう。
最初の内はまだ、新米だった自分たちに色々教えてくれた先輩というのもあったかもしれない。
けれども、ふと今までゲインに踏み倒されたポーション代を計算して。
現実を見据えた結果、このままこれがずっと続くと考えたなら。
「不当っていうか、追放されてもそりゃそうだろなぁ……」
知らないうちに数万ゴールドもスポイルされてるとなれば、むしろ不満を持つのはゲインではなく仲間たちの方だ。
「うちの連中はあいつらみたいに優しかないし、今回の加入申請はお断りかな」
記録紙を返してライルは拠点にしている宿へと戻る。
そうして仲間たちにも今回の事を伝えた上で、ゲインには丁寧にお断りしておこう。
大体、今の時点で別に人手が足りないというわけでもないし。新しく誰かを入れると、今まで上手くできてた連携を見直す必要も出てくるかもしれないわけだし。
考えたら考えただけ、ゲインをうちに入れるメリットって特にないなぁ……とライルは思ったのである。
――それからしばらく後に。
ライルたちにお断りされたゲインはその後もいくつかのパーティを渡り歩いたようだが、最終的に命を落とした、らしい。
その頃にはラントたちもベテランとまではいかないが、まぁそこそこ中堅冒険者を名乗れる程度には月日が経過していたけれど、その噂はかなり離れたところの話だったので。
懐かしい名前だなぁ、とか思って、それからそんな噂を聞いてあぁやっぱりな、と思うだけだったのである。
最終的にゲインが仲間入りできたのは、回復は自己責任、というのを掲げたパーティだったらしい。
自己回復系スキルや回復魔法を使える者たちで構成されたパーティだったようだが、基本的に戦う時に連携はしても回復は本当に自分の分しかしない、というパーティというよりは、ある程度の実力者たちが一時的に集まって各々で戦う感じのところだったらしく。
回復を誰かに頼ってんじゃねぇ、みたいな戦闘狂の集まりみたいなパーティだった。
別のスローガンでは死ねばそれまで、と掲げていたとかどうとか。
まぁ、普通に考えたら自分もそっち側じゃないとそんなところに加入しないよ、とラント達は思うのだが。
ゲインは自分の実力に自信を持っていたし、そうは言っても仲間がピンチになれば回復してくれるだろう、と甘い考えでいたのかもしれない。
今までのようにポーション二つだけ持ってダンジョンに潜って。
そこでどうやら死んだようなのだ。
死ぬ間際、仲間にポーションや回復魔法をきっと頼ったのかもしれないが、そもそも自分以外の回復はしない、というところでそんなことを言ったとして。
助けてもらえなかったんだなぁ……と察する以外にない。
まぁ、そんな最初から目に見えて危険極まりないところに加入しちゃった時点でなぁ……という感想しかラント達には浮かばなかったし、確かに以前は仲間だったこともあるけれど。
ゲインという男の存在はとっくに過去の存在だったので、ラント達もへぇそうだったんだぁ、と軽く流した後は。
もう二度と話題に出る事はなかったのである。
ゲイン視点だときっと俺の成り上がりはこれからであいつらはいつかざまぁ展開になる、みたいな話だったのかもしれない。
次回短編予告
義妹に悪評吹聴された令嬢が自身の潔白を証明する話。
ギリ異世界恋愛ジャンルでいけるかな……? ノリは軽め。