その手があった?
「……お上手ですね、先輩」
「……ああ、正直ちょっ……いや、だいぶ意外だった」
「……あ、ありがとうございます」
それから、数分経て。
そう、呆然とした様子で口にするのは織部さんと日坂くん。そして、そんなお二人にたどたどしく謝意を告げる僕。以前、斎宮さんも同じようなことを言ってくれたけど……うん、なんか申し訳ないというか……うん、ありがとうございます。
それと、余談だけど……うん、やっぱり最初に歌うのが一番かも。なので……うん、結果的にはありがとうございます斎宮さん。
「いやーやっぱり上手いね新里。でも、『今日は』ちょっと調子が良くないかな? 『前に一緒に行った時は』、もっと声が出てた気がするし」
「……あ、ありがとうございます」
すると、ほどなく笑顔で賛辞をくれる斎宮さん。見た感じだけど、先ほどまでの冷え冷えとした雰囲気はもうなくなっているようで。それは良かった……うん、ほんとに良かったのだけど――
「……おや、それはそれは、随分とお詳しいことで」
そう、満面の笑みで口にする織部さん。心做しか、俄に雰囲気がピリついた気がしなくもなく……うん、どこかに胃腸薬ないかな。
ともあれ、続いて斎宮さん、そして日坂くんと順番は巡り――
【……日坂くん、格好良いです……】
「……お、おう。ありがとな、新里」
そう、呆然と呟く。……いや、声には出してないんだけど、まあ気持ち的に――
ところで、日坂くんが歌ったのは90年代に一世を風靡し、今なお根強い人気を誇るロックバンドの名曲。そして、日坂くんはその類稀なる容姿のみならず、歌唱力も表現力も抜群で本当に心が震え――
「――なんかあたしの時よりリアクション良くない!?」
【…………へっ? いえ、もちろん斎宮さんも素晴らしかったですし、そのようにお伝えした記憶もあるのですが……】
「いやそうだけど! すっごい褒めてくれたけど! けど……うん、ごめんやっぱり何でもない」
突然のツッコミにそう答えるも、どこか納得のいかない様子の斎宮さん。……あれ、なにかまずかったかな?
「……さて、この流れですし、次は私ということになるのでしょうけど……」
【……やはり、緊張なさっていますか?】
すると、隣でポツリと声を洩らす織部さん。……そうだ、今日この場に関して言えば、僕よりも彼女の方が圧倒的に緊張する立場にあって。
もちろん、どうしてもということなら一度スキップして二週目以降、という方法もある。あるのだけど……だけど、多分それだと余計に緊張が増す一方ではないかなと。でも、かといって一度も歌わないとなると、それはそれであまり楽しめないのでは――
「――はい、なので」
「……ん?」
そんな彼女の言葉に、呆然と声を零す僕。いや、正確にはこちらに差し出されたマイクに。
そして、僕の困惑を余所にさっとデンモクから曲を送信する織部さん。表示されたのは、少し前に流行った男女ツインボーカルのラブソング。それから、再びこちらへマイクを差し出し、花のような笑顔で告げた。
「――なので、先ほど言ったように是非一緒に歌ってくださいね、先輩?」
「おお、良かったぞ二人とも」
「……まあ、悪くはないかな」
「お褒めに預かり光栄です」
「……あ、ありがとうございます」
それから数分後、歌唱を終えた僕らに称賛の言葉をくれる日坂くんと斎宮さん。そして、そんなお二人にそれぞれ感謝の意を示す僕ら。……ところで、歌う前に斎宮さんがポツリと『その手があったか』と呟いていた気がするのだけど……えっと、どゆこと?
まあ、それはそれとして……うん、ほんと緊張した。正直、一人の時よりもずっと。初めてではないとはいえ、それでもやっぱり……でも、それでも――
「――楽しかったですね、朝陽先輩?」
「……はい、そうですね織部さん」
そう、にっこり微笑み尋ねる織部さん。うん、彼女も楽しんでくれたし良かったよね。




