……あれ、おかしいな?
――それから、一週間ほど経て。
「……さて、誰が先陣切る?」
「いや、なんか仰々しいな。まあでも、誰からでも良いんじゃね? 誰も切りたくねえなら、俺でも良いし」
「……まあ、巧霧がそう言ってくれるなら。でも、嫌ならあたしでも――」
ある日の放課後にて。
いつもの場所――空き教室とは異なる空間にて尋ねる斎宮さんに、軽くツッコみつつ答える日坂くん。今、僕らの前には人数分のグラスと二台のデンモク――まあ、もはや説明不要かもしれないけど、カラオケに来ているわけでして。
「…………ん?」
すると、ふと隣から微かな感触――具体的には、そっとシャツの脇腹辺りを掴まれる感触が。そして――
(……あの、先輩。その……本当に、私がいても良いのでしょうか?)
そう、声を潜めつつ控えめに尋ねるのは後輩の女子生徒、織部さん。別に、今は声を潜める必要はないのだけど、それはともあれ――
【はい、もちろん良いに決まってます。そもそも、貴女をお誘いしたのは他でもない斎宮さんですし】
(……まあ、それなら良いのですが)
例のごとく筆記にてそう伝えると、言葉の通り少し安堵した表情で答える織部さん。……まあ、不安にもなるよね。僕も、彼女の立場ならそう尋ねていただろうし。
――ところで、事の経緯はと言うと。
『――ねえ、新里。久々に、カラオケ行かない?』
30分ほど前のこと。
空き教室にて、ふとそう切り出した斎宮さん。でも、突発的に思いついたというよりは、既に頭にあった印象で。
ただ、いずれにせよ当然のこと断る理由なんてない。すぐさま快諾を示し、さあ行こうとなったところで日坂くん、そしてほどなく織部さんが来訪。それで、折角だしみんなで行こうという話になり今に至……うん、説明するほどでもなかったね。
「そう言えば、朝陽先輩。さっきから気になってはいたのですが……あれ、何です?」
「……へっ?」
すると、ややあってそっと隅の方を指差し尋ねる織部さん。その白い指の先には、丁寧に畳まれた一式の女性用衣装が。ああ、あれのことか。
【ああ、あれはあさいーセットですね】
「何それ!?」
そう答えると、目を見開き叫ぶ織部さん。まあ、初めてだとそうなるかも。
尤も、今回の状況であればまず間違いなく不要な気もするけど……まあ、念には念を。と言うか、もはや僕にとっては精神の安定剤みたいになってて。……うん、なにかの病気かな?
【――そう言えば、織部さんはよくカラオケに行かれたりしますか?】
「……そう、ですね。全く行かないわけではありませんが、それほどの頻度でもないかと。先輩は?」
【そうですね、僕もおおよそ似たような感じかと。基本的には一人なのですが、以前斎宮さんと行った時は非常に楽し――】
「あ、もういいですそれ以上は聞きたくないです」
「なにゆえ!?」
ともあれ、そんな他愛もない会話を交わす僕ら。そっか、僕と似たような感じなんだね。まあ、そこまで緊張してる様子もないので、初めてとは思わなかったけ――
「――ひゃっ!?」
卒然、すっとんきょうな声を放つ僕。と言うのも、彼女――クスクスと、何とも愉しそうな笑みを見せる織部さんが不意に僕の耳元で囁いてきたから。……いや、もう驚きすぎて何を言ったか分から――
「……ふぅん、随分と楽しそうだね新里。うん、そんなに元気なら、ここは是非とも新里に先陣切ってもらおっかな?」
「……へっ、あ、はい……」
刹那、背筋が凍る。……あれ、おかしいな? 満面の笑顔なのに、瞳の奥が全く笑っていな……うん、気のせいだよね?




