一冊のノート
「……あぁ、やっぱりこうなったか」
徐々に空が朱を帯びていく薄明の頃。
リビングの長机にぐったりと身体を預け、呻くような声を洩らすあたし。……はぁ、とうとうこの日が来てしまったか。
一応、何の話かというと……今日の、放課後の件――以前、あたしに付き合っていた男の子がいたことを、ついに彼が知ってしまった件についてで。
……まあ、知ってしまったからと言って、それ自体がさして問題なわけでもないんだけど。付き合ってたといっても、ほんの三ヶ月程度だし……それに、あくまで過去は過去――言わずもがな、現在のあたしとは何の関係もないのだし。
なので、繰り返しになるけど、知られてしまったこと自体にさしたる問題はない。……まあ、本音を言えば知られない方が良かったけど……それでも、やはり特筆すべき問題はない。
尤も、巧霧の言ったように多少なりとも焦っていた部分はあるけど……でも、それはどちらかと言えば、付き合ってたこと自体を知られるよりも、それに附随するあたしとの思い出を誇張して話すような事態を危惧していたから。
もちろん、巧霧が悪意を以て嘘を吐くような人でないことは分かってる。それでも……流石に、当時の記憶が全て鮮明に残っているはずもないだろうし、無意識であれ実際よりも美化して話してしまう可能性は否めないから。
だけど幸い、早い段階で見つけられたこともありそういった事態は回避できて。……いやぁ、まさかあの張り込みがこんな形で役に立とうとは。
ただ、それにしても……よもや、あんなふうに教室に乗り込んでくるとは思ってなかった。それに、あの後の口振りからしても……まだ、未練があるんだね。あたしのことなんて、早く忘れて次の恋に進めば良いのに。それこそ、巧霧ならあたしなんかよりよっぽど素敵な子と付き合うことも出来……うん、流石にこれは手前勝手な言い分か。
……でも、紛うことなき本音でもあって。もちろん、恋愛だけが幸せじゃないし急ぐ必要もまるでない。それでも……あたしのことなんか綺麗さっぱり断ち切って、いつかもっと素敵な子と結ばれてほしいと願ってる。ちゃんと、巧霧のことだけを真っ直ぐに見てくれる素敵な子と。
――ところで、それはそれとして。
【……あの、斎宮さん。その、今回の件――日坂くんとのお付き合いの件に関して、僕は誰にも、本当に誰にも言いません。だから……どうか、ご心配なさらないでください】
あの場から巧霧が去った後、半ば弁解のようなことをするあたしに、何ともらしい誠実な表情で彼が告げた言葉。……別に、最初からしてないんだけどなぁ。そんな心配。正直、そんなことより――
……全然、気にしてくれてなかったなぁ。なんと言うか、こう……ちょっとくらい、ショックみたいなのを受けてくれても……なんて思うのは、やっぱりあたしの我が儘なのかな。
「……さて、と」
ボソリと一人呟いて、ぐったりしていた身体をゆっくりと起こす。それから、徐に鞄から取り出したのは使い古した一冊のノート。そして、およそ真ん中辺りを開きぼんやりと眺め、再びポツリと呟く。
「……やっぱり、手強いなぁ……朝陽は」




