聖女様
客観的に見た聖女様。本編と読み比べていただければ幸いです。
私はセリアム公爵家の侍女、アンジェリン・ワージーです。お嬢様の専属としてお傍に仕えております。
お嬢様はまさしく公爵令嬢、気高く美しく、王太子殿下の婚約者として非の打ちどころがありません。未来の王妃殿下に相応しい淑女でいらっしゃいます。
が。
ですが。
そうなのですが。
何ですか、あの王太子。チャラいわ軽いわ、昔とちっとも変っていません。
私が初めて王太子殿下にお会いしたのは、貴族学園の同級生としてでした。
必死に勉強してAクラスに入った私の努力をあざ笑うかのように、当時まだ第一王子だった殿下は、ナンパして来たのです。この私を。
一言でいえば邪魔でした。子爵令嬢、それも跡取り娘だった私の人生に王族など必要ありません。卒業後はすっぱり縁切りできた筈でした。それなのに。
お仕えする方の婚約者では、無視したくてもできないではありませんか。お嬢様のお供として、日常的に顔を合わせる羽目になったのです。
定期的に開かれるお二人のお茶会。公式行事でのエスコート。折々の花束とメッセージカード。
婚約者として当然の交流はきちんとなさっています。模範的な行動と言えるでしょう。
そのたびに私にお声がけをなさらなければですが。
お嬢様のお許しを頂いてさんざん切って捨てても、殿下の不謹慎なお声がけは止まりません。この上は不敬罪覚悟で実力行使に出るしかないと、思い詰めていたのですが。
パタリと。殿下からの接触が無くなりました。
うっとうしさから解放されたのは喜ばしいのですが、そうも言っていられません。肝心のお嬢様との交流まで無くなってしまったのです。
お茶会はキャンセル、花束もメッセージカードもなしのつぶて。挙句の果てに、次の王宮の夜会のエスコートを断って来たのです。
あの王太子ごときが、ウチのお嬢様をほったらかして別人のエスコートをすると。
言語道断、赦せる筈がありません。
「今度の夜会は、聖女様の御披露目のために、昼に開催することになりましたわ。夜会とは言えませんわね」
お嬢様は淑女らしく感情を乱されません。なんと素晴らしい方でしょう。
ですが、夜会の開催時間をずらすとは。これは聖女様の我儘でしょうか。
そもそも聖女様とは何者でしょう。今まで聞いた事がありません。もしかして王太子殿下のエスコート相手でしょうか。
情報収集のため、私は耳を澄ませました。
公爵家には、様々な方が出入りなさいます。壁際に控えているだけで、高貴な方々の談笑と言う名の駆け引きだって聞き放題です。
直接聞かなくても、侍女の噂話ネットワークの威力は甚大です。
聖女様のお名前はミリア・ランドール子爵令嬢。元々はミリア・ツオーネ男爵令嬢だったそうですわ。何でも父親の実家に乗り込んで、家を乗っ取ったのだとか。
当主の死後、後継者の叔父が家督を奪う。とても分かりやすい図式ですわね。
父親のオスカー・ランドール子爵は、元は王都警備隊出身だとか。なのに何故かトマーニケ帝国との戦役で手柄を立てて、国軍総司令部に入ったそうです。
公爵家の領軍の方々が絶対おかしいと憤っていました。
「一兵も指揮していないのに、どうやって手柄を立てたというんだ」
「司令部所属でもなかったそうだぞ。王都から補給物資を運んだだけだと。誰でもできる任務じゃないか。戦闘経験無しで三階級特進だぞ。不正があったに決まってる」
「立てた手柄と言うのも、怪しいものだ。誰かから横取りしたのじゃないか。でなきゃ、高位貴族でもないのに出世し過ぎだ」
三階級特進。それが異常であることは、軍事の素人の私でも分かります。
二階級特進でさえ、戦死された方限定の栄誉。生者は一階級しか昇進を許されないはず。
どうやら、ランドール子爵は野心家のようですわね。どんな政治的な駆け引きを駆使したのか。娘を聖女とやらに祭り上げて、何を企んでいるのか。
お嬢様に仇成すもの、決して許容できませんわ。
結局、昼に開催された問題の夜会は、王太子殿下がお嬢様をエスコートなさいました。
旦那様が抗議したに違いない、王太子殿下もセリアム公爵を無視できなくて当然と、侍女の中でもちきりでした。
ですが、私は知っています。お嬢様に教えて頂きました。
あろうことか、聖女様は国王陛下のエスコートを受けました。王妃殿下を差し置いてです。
蔑ろにされた王妃殿下の姿は、将来のお嬢様です。安心など、できる筈がありません。
「聖女様はお可愛らしかったわ。将来が楽しみね」
お嬢様、こんな時まで微笑まれて。なんてお優しい。
いいえ、聖女ごときにお嬢様の幸せを壊させはいたしません。
微力ながら、全力でお支えいたします、お嬢様。
聖女様お披露目パーティー、主人公は参加できませんでした。伯爵家以上全ての上位貴族が参加しましたので、使用人まで入りきれず、別室待機だったのです。
名前だけ出てきたオスカー・ランドール、ボロクソに言われています(笑)
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