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特別な力

 魔力操作に正解はない。

 皆それぞれ、魔力の流れ方が違うからだ。


 腕輪から魔力をを注入している冒険者ならなおのこと、魔力の流れは複雑だ。

 同じ訓練を受けたとしても、同じように魔力操作することは出来ない。


 正解などないとテイザットに教えられ、シルフィはほんの少し気持ちが楽になった。

 途方に暮れるような気持ちもあるが、出来ても出来なくても仕方がないと割り切る想いのほうが強くなった。それはシルフィにとって良い傾向へと繋がった。気持ちが楽になったせいか、自身の魔力の流れが少しずつ分かるようになったからである。



「木片が動かせるようになったねえ」



 テイザットが感心してくれる。

 シルフィは嬉しくなって、その場で小さく腕を振った。



「テイザットさんのおかげです」


「アレンが作るご飯のおかげでもありそうだよねえ」


「本当に……」


「ボクは少し太ったよ?」


「明らかに食べ過ぎてますからね……」



 シルフィは困り顔を見せる。

 テイザットが自身の腹の肉をつまみ、くっくと笑った。


 魔力操作に自信がついてからは、アレンと一緒に料理をするようにもなった。ずっと家事を任せてさせて申し訳ないという想いからもあるが、それだけではない。なにかを手伝うことが、共同生活をしているという実感をシルフィに持たせてくれた。しかし時間を奪う掃除洗濯買い物などはやらせてもらえない。



「他のことも手伝えるのに」



 シルフィは困った顔を見せると、アレンがシルフィよりも険しい表情を返してきた。



「訓練に集中させたいとか、そういうことで断ってるわけじゃない」


「そう……なの?」


「自覚してないようだが、最近疲れているだろう。頑張りすぎだ」


「そんなことないのに」


「そんなことある」


「ないってば」



 シルフィは笑顔を見せて、アレンの分厚い背を叩く。

 アレンが短く「そうか」と答え、シルフィの頭に手を乗せた。まだ少し、心配そうな表情をしている。そんなに顔色が悪いのかと、シルフィは仮面の内側に手を差しこみ、頬を擦ってみた。



「ところで、魅了も抑えられるようになったのか?」



 仮面の内側で頬をさわりつづけるシルフィの頭に、再びアレンの手が乗る。

 子供を宥める親の手のようだなと、シルフィは思った。



「……ううん。でも、少しだけ魔力が抑えられるようになったの」


「すごいじゃないか」


「魅了はまだまだなのよ?」


「だが前進している」


「少しね」


「いや、大きな一歩だ」



 アレンが深く頷く。お世辞ではなく、本当に喜んでくれている。

 褒められた経験が少ないシルフィにとって、アレンの褒め殺しは心臓に悪かった。どこまで真に受けていいのか、まったく分からないからだ。すべて真に受けてしまえば自分がダメになってしまう気がする。


 シルフィは無理やりに気持ちを切り替え、また魔力操作の訓練に戻った。

 今はもう、木片を動かす訓練だけでない。魅了を抑える方法も模索しはじめていた。テイザットの提案をひとつひとつ試しながら、自分に合いそうなものを探している。

 


「息を止めてみたら、抑えられないかな?」


「それはもうやってみたの」


「ダメだったあ?」


「全然ダメ。どちらかというと目を閉じるほうが抑えられてる気がする、かも」


「目を? ……うーん?」



 テイザットが宙をのぞき、思案する。同じようにしてシルフィも考えてみた。しかし思いつくことはこれまですべてやってきている。もはやなにも思い付けないというのが本音であった。



「そういえば」



 宙をのぞいたまま、テイザットが声をこぼした。

 なにかを思いついたという顔ではない。細かな部品をじっと組み立てているような表情だ。



「シルフィちゃんは、どうして仮面してるんだっけ?」


「それは……みんなが魅了にかかってしまうから。目を合わせると良くないって」


「でも、仮面にも穴が開いていて、そこからシルフィちゃんの目が見えるよねえ?」


「そ、そういえば……」


「もしかして仮面をする行為そのものが、魅了を抑えているんじゃない?」



 宙をのぞいていたテイザットの目が、シルフィの仮面へ向いた。

 仮面と、仮面に開いた穴からシルフィの目を覗き込んでくる。テイザットの無邪気な目が、シルフィの身体をつらぬいた気がした。なにもかもを見抜いているのではないかとすら思える。


 シルフィは仮面に手をかけた。

 無意識に仮面を顔面に押し付ける。



「おっと?」



 仮面を持つ手に力が入った直後、テイザットが不思議そうな声をあげた。



「今、魔力が小さくなったよ?」


「え??」


「シルフィちゃんが仮面に手をかけたとき、ふわっとね。魔力が収まったの。いったいどうしたんだい?」


「……え? えっと、どうして、でしょう??」


「どうしてだろうねえ?? もう一回仮面を手で押さえてみる?」



 テイザットが促すままにシルフィは仮面を手で押さえた。するとほんの少しだけ自分の中の魔力が収まっていくのを感じた。魅了の効果については分かりようもないが、確かな変化を起こっている。



――どうしてだろう?



 仮面の内で、シルフィは首を傾げた。

 仮面そのものに魔法を抑える効果があるとは思えない。今着けている仮面は、以前壊れたものとは違うからだ。とすればテイザットが言うように、仮面を着ける行為そのものに意味があるのだろうか?



「まあ、とりあえず糸口が見つかったね!」


「……はい!」



 シルフィは思わず明るい声をあげる。これまでずっと張りつめていた分、些細な前進でも深い安堵を感じ取れた。アレンが「前進している」と言ってくれた言葉も思い出す。シルフィが自分自身を見るよりも、アレンがちゃんと見てくれていたのだと知る。


 シルフィはほっとして仮面から手を離した。

 直後、強い脱力感が全身を襲った。がくりと膝が崩れる。慌ててテイザットが駆け寄ってきてくれたが、ほんの少し遅かった。シルフィの身体が、受け身なしに地面へ崩れ落ちる。


 力が抜けても、シルフィの意識は残っていた。

 地面に倒れて、腕や顎を擦りむいた感覚もある。



「大丈夫?? シルフィちゃん!?」



 テイザットが慌ててシルフィを抱き起した。

 するとすぐに身体が軽くなった。治癒術のような力が、全身を撫でていく。



「わお。すぐに自分を治せるんだねえ」



 テイザットが感心したような声をあげた。

 しかしシルフィは首を横に振る。



「え? 私、治癒術を使ってませんけど……テイザットさんがなにかしてくれたのでは?」


「してないよ??」


「え??」


「ボク、そんなことできないし」



 言葉を交わしている間に、治癒術のような力がどこかへ流れ、消えていった。

 先ほどまであった、擦りむいた痛みがすべて消えている。テイザットに確認してみても、すべての怪我が治っているようだと答えてきた。それだけではない。全身に付いていた土汚れのようなものも綺麗になっているという。それは治癒術では出来ないことであった。



「これって、どういう……」



 シルフィは怪我の消えた腕を不思議そうに見える。

 その傍らで、テイザットの表情が強張った。



「シルフィちゃん、このことはみんなに黙っておくほうがいい」


「え??」


「詳しくはまだ分からないけど、シルフィちゃんには特別な力がある、かもしれない」


「特別な、力……私に?」


「そう。でもちゃんと分かるまで、隠しておくんだ。アレンにも。いいね?」



 いつもの無邪気な表情ではないテイザット。

 シルフィは神妙に頷いた。どういうことか分からなかったが、いつも笑っているテイザットがこう言うのだ。きっと大事なことに違いない。



「わかりました。このことは秘密に」


「そう、二人だけの秘密だ。……おっと、なんかいいねえ。こういうの?」


「もう、またそうやってふざけて」



 シルフィが言うと、テイザットがにかりと笑う。いつもの、子供のような笑顔。


 その後、シルフィとテイザットはアレンにしこたま怒られた。

 次の日からは、シルフィの訓練中におやつ休憩が入るようになり、就寝時間が大幅に早くなった。「子供じゃないんだから」と訴えても、シルフィの顔色が良くなるまでアレンの過保護がつづいたのだった。

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