赤髪の人
真人も光希も口を大きく開けて、固まってしまった。
全身を金色の衣と袴で包み、赤っぽく見えるライオンのような髪。目には赤い線が引かれ、はっきりした黒目が余計に大きく見える。
腕組みをして仁王立ちで光希たちを睨んでいる。
光希から見れば幽霊か何かのように思え、思わず逃げ出したくなるのを必死で堪えた。さすがに真人を置いてはいけない。そんな真人は、魂が抜かれたように立ち尽くしていた。
その金色の人物は、真人の前に行き彼を見下ろす。
「俺を呼び出したのはお前か」
身長はもちろん、光希や、悠人よりも二十センチほど高いように見えた。それに加えて衣が余計に体を大きく見せ、圧迫感が凄まじい。
真人は口を聞けず、反応すらできない。
「まさかな、こんな子供がな」
彼は独り言のようにぼそぼそとこぼした。
光希は意を決して真人の隣に立ち、彼の肩を揺さぶった。
「真人、しっかりして」
名を呼ばれた真人は我に返ったようで、光希と視線を交わした。
「もしかして、成功した・・・?」
二人はもう一度、急に現れた人物を見返した。
誰かが仮装している可能性もあったが、やはりどこか人でないもののような風格がある。衣の色のせいかうっすら輝いているようにさえ見えた。
「あなたは神様ですか?」
真人は緊張に負けまいと声を大きくして聞いた。
「まあ、おまえたちが言うところの、神様だろうな、俺は。・・・それより」
そう言いながら、赤髪の神は真人の肩に掛けた鞄を指差す。
「それだ。中に入ってるだろ。その匂いにつられたんだ」
真人はぽかんとしながらも、鞄のチャックを開け中をごそごそと探る。
「これか?」
真人の手には駄菓子のサラミが乗っていた。パックに包まれた小さいもので、匂いなど一切しないはずだ。光希は疑わしそうにサラミを受け取る神様を見た。
神様は近くの石碑の階段にどかっと腰掛けると、器用にパックをめくってサラミを頬張っていた。
「本当に神様?神様って駄菓子食べるの?」
光希は小声で真人にすかさず聞く。真人も首を傾げたが、神様から視線を離さずに答えた。
「きっと神様だよ。あんな綺麗な人、少なくても、人間じゃない」
光希の目から見ても、たしかにこの世のどんな人物よりも容姿端麗だった。真っ白な肌にくっきりした目鼻立ち、薄い唇、艶やかな赤髪。一見女性にも見える美しさだが、声や豪快な態度からして男だろうと思えた。
神様はすぐに食べ終えたようで、すっくと立ち上がり戻ってきた。
彼は真人にサラミのゴミを手渡す。
「よし、どうして俺を呼び出した。聞いてやろう」
真人は一度唾を飲み込んでから、正面から見上げた。
「飼っている犬がいなくなっちゃったんだ。居場所を知らない?」
「犬?おいおい、俺はなんでも屋じゃねえぞ」
「神様がさらっていったんじゃないの?・・・神隠しってやつ」
神様は始終しかめっ面を浮かべていた。
「少なくとも、俺は知らねえな。美しい女や娘ならまだ分かるが、犬をさらおうなんて思ったこともねえな。なんの得もないだろ」
そう言ってから、神様はしゃがんで真人と視線を合わせた。
「いいか、子供。お前たちに起こる幸運も不幸も、神様が与えるわけじゃない。全ては因果だ。お前たちの行いが、そのままお前たちに返ってくるだけだ。俺たちに祈ったってどうにもならないんだぜ」
「・・・俺がリールを離したから?」
「まあ、そういうことだろうな」
真人は緊張の緒が切れたのか、僅かに涙目になっていた。
傍でずっと口を結んで成り行きを見守っていた光希だったが、覚悟を決める必要がありそうだ。共にここに居る以上、彼を守る立場のはずだ。一度大きく深呼吸する。
真人の肩にぽんと手を置きながら、光希は二人の間に割って入った。
「それならどうして、あなたは現れたんですか?助けてくれるためじゃないんですか?」
赤髪の神様は上から飛んできた声に一瞬驚いた表情を浮かべたが、調子をすぐに取り戻してのっそりと立ち上がった。
「威勢のいい女だな。子供の血縁・・・ってわけではなさそうだな。色気はないが、まあそれなりの娘ではあるな」
じっくりと検分された光希は、頬を赤らめたことに気付かれないよう、向きになって言った。
「あなた本当に神様ですか。そんな飲み屋帰りのおじさんみたいなこと言うなんて」
光希の憤慨も神様にはどこ吹く風のようだった。
「神様なんて無限にいる。お前ら人間と似たようなもんだ。そりゃ多少の個性もあるさ」
「本当に神様だっていうなら、教えてください、りくの居場所」
「俺を使うつもりか?」
「サラミ食べたでしょう」
「あんなちっぽけなもんでは、腹の足しにならん」
神様はそう言ってから、一つ思いついたように更に歩を詰めた。
「そうだ、お前が貢物になるか」
光希は言葉の意図を探ろうとしたが、彼は脅すでもなく嬉しそうに言ったわけでもなかった。
「神様に祈ったって、なんの見返りもないって言ってませんでした?」
「お前たちの人生はな。俺たちの知るところじゃない。だが、これは正式な取引だ。貢物をもらえるなら、俺も力を貸そう」
「わかりました」
「光希!」
光希が躊躇なく取引を承諾したことに慌てた真人がすかさず名を呼んだ。
「だめだよ、光希。連れて行かれちゃう。命を取られちゃうよ」
「心配してくれるんだ、真人」
「当たり前だろ」
連れて行かれた人がどこへ行くのか、恐怖よりも興味が勝っていた光希だった。今の人生に何の希望もない光希にとっては、願ったりの話だ。ただ、心底不安そうな真人だけが気がかりではあった。静観している神様に、光希は視線を戻した。
「貢物になれば、こちらの世界に戻ることはできないんですか?」
「俺が戻そうと思えば戻れるな。でも、一度でもこちらの世界に踏み込んだ奴は、気が狂っちまうのが常だ。戻っても、元のように上手くは生きられねえよ」
「気が狂う?」
「大抵は記憶喪失、あと、知能がやられるらしいな」
光希は怖気まいと唾を飲み込んだ。人ならば、平気な顔で淡々と話せる内容ではないはずだ。赤髪の神は更に続けた。
「貢物になった奴は、俺が飽きるまでは遊び相手をさせる。役目が終われば、命をいただく。神と違って、生きる人間は若く瑞々しいもんなんだ」
この神に本当にそんな力があるのか、疑わしさがあるものの、信じないで軽く死んでしまうのはさすがに馬鹿らしかった。簡単に挑発に乗ってはいけないと、光希の何かが警鐘を鳴らしていた。
「もういいよ、りくは自分で探すよ」
真人が光希の腕を強く引っ張る。
神様も袖を通して腕を組んだ。
「俺はどちらでもいいが、確かに、あまり俺たちと関わらない方がいいだろうな」
赤髪が風でそよぐと、木漏れ日を受けてきらりと輝いた。彼はさらに続ける。
「神は普通人目に触れるものじゃない。神の姿は禁忌だ。良くないことが起きるかもしれない」
「勝手に現れたのはあなたでしょう」
「子供がこの場所を清めたのは事実だ。あの舞が、俺とお前らを結びつけてしまったんだろうよ」
光希と真人は思わず顔を見合わせた。ほとんど遊びに近いもののはずだったが、空想が現実になったのだ。真人のお手柄かもしれなかった。
(この人は禁忌だと言ったけど、それほど悪い人には見えない)
光希は急に、賭けてみようと思えたのだった。ここで逃げれば、この出会いも無意味になってしまう。
神様はそれ以上何も言わずに、ただじっと待っている様子だった。光希の決断を見届けるつもりのようだ。
光希は安心させようと真人の手を握り、神様に向き合った。
「私はりくを見つけてあげたいです。力を貸して頂けませんか。貢物の話は私が受けます。だけど、一つだけお願いがあるんです」
「なんだ」
「真人がりくを探しているように、私にも小さい頃から探している人がいます。貢物になって死んでしまう前に、その人の居場所を知りたいんです。それさえ分かれば、もう未練はありません」
「誰を探している」
「・・・私の母です」
見つけて欲しいという思いと、分からないままでいて欲しいという思いが錯綜していた。もし神様に心まで読まれたら、きっと契約は成立しないだろう。
そんな光希の予想に反して、赤髪の神は実にあっさりと首を縦に振った。
「いいだろう」
光希は呆気にとられ、我に返ってから頭を下げた。
「ありがとうございます」